テンプレート
「うーん……」
マイコ・ラスの意識が戻りかけた頃、ようやく勝負がついたことを確信したらしい野次馬たちが集まってきた。
「マイコ、しっかりしろ!」
「ラスさん!」
「チーギュ・エルドレッドっていったか、あんた一体何者なんだい!?」
おそるおそる尋ねてくる悪人面。もう俺も、俺が何者かなんて、とうの昔にわからなくなっている。
「ああっチーギュ様ぁ~!!」
「私と結婚してくださいませぇ~」
「何よブス共! チーギュ様と結婚するのはアタシなのよッッ!!」
そのとき唐突に、観戦者たちのほうから女が数人、いや十数人単位で俺のほうに走り込んできた。
何だこいつら……と思いかけたが、俺に残るアルの記憶でも、王宮でこんな感じの日々を送っていたらしい。
まあ超絶イケメンで実は王子で最強となれば、女性も群がるか。うん、愛って何だっけ。俺はこの中庭から逃げるか、少し考えているうちに取り囲まれてしまっていた。
「チーギュ様! わたしと口づけを」
「いいえ私と!!」
「てめえらこの泥棒猫がよォー!!!」
巨乳押しくら饅頭のようになり、俺はもみくちゃにされている。うーん嫌じゃないけどさ。あ、嫌じゃないって思う時点でヤバいな。狂った世界に毒されてきてる。
……いや待て? 何か今、本当に俺から抵抗する力が失せているような?
ゴリ! ムチュウッ!!
誰かが俺に口づけた。しかし、まずい。これは求愛行動とは違うぞ。
カキキ。
俺の口内に異物感。硬い。それに奥歯のほうまで埋められる感触。
「グゥッ!?」思わず声が出てしまった。
「バカがァ! このスケベ男がよォー、私が魔法で造りだした女の群れに騙されやがったぜッッ!!」
声のほうを見ると、失禁し倒れていたはずのマイコ・ラスが上体を起こし、笑っていた。
「教えてあげるわ! その口に嵌められたのは『宇宙の理』!! チーギュ、貴方はどうもこの世界の理から外れた力を持ち合わせてしまっているようね。
でも『テンプレート』はそれを許さないッ! テンプレに支配された瞬間!! どんな存在も、いいえ神ですら!!! 色を失い、私という理に跪くのよォォォッッ!!!!」
なんだ。まずい。この感覚は。
俺が、いや「山田一郎」も「アルフォン・カパデミア」も、このチーギュ・エルドレッドの肉体から、精神から消されてしまう。
消える。俺が。いや……俺はもう死んでいいだろう。でもアルは違う、そうじゃない。
どうか、アルを殺さないでくれ。
「アア……ト……モ……ダ……チ」
友達なんだ。アルは俺のことをコミュ障お漏らし女だと思っていたかも知れないが、俺はあんな短かった出会いと別れのなかで、彼に尊敬の念を抱いているんだ。
ウシュルウシュル……
口から脳のほうへ、糸のようなものが這い擦り回っていく。体が動かない。本当に「テンプレート」の支配が効いてしまっている。
嫌だ。死にたくない。今わかったんだけど、俺みたいなゴミですら死んじゃダメなタイミングもあるってこと。心があるんなら誰か助けてくれ。助けてくれよ。
……ダメみたいだ。ごめん、雪野。
その瞬間、ほとんど感覚も失せていた俺の右手だけが、何かに引っ張られるように動いた。どうした? 俺の右手って何かあったっけ?
そうか。聖剣リイグスター。
異世界転生までしながらも続いてきた「山田一郎」の自我すら、テンプレに支配される!! 全てが終わってしまうのかッッ!!?




