「死」ではなく別の何かによって
光に目が眩み、袖で顔を覆う。
「ここは……」
高校の正門前だった。
俺は帰ってきていた。あの広大で色鮮やかなクリーチャーの巣窟ではなく、臭くて適度にボロくて錆が浮いたような、元の世界へ。
「ここは……帰って来れたのか。いや、待てよ」
俺が発するのは相変わらず甘い美声だし、王子の記憶もそのまま残っている。
「油断はなりません。これはおそらく『創造主』が見せている幻です」
剣に窘められる。何とも変な気分だ。いや全部が全部変なんだけどね。
「やっと来ましたね。おめでとう。このゲームを勝ち抜いたのは『君たち』が初めてです」
振り向くと、中庭の時計台の上に虹色タバコの巨乳女が腰掛けていた。地上5メートル、自ら光を放ち、辺りを仄かに照らしている。
「おい、そのセリフも大概パクリだろこの乳神」
「山田くん、あの人あんまり無駄に怒らせないほうがいいかも……」
「ほう。人間の分際を弁えず、創造主に暴言か。どこまでも楽しい人達だ」
「てめえチェーンソーでバラバラにされたいのか?」
俺は理由のわからない怒りに任せ、言葉を発していた。なんでこんなにイライラするんだろう? 神なのに色々パクってるからだと思う。
「人間よ。何故、もがき生きるのか? 死にゆく者こそ美しい。だいたい山田一郎、おまえは自分の命を一度捨てた身のはず」
「いや、だから雪野を探してんだよ! それもてめえが言い出したんだろーが!!」
「え?」
「え?」
数秒、わけのわからない時間が流れていった。
「あ、知らなかったのか。雪野萌じゃぞ、それ」
乳神は俺の右手を指差し、光らせた。そこには聖剣リイグスターがあった。
「雪……野?」
「そ、そうなんだけど、声でわかんなかった?」
えー。じゃあもうずいぶん前から一緒にいたってことか。マジでしょーもねえ。
「だって喋り始めてから間もないじゃん雪野。っていうか転生先が剣って……生物ですらないとは」
あ、じゃあさっき俺の口をぐちゃぐちゃにしたのも雪野の仕業ってこと? けっこうエグいことやるじゃん。
「まあいいや。探し出せたんなら、この体から俺を消して雪野を戻してやってくれよ」
「さっきからおまえ、神やぞ我。そこは『お願いします』やろが」
神の怒りに触れたらしく、いきなり関西弁になってビビる。
「すいませんッした。お願いしますッッ!!」
「でも! 山田くん、消えちゃうの?」
「そうだよ。そういう約束で、雪野を探しに来たんだ。こんな意味不明な世界にね」
乳神はタバコを咥え、虹の煙を振り撒きつつ、ゆっくりと地上へ降り立った。
「ふむ……では、言っておかねばならぬ。山田一郎、おまえは消えなくてもよい。しかしそれでも、我の知り得る未来では、おまえは消えるのだ」
何言ってんだこいつ。
「どゆこと? 救済措置ってことですか? 別に要らないですけど。俺、ちゃんと死ぬんで」
「いや、そうではない。『死』ではなく別の何かによって、消えてしまうのだよ」
「……わかりやすい表現でお願いしたいんですけど」
「おまえたちが『宇宙の理』を壊してまで帰ろうとした『元の世界』など、実在してはいないのだ」
何だって?
神の言葉はどういう意味なのかッッ!?




