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63 新魔術

「おっ?!おおっ、おおおおっ!!」


 フェブル山脈の山頂にも近い所にある簡易的な小屋に籠もってこもって一週間程。

 気晴らしに調達に出かけたり、食事や睡眠時、トイレといった行動以外はずっと魔術書と睨めっこをしていたロイド。


 用紙を動かしては魔力を流して確認。

 反応がなければまた用紙を動かしての繰り返し。

 よもやノイローゼかといったその時。


 ついに、魔法陣が反応を示した。


「お、おぉ…!ぃよっしゃやっと来た!ノイローゼんなるかと思ったわ!」


 余程嬉しかったのか、ガッツポーズをして1人で騒ぐロイド。

 天に両腕を掲げて叫び、そしてそのまま後ろに倒れ込んで天井を見上げる。


「うわ、すんげぇ達成感だわ。浸ったまま寝ちまいてー…」


 横になった事で連日の疲れが出たのか意識が遠のきそうになるが、もし万が一せっかく出来た魔法陣が崩れたらたまらない、と体を起こす。


「なんだ、そのまま寝たらまたバラしてやろうと思ったのに」


 その様子を見て意地悪げに笑うのはレオン。


 さすがに冗談だろうが、今のロイドには笑えなさすぎる冗談だ。

 必死に睨みつけて牽制する。


 レオンもこれ以上おちょくるつもりはないのか、両手を挙げて降参したかのようなジェスチャーを見せた。

 

 実際、この魔術の適正がなかったとすれば一週間どころの作業ではない。

 レオンとしても時間を無駄に使うつもりはないので早く習得して欲しい気持ちはある。


 ロイドはそのジェスチャーを見ると安心したのか、目の下にクマをつけた少し朧気な目で魔法陣に目を向ける。

 前世で店長になってからもここまで机に長時間向き合う言葉はなかった。


 元々デスクワークより動き回る仕事の方が好みなロイドとしてはかなりの苦行だったと言えるだろう。


「よし…」


 その達成感と疲労感を胸に、ロイドは魔法陣に魔力を流す。


 魔法陣に浸透するように流れていく魔力。

 まるで魔法陣の線に溝があり、そこに光る水を流し込んだかのように魔力を流した所からぼんやりとした光を放っていく。


 そして魔法陣に魔力が行き渡り、月明かりのような静かな優しさを感じさせる光が室内を照らした。


 とても幻想的な光景。

 見る者によっては目を奪われてしまいそうな美しさだが、しかしここにはそのような風情に欠ける2人しかいない。


 ロイドは魔力が行き渡ったことを確認するとあっさりとその魔力を回収する。

 幻想的な光景はそれこそ幻だったかのように徐々に消えていく。

 

 魔力コントロールの精度が上がったのだろう。

 以前は苦戦した体に戻すという魔力移動も難なくやってのけたロイドは、自分の体内――体の奥底、深い部分に魔法陣が刻まれたのが分かった。


「んで、やっぱりこうなるよな…」


 刻まれた感覚というのはあった。

 が、魔法陣の魔力は体内の魔力の中で散り散りに巡っていった。


「ロイド、さっさと発動してみせろ。まさか出来んとは言わんよな?」


それを察したレオンがここぞとばかりに煽る。

 ロイドはイラっとしつつも速攻で実演する事で返事をしてやろうと即座に体内で魔法陣を組み立てる。


 以前に身体魔術を初めて行使しようとした際、魔法陣の魔力をかき集めようとするも出来なかった。

 しかし体内の魔力に乗って流れる魔法陣の魔力を、必ず経由する頭、体の中心である水月、丹田の内、丹田にて待ち伏せする形で集める事で発動する事に成功していた。

 

 勿論それには時間がかかる。

 少なくとも体内を魔力全てが丹田を巡りきるまでは発動出来ないからだ。


 だが、あれから魔力コントロールの重要性を理解し、研鑽してきたロイドは格段にその時間を縮める事に成功していた。


(丹田に集めるのは一緒。そこに魔力の流れを早くする事と、魔力の流れを変える…)


 体内の魔力の巡りを速くする事で単純に集まる速度が速くなる。

 更に、魔法陣の魔力が流れている自分の魔力を最短で丹田に流れるようコントロールする。


 それくらいなら魔法陣を集める事に集中しつつも並行して行う事が出来るようになったのだ。


(つっても丹田は身体魔術が常に発動してるから重複するんだよな…被ってもいいんだろーけどやりにくいし、鳩尾らへん……水月だっけ?そこにしとこ)


 魔力コントロールを行いながらも収束するポイントを決める。

 そして数秒の後、以前とは比べ物にならない速度でロイドは魔法陣を完成させる。


 そして、レオンの小馬鹿にした顔を驚愕に染めてやると気合いを込めて完成した魔法陣に魔力を流した。


(…ん?)

「ん?」


 心の声と口から出た声が被る。

 魔法陣を流した魔力を放出し、対象に干渉させて操作する魔術。


 しかし、干渉せんと対象に浸透するはずの魔力は虚空へと消えていく。


「失敗か…?ってちょっと待てよじじい、すぐにやり直し…」


 妙な感覚に首を傾げるも、すぐにレオンのことを思い出してバカにされる前に釘を刺そうとしてーー初めて見る驚いた表情のレオンに言葉が途切れた。


「じ、じじい?」

「バカな…」


 ロイドの声が聞こえていないように独白するレオン。

 ロイドは訝しげな目線を向けるが、まぁいいかと再び魔術の発動を試みる。


 だが、かえってくるのは虚空に消えるなんとも心許ない手応えばかり。


(やっぱ対象が分からんからか?何の魔術か分からんまま発動するのは無理があるか)


 ロイドが適当に魔術を発動させようとしても発動には至らないかと一旦諦め、魔術を解除しようとした時だった。


「ロイド、そのまま魔力を込めまくれ」


 唐突にレオンが口を開いた。

 ロイドがレオンに目を向けると、まるで信じられないものを見たような、それでいてそうであると確信したようななんとも言えない表情を浮かべている。


「いいけど、魔術の対象が分からんからどこに込めたらいいか分からないんだけど」

「構わん。ただ放出するだけで問題ない、はずだ」


 ロイドの疑問に直接的には答えない。

 ロイドは訝しげな表情を浮かべるも、まぁいいかと魔力をどんどん魔法陣に通していった。


 体から放出された大量の魔力がどんどん虚空へと消えていく。


「…ん?」


 すると、少しずつだが手応えが返ってきた。対象に魔力が浸透していくような言葉に出来ない感覚。


(対象が分からん云々じゃなく、単純に魔力不足だった?)


 内心呟きつつ、それならばと魔力をさらに込める。

 段々と強くなっていく手応え。


 だがそれは遅々たるもので、ロイドの魔力は既に半分を切っていた。


「マジかこれ…っ!こんにゃろボケがぁ!」


あまりの魔力量に締らない悪態をつくロイド。

 こうなったらヤケだ!と自分の限界まで魔力を注ぎ込むつもりで放出しまくる。


 だが、かなり手応えが強くなってきたという頃。

 その手応えの強さが変わらなくなってしまった。


 その分なんだか範囲が広がっていくような感覚が伝わってくる。


(やべ、なんか魔力が逃げていってね?)


 このままじゃ発動に至らない。

 そして自分の魔力もだいぶ目減りしている。


 にわかに慌て始めたロイド。


“うーん、惜しいですね。あとちょっとですよ”

「……え?」


 その耳に、昔どこかで聞いた事のある澄んだ声音が聞こえてきた。


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