119 本の代金
朝食を終えて準備を済ませたロイドは、ラルフの道場へと向かっていた。
1年ぶりの道を歩くロイド。その横にはクレアが並んでいる。
「ってクレアも来んの?個人的な用事だしつまらんと思うけど」
「大丈夫ですよ!それに領を色々見てみたかったですし!」
といった感じで着いてきたクレアは、銀の髪を揺らしながら周りを見渡してはロイドに質問したりしていた。
「そんな珍しいもんか?俺も詳しく知らんけどここって王都とかに比べたらかなり田舎らしいけど」
「こういうのどかな感じが好きなんですよ。日本の頃の親の実家を思い出します!」
「あー、分かるかも。確かにそんな感じするわ」
「でしょっ!それに先輩とこうしてのんびり歩けるのもなかなかないですしね!」
「いや帝国ん時に……は、じじいと手合わせばっかだったか。言われてみれば珍しいかも知れんね」
散歩にご満悦なクレアにロイドはそれならゆっくり歩こうかな、と歩調を少しずつ遅くしていった時だ。
「あらロイドくん、昨日はお邪魔して悪かったねぇ」
「あ、ベルさん。おはようございます」
歩いていたベルに話しかけられた。
挨拶をし合うと、ベルはクレアへと目を向ける。
「クレアちゃん、だったねぇ。本屋をやってるベルだよ、よろしくねぇ」
「こちらこそよろしくお願いします!本屋さん!行きたいです!」
「うん、いつでもおいで」
「あの、ベルさん」
「ん?なんだい?」
クレアとの会話の切れ目にロイドが話しかける。
首を傾げるベルにロイドは袋に入れた金貨を渡した。
「これ、前にもらった本の代金です。足りなければまた払いに行きますんで」
「本?……ってあぁ、あの読めない本かい?」
「はい、解読出来たら支払う約束でしたので」
本とは空間魔術書の事である。
以前ロイドが魔術についての本を探しに行った際、読めない本があると紹介され譲ってもらったのだ。
代金はベルが内容が分かったらでいいと言われていたのだが、それが空間魔術書と分かり、支払いをしようと思ったのである。
「あれ、空間魔術書だったんです。まだ全然使いこなせてませんが、会得自体はしました」
「なっ…!空間魔術だって?!本当かいロイドくん!」
「えっ、あ、はい」
予想外の食いつきに思わず一歩下がってしまうロイドだが、ベルは逃がさないと距離を詰める。
「幻と言われた魔法じゃないかい!見せておくれ!」
「えっと、見せれたら見せたいんですけど、ちょっと発動に条件がありすぎて…」
これから色々用事がある。
今使うのはさすがに厳しいとロイドは苦笑いで返す。
「まぁ…そりゃそうだよねぇ…よし分かったよ」
残念そうにしつつも納得した様子のベルは、手渡された金貨の入った袋をロイドへと手渡す。
「ん?いやこれ…」
「あの本のお代はね、いつでもいいから空間魔術を見せてもらう事にして欲しいのよ」
ベルの好奇心に満ちた瞳に、ロイドは苦笑いを浮かべる。
「…分かりました。といってももしかしたら今晩あたりに使う事になるかも知れませんが」
「ふふっ、ありがとねぇ。それなら今晩少し寄ってみようかしら」
本当に嬉しそうなベル。
有名な魔法師だったといっていたし、やっぱり魔法が好きなんだな、とロイドは釣られるように笑った。
「先輩、もしかして空間魔術を使うのって…」
「おー、兄さん」
会話を聞いていたクレアが恐る恐る問うと、ロイドは簡潔に答える。
それを聞いてクレアは瞠目した。
「ちょっ、危ないですよ先輩!え?フィンクさん殺したいんですか?!」
「いやいや、むしろ逆というかなんというか」
「へ?」
首を傾げるクレアに、ロイドは苦笑い気味に言う。
「下手したら空間魔術使っても負けるからな」
「えぇ?!いやいや…え、冗談ですよね?」
「いや大マジ」
驚愕するクレアにロイドはげんなりした様子で言う。
それでも信じられなそうなクレアにベルか言葉を続けた。
「クレアちゃん。空間魔術がどれほどかは分からないけど、フィンクくんは強いわよ?」
「えー…もしかしてまた強くなってるんですか?」
「そうねぇ。ここ最近はルーガスの手伝いが増えてきたみたいだけど、ちょっと前まで相当頑張ってたみたいよ?」
「マジかよ……なんかめんどくなってきたな…」
そう言うロイドは嫌そうな表情で溜息をつく。
だが、驚愕から立ち直ったクレアはそんなロイドを見て少し笑った。
「ん?どした?」
「なんでもないでーすっ!それより、あれが言ってた道場ですか?」
「そーそー。着いたな」
そう言って歩調を戻すように少し速めるロイドを見ながらクレアは思う。
(なんだかんだ男の子ですね。目が楽しみだって言ってますよ、先輩)
言ったら否定するだろうから言わないが、と内心続ける。
「あ、あとで本屋にも寄りますね」
「それなら一緒に行くかい?見せたい本もあるしねぇ」
「え、魔術書ですか?」
「いや、前の本とは違う感じだから魔術書ってやつじゃないんだろうけどねぇ」
ただ、と続ける。
「多分だけど、魔術時代の本じゃないかとは思うのよ」
「そうなんですね。もしかしたらじじいが読めるかも知れないんで、良かったら買わせてください」
「もちろんだよ」
「ありがとうございます。っと、んじゃ俺ちょっと道場行ってきますんで、また」
話している内に道場の入口に着いたロイドはベルに頭を下げる。
だが、ベルは楽しそうに笑って首を振った。
「あら、私もここに来たのよ?面白いものが見れるって聞いてねぇ」
「おもしろい…」
「…もの?」
微笑むベルにクレアは楽しそうに、ロイドは眉をひそめて言葉を繰り返す。
「先輩、良かったですね!おもしろいらしいですよ!」
「んー……いや、なんかすげー嫌な予感すんだけど」
対照的な反応の2人。
とは言えロイドとしても引き返す訳にも行かず、道場へと足を進めていった。




