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積み重なる人格

 アルの死と引き換えに、俺はアルの体と記憶を得た。


 ただ……輝く刀身に映っていた自分の姿は、ほとんど完全にアルそのものだったけれども髪は赤くはなく、雪野(ゆきの)の銀色のままだった。


「もうチーギュでも、アルフォンでもない……本当の名も忘れてしまった日本人だ」


 一応ノリで呟いたが、俺は山田一郎。まあ15年の平凡な人生にいきなりワケのわからない経験と転生と、王子の記憶まで追加されちゃったんだしもう自己同一性(アイデンティティ)もクソもねーんだけど。




「とりあえず、冒険者が集まるギルドにでも行ってみるか」


 今は呟きがイケボになったので、女声よりは違和感なくて楽しい。ちんちんもあるしな。


 アルの記憶を辿(たど)っても、雪野の精神に関する直接的な情報は見当たらなかった。


 カパデミア王子だけあって、礼儀や政治学やこの世界の「教科書的な知識」はたくさん持ち合わせていたが、お城の外の経験がほとんど無いのは俺みたいなものだ。


 言わば強制引きこもりみたいなもんか。王族ってのは。家が広いってだけの。


 ……そんなことを考えつつ、アルの高速飛行魔法(ファルナラーリマス)で空を飛んでさっきの街へ戻った。めっちゃ速かった。


「ここはギルドだ!」

「あんた仕事を受けるつもりはない? ちょっとヤバい仕事だけど」

「なんの用だ!」

「おい! 金が足んねーぞっ!!」


 殺伐(さつばつ)としたやり取りで賑やかなギルドの中。手練(てだ)れと思われるガラの悪い連中が大勢たむろしている。


「思ってたより広いんだな」


 生前のアルも、ギルドの中に入ったことは無かったようだ。新しい記憶が俺 (たち)の中に積み重なる。


「あのーすみません。転生に関する情報を集めたくて」


 俺はもう、チー牛の頃のようには対人恐怖を発動しなくなっていた。アルの王子たる振る舞いの記憶があるからだ。


 と言うより「俺はもう山田一郎ではなくなった」というほうが正解に近いのかもしれない。山田一郎は死にました。


「『転生』? 坊や、いきなりおとぎ話みたいなことを言いやがるじゃんか。しかし冒険者登録は済んでるのかい?」


 カウンター越しに挑発的な口調で返事してきたのは、ウェーブした金髪の間からちょこんと猫か犬のような耳がはみ出ている女性だった。当たり前だけど巨乳。


「いいえ、まだ登録していません」


「あははっ! そりゃそうだろうなぁ。坊やみたいな頼りない子、ギルドじゃあまず見かけないもんね」


「どうしたら登録できますか?」


「登録には『力の測定』が必要だよ? あんたの実力、あたいの前で晒しちゃっていいのかい? ふふふっ」


 加虐性というのか、このケモノお姉さんは俺をからかっているようだ。まあ見た目はか弱い美少年だもんな。


「測定お願いします」


「ほー。それは勇気と呼んでいいモノなのかねぇ?」


 そう言ってくすくす笑いながら、お姉さんはガラス製のお盆みたいな板を取り出した。


「じゃあ骨の髄まで見てあげるわ。坊や、お名前は?」


「チーギュ・エルドレッド」


「チーギュ・エルドレッド。変わった名前ねぇ。それで能力は……え……え!? えっ!?」


 お姉さんの挙動が急に狂い始めた。八重歯のように突き出た大きな犬歯のあたりから、ガチガチと震える音が聞こえる。耳も伏せるようにビクビクと反応してる。


「れ、れ、れ、レベル74っ!? んぅっ」


「どうかしました?」


「あふぅ、しゅ……しゅ……スキル『不死(アタナトス)』ぅ……!?」




 突然バグるケモノお姉さん! やはり世界は巨乳なのかッ!?

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