94 再開はまだ
「はぁ、はぁ…!」
拳からボタボタと血を流して大きく乱れた呼吸で立ち竦むロイド。
激しい呼吸で頭に登った血が散っていくように冷静さを取り戻していく。
(ちっ、くそが…)
その息を整えようと必死になりつつ、ロイドは吹き飛んでいったジルバから目を離さない。
(浅かったか)
ロイドは風の弾丸の余波で傷だらけの右手を握り締めて内心で吐き捨てる。
土壇場で発動された岩壁を破壊するのに集めた風を大幅に使ってしまったのだ。
その為、ジルバを撃ち抜いた風の弾丸は威力が下がってしまっていた。
ロイドは風の砲弾を浴びせ続けていた時からほとんどダメージが通ってなかった事に気付いていた。
風の魔術具である短剣を介しての魔術ではなく、直接発動している為か精度が大きく向上している。
その為、何かによってジルバに攻撃が上手く届いていない感覚に気付けたのだ。
(多分なんかに覆われてガードする類のやつ……スキルか?)
しかし、洗脳もジルバのスキルだという。
であればスキルを2つも有しているという事になる。
スキルを持つ者さえ極々稀だというのに、それを2つも持つ事なんてあり得るのだろうか、と一瞬頭をよぎる。
(いや、父さんもスキル2つ持ってるし……あり得ない話じゃないか…)
こんなやつが自慢の父と共通点があるというるだけで腹立たしいが、しかしこれは警戒をせざるを得ないだろう。
防御のスキルと思われるそれについてはまだ良い。
もちろん軽視出来るものではない。
生半可な攻撃では通じないし、ダメージを遠そうとすれば大量の魔力を使用しなければならない。
しかし、ロイドは魔力量は異常とも言える。
かの天才と言われるフィンクさえも大きく上回る魔力を有しているのだ。
その魔力量にものを言わせて攻めれば倒す事は可能であろう。
(それよか洗脳のが怖いわなー)
発動条件の有無や、有るのであればその条件の内容。
それによっては一気に敗北してしまう可能性すらある。
(まぁ、とは言ってもーー)
「は、ハハハッ、やるじゃないか少年…!今のは効いたよ…」
ロイドの目線の先でゆっくりと立ち上がるジルバ。
最上階という高さから落ちたにも関わらず何事もなかったかのように立ち上がる様子に、やはり何か防御能力が働いていると確信する。
攻めてもそのダメージを大幅に削ぐ防御能力。いつどのように牙を剥くか分からない洗脳という脅威。
なるほど確かに迂闊に攻められるものではない。
しかし、
(こいつはぶちのめすのは決まってんだけどな)
冷静になったとは言え怒りが消えた訳ではない。
攻めないなんて道はなかった。
「………」
ロイドは振り返る。
仮にも給仕をしていた相手のジルバが壁ごとフリーダイビングに勤しもうが、突如現れたロイドが好き勝手人の部屋を荒らそうがその表情は微動だにしない。
今はクレアと呼ばれているらしいが、しかし如月の頃からこいつは有能なくせに何故か厄介事を連れてくるな、と胸中で呟く。
怒りは今もロイドの中で暴れている。
さらに言えば敵はまだ立っている。そんな状況なのに、何故かロイドは頬が緩んでいた。
「再会……とは言えん状態だな。ったく、相変わらず世話が焼けるやつだなおい……あと少しだけ大人しく待ってろよ」
ロイドはーー黒川涼は、そう言って無表情の彼女から目線を外してジルバへと向き直る。
込み上げる怒りを着火剤にでもしたかのように、ロイドは最上階から弾かれたように飛び出していった。
その飛び去っていくロイドを無感情な瞳に映す彼女。
それは、ジルバにより発言、行動、表情さえも制限され、あるいは制御されているクレア。
「…にげ……せん、ぱい…」
そんな彼女から出た言葉は、ロイドには届く事はなかった。




