71 風の魔術
ロイドはしばらく戯れるかのように風を紡いでいたが、今は魔力を回復させる為に大の字に寝転んで天井を見上げていた。
ぼんやりと視線を放りながらも、先程の戦いについて振り返る。
結果として言えば全てが上手くはまったと言える。
しっかり計算した上で勝算はあったとは言え、冷静になった今考えると背筋が冷える思いだ。
(力の収束は思ったように出来たし、威力も上げれたのは……まぁどうにかなったな。それよか…)
ロイドは転んだまま目線だけ下に向ける。
そこにはゴーレムを構成して岩に混じって積み重なる、色の違う岩。
(あれはマジで賭けだった……)
そう思いつつ次いで自分の体に目線をやる。
岩の破片に当たったのだろう、少なくない怪我が至る所に出来ていた。
最後の一撃を入れる際は必死だった為気付きもしなかったが、細かい破片はロイドにも当たっていた。
そう、天井を落としてゴーレムの動きを阻害する作戦である。
もともと天井が脆くなっている事からロイドはここに落下していたので、落とす事自体は上手くいくのではないかとは思っていた。
勿論確実に当たるように、放った風の砲弾をゴーレムの頭上から操作して真上に撃ち抜くように軌道修正はした。
ゴーレムに当てる事はいけるだろうと踏んでいた。
だが、落下してくるまでのタイミングが想像以上に遅く、ロイドが接近してから落ちてくる事になったのは計算外だったのだ。
あと少しでゴーレムの攻撃をもらう所だった。
ロイドの悪い癖である攻めに入ると防御や回避が疎かになる点も思い切り出ていたし、あと少しタイミングが遅ければ致命傷だったろう。
更に言えば、落ちてきた天井がもしもっと大きければロイドもただでは済まなかった。
とは言え距離がありすぎても距離を詰めている間に立て直されては隙を突けるか怪しかったので、離れて待つのも怖かったという事もある。
とは言え弱点らしき頭部の宝石が目の前まで下がってきたのはラッキーだった。
落石で動きが少しでも止まったら飛びかかるつもりだったのだが、そのタイムラグさえ無くなったのは嬉しい誤算だ。
(まぁ今回は運が良かったな。冷静に考えたらリスク管理がばがばだし……次からの教訓にしとかんとな……それに、多分次はもっと楽に出来るだろうし)
そう内心呟きながら風の魔術を使う。
緩やかな風が上空に舞い上がるのを見やりながら、ロイドはその風に意識を傾ける。
(んー…………なるほど。上の階にはコウモリみたいな魔物が居たのか。飛ぶ魔物だから床を踏み抜いたりしなかったんかね)
ロイドはそのまま目を閉じてより意識を集中する。
(上の階の奥にここに降りてくる階段がある…本当ならそっちから来るんだったんだろーな)
ロイドはこの遺跡の構造を確認していく。
二階層であり、上は建造物の名残のような物はあるが、下――今ロイドがいる階にはほぼ何もない空間となっていた。
最も、端の方に集められたように木や鉄のような残骸がある事から、もしかしたら最初はここにも何か建造物のような物があったのかも知れないがーーロイドはそこまで興味はなく特に気にしなかった。
(うん、やっぱり扱いやすくなってるし、何よりこの感知能力がすげぇ便利だわ)
ロイドは一通り遺跡を把握してから風の魔術を解く。
そして堪らずといった感じに拳を握る。
風の魔術は魔術具を通しての発動より精度が高くなっている。
更に、風を通じて周囲の把握すら可能となっていた。
ロイドは知らなかったが、魔術具は発動が容易な分、用途が限定される事が多い。
本来は魔術を使いこなせない者に用途を絞る分扱いやすくした道具なのだ。
その為、本来の風の魔術の性能を十全に発揮しやすくなったのだ。
しかもロイドには魔術適正があり、そこまで扱いに困る事もなく、むしろ余計な制限という阻害がない為枷が外れたように行使する事が出来ていた。
(これがあればさっきみたいな上空からの岩とかも感知出来るしな)
この魔術を使いこなせれば不意打ちもされにくくなるだろう。
束ねる事で攻撃力も上がる事も分かったし、速度もある。
かなり汎用性に長けた魔術になったと言えるだろう。
そうして風の魔術の確認をしている内に魔力が多少回復してきたロイドは、重い腰を上げて上の階に上がる為の階段へと足を進める。
長い階段を登る途中にコウモリの魔物に何体か接触したが、向こうが攻撃を仕掛ける前に風の魔術で探知して先手を打てたので特に苦労する事もなくやり過ごせた。
飛行する為に体が軽い為か、柔らかい肉体はあっさりと風の刃で斬り裂く事が出来たのも助かった点だろう。
そして上の階に辿り着いたロイドは、そこで一度足を止める。
(普通に歩いたらまた崩れて落ちるかもだし……行けるか分からんが、まぁ多分大丈夫だろ)
懐中電灯に照らされた床はやはり風化が目立つボロボロな物だった。
かなり老朽化しているが、遠くに見える光――出口に向かうにはこれを通る必要がある。
しかしロイドも何も考えていなかった訳ではない。
風の魔術は魔術具である短剣の時から使っている事もあり馴染んでいる。
それならある程度魔力が回復さえすれば、いつものようにやれば問題ないと考えていた。
体内に魔法陣を構築し、風の魔術を発動する。
風を後方に集め、同時に脚にも風を纏う。
そして後方の風を自らにぶつけるように発射し、それに合わせて脚部を纏う風と反発させる要領で足の裏から爆発のように空気を弾き出す。
(おっ!やっぱこれも使いやすくなってら!)
結果、足からブースターのように吹き出す風と追い風により、ロイドは1つの砲弾のように高速で前方へと駆け出した。
風の魔術による高速移動は、もはや十八番とも言える技法である。
しかも、以前は脚に掛かっていた負担も纏う風の精度が上がった為か格段に少なくなっている。
風を切って進む気持ち良さに思わず頬を緩めるロイド。
とは言え空中をずっと飛べる程の代物ではない為、要所要所で地面を蹴る必要がある。
しかし、崩れるより早く宙に飛び出している為、落ちる事なく進む事が出来た。
そしてあっと言う間に出口へと辿り着いたロイドは、谷のように壁に挟まれた道を進み、フック付きロープを使いながらレオンの元へと戻るのであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「よぉ、遅かったな。初めてのおつかいで迷子にでもなったか?」
「うるせーじじい。そっちこそ耄碌して時間感覚狂ってんじゃね?」
拠点となっている建物の扉を開けて早々の会話。
憎まれ口を叩き合うが、もはや2人にとってのおかえりとただいまのようなものである。
「まぁいい。お前に伝えなければならない事があるが、まずは聞こう。何の魔術だった?」
「伝えにゃならん事ぉ?なんだよ?」
「それは後だ。教えろ、ロイド」
レオンのいつも通りの口調に混じる感情に気付いたロイドは、一拍ほど言葉を飲み込むように閉口した後、端的に答える。
「……風だった」
「…そうか」
一言、それだけ返したレオンは揺らいだ瞳を隠すように瞼を閉じる。
数秒程して長い溜息をついて再び目を開くと、いつも通りの切れ長な目に収まった鋭い眼光を放つ金の瞳があった。
「なんか…悪かったな」
「謝る必要はない。俺もそもそもこんな所に時の魔術があるとは思っていなかった」
なんとなくバツが悪くなり謝るロイドに、レオンはいつもの口調で返す。
そうか、と少し小さめな声でロイドが相槌を打つのを見やり、レオンは溜息をこぼした。
「気にするな。それに目星がない訳ではない。いずれ時が来たらお前にも向かってもらう。それより伝えなければならない事がある」
「…りょーかい。んで、何?」
「まず聞くが、帝国ディンバーは知ってるな?」
「ん?あぁ、隣国だろ?それがどうかした?」
あまりに唐突な問いにロイドは首をかしげながら答える。そして、
「キサラギアイの転生体がそこに監禁されている事が分かった」
レオンの言葉にそのまま固まった。




