32 誘拐
ディアモンドの1時間に及ぶ話を終え、よくやくギルドを後にしたロイド。
散々焚き付けていたジーク達は依頼に赴いたらしく姿はなく。律儀に待っていたらしいラピスとともに帰路についていた。
「ラピス、親父さんに愛されてるね…」
「えっと、うん…なんかごめんね」
ディアモンドの話は9割ラピスについてであった。
決闘については最初の方に、やりすぎるな、怪我がなくて良かった、怪我をさせなかったのは素晴らしい、という内容を軽く触れた程度だ。
それ以降はラピスの事を語られたり、何より根掘り葉掘りラピスとの関係について聞かれた。
最初は無難な解答を模索したり機嫌を損なわないように気を配ったりしていたロイド。
だがディアモンドの迫力やしつこさに途中から言われるがまま、聞かれるがまま返答を返すロボットのようになっていた。
ロイドは尋問って怖いんだな、とギルド長室を後ににした際に疲れた表情で呟いた。
「ところでお友達は先に帰ったん?」
「え?あ、ゼームズくん達?それなら先に帰ってたよ。ゼームズくんだけ別行動するみたいだっけど」
どうやらいつも引き連れている男の子達は置いていかれたようだ。
ゼームズとしてもやバカにしていた相手に負けたショックや羞恥があるからかも知れない。
「そっか。復讐とか言いださなけりゃいいけど」
「うーん。でももしそうなってももう大丈夫だよね!ロイドくん魔法使えるようになったし!」
ラピスは何気に否定はしなかったが、今までのように一方的にやられはしないだろうと安心している様子だ。
だが、ロイドはその言葉に首を横に振ってみせる。
「いや、ゼームズは俺がいきなり使えないはずの魔法を使ったと思って動揺して隙が出来てた。そこを突いただけだし、ちゃんともっかいやったら負けるよ」
「えー、そうかな?でも、それなら負けないように強くなればいいよ!」
ラピスは否定的ながらもシンプルな解決策を提示する。あまりに正論なそれにロイドは何か笑いそうになりながら頷いた。
丁度薬屋の前に着いていたので、ラピスは足を止める。
「確かにそうだな。んじゃ早速夕方の稽古にでも行くわ。んじゃまたね」
「うん、気をつけてね」
手を振るラピスに軽く手を挙げながらロイドは歩き出した。
(やっぱり魔法の対策を増やしておいた方がいいよな…兄さんに相談してみるか)
稽古の内容を思案しつつ、我が家への道を歩く。そして曲がり角を曲がってーー
「ぐあっ?!」
いきなり後頭部を何かに殴られたような衝撃を受け、そのまま意識を手放してしまった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
少し時間が経ったその日の夕方、ウィンディア家ではエミリーが夕飯の用意を済ませ、ロイドが帰ってくるまでの小休止として庭で紅茶を飲んでいた。
「全く、ロイドったら本当に全部私にさせるなんて…帰ってきたら説教ね」
1人文句を言いつつ、お気に入りのティーカップで紅茶を一口。
毎日母親からの指導で紅茶を淹れていた事で上達してきた紅茶は、十分美味しいと思えるレベルに至っていた。
自分の好きな時間を過ごしている事と紅茶の味への満足で少し溜飲が下がったエミリーは、小さな声で呟く。
「……遅いわね」
そろそろ稽古時間すら過ぎて夕飯の時間に差し掛かっている。
一応通告した門限は夕飯までにしている為、まだ多少は時間があるとは言えーー何故か嫌な予感がする。
ロイドは言動こそ飄々としているが根は真面目で約束事などは守るヤツ、とエミリーは考えている。
故に夕飯の時間になっても戻らなければ探しに行こうと決め、紅茶を飲み干して片付けようと立ち上がる。
そして玄関の扉を開けようとした時だった。勢いよく門の扉が開く。
どうしたのかと振り返ると、そこには息を切らせたラルフがいた。
「エミリー!」
「えっ?」
「無事か!良かった!」
振り返ったエミリーを見て少し安堵の表情を見せるラルフだが、それでもどこか雰囲気は険しい。
只事ではない様子にエミリーは胸の奥にあった焦燥が大きくなるのを感じた。
「先生、どうしたんでーー」
「ロイドが拐われた!」
エミリーの問いを最後まで聞かず、ラルフは言い放った。
エミリーは思考が一瞬止まり、手にしていたティーカップを落としてしまう。甲高い音を立てて割れるお気に入りのティーカップ。
普段ならばあるいは半泣きになりながら大声で叫んでしまうであろう事だが、そんなことは今はどうでも良かった。
「すまない!すぐに助けに行く!だからエミリーは絶対に家から出ないようにーー」
「ロイドはどこですか?」
ラルフの早口に放たれる謝罪と注意喚起の言葉を、今度はエミリーが俯いたまま遮るように言葉を発する。
長い付き合いのラルフをして初めて聞く冷たい声音。その様子にラルフは疑問に眉を顰めるも、すぐに言葉の意味に思い当たる。
「ダメだ!ロイドは俺達大人がすぐに救出する!エミリーはーー」
「ロイドはどこに居るのか分かってるんですか?」
先程よりも早く言葉を遮り、問いをより詳細にしてエミリーは問う。
それはまるで聞きたい内容ではそれではないと、あるいは意味が伝わらなかったのかと詰問するように。
「っ、エミリー!聞け!拐ったのは盗賊ゲインのやつらだ!あいつらは国から指定されている危険なーー」
「ロイドがそんな危ない所にいるのですね?」
またも遮るエミリーだが、今度は顔を上げてラルフの目を見て問う。
ラルフはその眼を見て続けようとした言葉を呑み込んだ。
怒りを抑え込むように、それでいて消す事はなくまるで圧縮するかのように濃度の増した怒りを湛えた眼。
それでいて表情や言葉は冷たさと冷静さが同居する。
それはまさに、エミリー達の母シルビアの、”万魔の魔女”の振る舞いと同じであった。
そして、そうなった彼女を止める術を少なくともラルフは知らない。
血は争えない、と頭からの片隅で浮かぶ言葉に、ラルフは数秒言葉を失う。
「……先生」
これ以上は言葉は要らないだろう、と名前だけを口にするエミリー。
どこか責めるような冷たささえ感じる声色に、ラルフは頭をガジガジとかいた。
「あぁくそっ!フェブル山脈にあるやつらのアジトだ!場所はベルが見つけた!すぐに向かう!」
「分かりました。向かいましょう」
吐き捨てるようなラルフの言葉にエミリーは短く答えると、返事も待たずに走り出した。




