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サクライロの図書日和。

作者: Serenade

初めてまして、Serenadeです。処女作なので拙い文章とは思いますが、どうか宜しくお願いします!


 う〜、気まずいよぉ〜。

 絶対に空気が凍ってる……てか、死んでるよぉ。

 無理だぁ……、もう温室育ちの私には耐えられない。


「………」


「………」


 閑散とした図書室は静かで、カチコチと無機質な時計の秒針が聞こえる。

 開け放たれた窓からは涼しい風が吹き込み、春の息吹きを感じさせられる。

 そんな天気のよいとある春休みの日の午後。だというのに、私は溜め息をつかずにはいられなかった。

 少しだけ背景を説明すると、ここはどこにでもある私立校の図書室。そこの図書の貸し出しを行うカウンターに私は座っている。

 古びた本は少しだけカビ臭くツンと鼻をついた。

 そして春休みにも関わらず何故私がここ、図書室の貸し出しカウンターに座っているかと言うと、理由は単純明快かつ至極簡単なことで。

 それは私が図書委員で、今日はカウンターで本の貸し出しを行う当番に当たっているから。

 我が校は春休みでも、図書室を生徒のために一般解放していて、常に利用できるようにしている。

 要するに学校側が私たち生徒に向けて、本を読むなり、自習をするなりしろよ、と暗に言っているのだ。

 ……が、そんな学校側の思惑とは裏腹に、利用者の数は皆無に等しい。数時間に何回かだけチラホラと人が来るだけで、皆無と言っても過言ではなかった。

 そして今図書室にいるのは、私を含めて二人だけだった。


「………」


「………」


 うぅ〜、沈黙が痛い。

 私の隣でカウンターに座るのは、同じく図書委員の草薙千世くさなぎチヨくん。

 同じクラスで、同じ図書委員だというのに一度も会話をした記憶がない。というよりも、草薙くんが喋っているところすら見たことがない。

 まさに無口が服を着て歩いているような彼は、いつも見かけると本を読んでいるイメージしかなかった。

 案の定、チラリと隣を見ると、風に吹かれて黙々と本を読み進める草薙くん。

 白く細長い綺麗な指でページをくる草薙くんは、少し長めの艶やかな黒髪を風に遊ばせながら読書を続ける。

 端整な顔立ちは理知的で、掛けている銀フレームの眼鏡は、いかにも「出来る男」と言った感じだった。


「えと……本、面白い?」


 余りにも気まずい沈黙に耐えかねて、私はつい聞いてしまう。

 黙々と読書をしていた草薙くんはピクリと本から顔を上げて、少し考える素振りを見せた。


「……まぁまぁ」


 暫くの沈黙のうちに発せられた言葉はひどく曖昧なものだった。

 面白いのか面白くないのか、判然としない言葉に私は思わずズッコケる。曖昧な表現は日本の美徳だとよくいうが、そんなものは嘘だ。

 少なくとも私はハッキリとしたものの方が好き。だから勧善懲悪である時代劇なんか、大好きで毎週欠かさず観ているほどだ。


「本、好きなんだ?」


「……割と」


 再チャレンジしてみる私に、またもや短く曖昧な言葉。

 どうしても会話が続かないのは何故だろう?

 再び図書室に沈黙の妖精が舞い降りた。やけに時計の音がうるさく感じる。

 何となく手持ち無沙汰になってしまった私は、余りにも暇なので草薙くんの観察をすることにした。

 ……というわけで、草薙くんの観察を始めたわけなのだが。

 まず目に見えて分かることと言えば、何だか凄く難しそうなハードカバーを読んでらっしゃるということ。読書と言えばラノベ!、な私にとっては縁のない未知のゾーンだ。

 ニーチェ?誰だいそれは?

 それと分厚い本を読んでいると、頭がよさそうに見えるのはどうしてだろう?……や、実際に私と違って頭が良いんですけどね?でも学業優秀な彼が本を読むことによって、優等生オーラが倍増して見えるのだ。

 そしてまた一つ、不思議なことを発見してしまった。

 なんと彼は、不思議なことに一度もまばたきをしないのだ!

 どんだけ本読むのに集中してるんだ!って感じだ。

 まさに凄まじい集中力、そんなに本を睨みつけてどうするよ?私なんか完全にアウトオブ眼中です。


「………」


 私はすっと椅子を引いて席を立った。

 特に意味はないけれど何となく思いついたこと。

 これだけ集中して読書してんなら、目の前で何をやっても気づかれないのでは……?

 我ながら馬鹿げた発想ではあるが、思い立ったら即実行。それが我が家の家訓その1だ。

 というわけで、私は家訓に従い思いつきを実行することに。

 とりあえず目の前で髭ダンスを踊ってみたりする。

 諸手を腰の辺りで上下させて、足は軽やかなステップを踏む。その動きはまさに変質者。

 しかし、読書に夢中の彼は気づかない。まさか春休みの図書カウンターで謎の動きをする女子高生がいるとは、気づきもしな──………、


「?」


 はい、気づかれてましたぁっ!

 草薙くんとバッチリ目が合った私は、まぁ何て綺麗な目をしてるんでしょう、なんて少し現実逃避をしてみるも状況は変わらず。

 空気が痛い。沈黙が痛い。視線が痛い。そして何より、私がイタいよっ!

 そんな不思議生物と遭遇したような目で私を見ないで!


「うぅ〜…、今の見た?」


 一縷の望みをかけて訊いてみるも虚しく。にべもなく彼はコクリと首を縦に振った。

 これはもう草薙くんをブン殴って、記憶を飛ばして貰うしかないだろうか? と、限りなく穏やかではないことを考え始めた私の耳に、クスリと笑う声が聞こえた。

 ……もしかして、私笑われた?

 チラリと草薙くんを見ると口に手を当てて小さく笑う姿が。

 笑われたことに恥ずかしいやら、悲しいやらで、かなり複雑だ。

 だけど、私は少しだけ嬉しい気もした。

 だって草薙くんが笑うとこ、私は初めて見たんだもん。




「草薙くん、コーヒーいる?」


 さて、少し喉が渇いた私は校内の自販機でコーヒーを二本買った。一本は私の、ついでにもう一本は草薙くんのだ。

 再び図書室へ戻ってくると相も変わらず読書にフォーリンラヴな草薙くんの姿。

 私がここを出て行ったときと同じ姿勢のままだ。何か凄い。


「無糖と微糖、両方買ってきたんだけどどっちがいい?」


 声にピクリと反応して本から顔をあげる草薙くん。どうやら彼は私が帰ってきていたことに気づいていなかったらしい。

 どれだけ読書に集中してたんだ、キミは! とツッコんでやりたい。……まぁツッコまないけどね。

 私が両手に持っていた缶コーヒーを見つめて、交互に左右へと首を動かす草薙くん。


「………」


 そしてゆっくりと私が右手で持っていた方の缶コーヒーを指差した。

 ……微糖のコーヒー。

 何となくクールな感じの彼には似合わないのだが、何とも意外なものだ。

 それとも私がブタにならないように、気をつかってくれたのだろうか?

 しかし、どうやらそんな殊勝な考えではないらしい。


「……ごくごく」


 パタンと本を閉じて、微糖のコーヒーを飲む草薙くんの顔の何と幸せそうなことか。

 至福とばかりに目を細めていらっしゃる。両手持ちでコーヒーを飲む姿は少し可愛かった。


「えと……甘いもの、好き?」


 コクリと首を縦に振る草薙くん。

 いつもワンテンポ反応が遅れる彼にしては、素早い反応だった。それに今回は曖昧な反応ではない。

 よほど甘いものが好きなようだ。


「甘党?ちょっと意外かも」


 私がそう言うと、コーヒーを飲むのを一旦やめた彼はポツリと呟いた。


「………家がケーキ屋」


 初めて会話が成り立った。

 ちょっと嬉しい。たぶん、うちの学校でこのことを知ってるのは私だけだよ?

 そう思うとちょっぴり誇らしい気もした。

 しかし、それにしても草薙くんの家はケーキ屋さんかぁ……。ますます意外かもしれない。


「何て言うケーキ屋?」


 調子に乗ってきた私は更に会話を続ける。せっかく会話が成り立ったんだから、もう少し喋りたいと思うのは当然だろう。

 だから、決して私がお喋りだとか、そうゆうわけではないからね?


「……さくら屋」


「マジッスかっ!?」


 草薙くんがポツリと呟いた店の名前。それはこの辺りでは、あまりにも有名なケーキ屋の名前だった。

 さくら屋は学校近くの駅の最寄りにある店で、今女子高生の間で話題沸騰、赤丸急上昇中のケーキ屋さんだ。

 かく言う私も既に友人と学校帰りに何度か寄っていて、お世話になっているお店なのだ。

 まさかアレが草薙くんの家とは……驚いた。草薙くんと話していると驚きの連続だよ。


「……ごちそうさま」


 カツンと缶コーヒーを飲み干してカウンターの隅に置いた彼は私にぺこりと頭を下げると、それだけ言って再び読書に戻っていってしまった。

 ……って、ちょっと待てやコラ。せっかく話ができたのに、またキミは読書ですか?私との会話より本の方が楽しいですか?

 アレだね、キミの心の壁はダイヤモンドよりも硬いね!


「何か、オススメめの本とかある?」


 しかし!どんなにつれなくされても、メゲない・負けない・屈しない、の不屈の精神を持つ私はなおも話かける。

 我ながら少しウザいかな?なんて思ったけど、仕方ないじゃん。だって物凄くヒマなんだもん。

 ウサギさんは寂しいと死んでしまうのだ。


「………イマヌエル・カントの『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』から構成される三批判書は、なかなかに面白かった。カントの批判哲学、認識論における、所謂コペルニクス的回転は余りにも有名なので、一度は読んでおいても損はないと思う。お薦め」


「……は、はい。読んでみます」


「……うん。今度感想でも聞かせて」


 ……あぁ〜、何というか、凄くビックリしちゃった。無口な草薙くんがめちゃくちゃ喋ってたよ、それも饒舌に。

 表情と口調こそ変化はなかったけど、心なしか少し楽しそうに見えたし。本当に本が好きなんだな、なんて改めて思う。

 でも二度と草薙くんと本の話はしないでおこうと私は固く心に誓った。

 だって私あんまり本を読まないし、話についていけないから!あと、草薙くんはちょっと無口なくらいの方が面白いしね。

 彼の呟く何気ない一言が凄く面白かったりするのだから。


「ん〜…。じゃあさ、本と甘いモノ以外にも、好きなものとかある?」


 というわけで、早速話題転換。本の話を終了させて新しい話題を振ってみる。

 本に目を落として読書をしている彼を見ながら、カウンターに頬杖をついて聞いてみた。


「………ネコ」


 暫くすると、またもや例のごとくポツリと呟いた。しかもこれまた意外な。

 クールっぽい草薙くんが猫好き?草薙くんが猫と楽しそうに戯れている図を少し想像してみるが、やっぱり意外だ。

 本へと目をやったままに答えた草薙くんの顔色を窺ってみると、仄かに朱がさしていた。

 自分でも似合わないことを言っていると思っているのだろうか?少し恥ずかしがっている草薙くんは、ちょっと可愛かった。


「ほへぇ、猫が好きなんだ?じゃあ女の子は?好きな子とかいないの?」


 私は少し恥ずかしがる草薙くんが面白くて、更にからかってやる。

 案の定、仄かに朱に染まっていた白い肌は、耳まで真っ赤になってしまった。何だかクールそうな割には実はピュアピュア?

 無口なのはクールなのではなく、シャイなだけではないのだろうかと私は思う。


「でも、草薙くんは女の子に結構人気あるんだよ?ほれ、誰が好きなのさ、言ってみな?」


 更に攻める私。さっきから草薙くんは本から顔を上げようとしないが、かなり動揺しているのが手に取るようにわかる。

 その証拠に目は泳いでるし、ページをくる手は止まってるし。何というか……どんだけ純真だ、キミは。

 まぁ草薙くんの女子人気が高いというのは本当の話だが、まさかここまで動揺するとは。

 クールで格好良くて、理知的でミステリアスで、大人びた感じがいい、というのが女子の総評だ。

 正直私にはよく分からない世界だったが、今日1日草薙くんと一緒にいて少しだけ分かった気がする。

 確かに彼はいい。

 評判通りの感じではないけれど。意外なことが多すぎて、ギャップが凄まじいけれど。

 でも、すごく面白い。


「……好きな人は……特にいな…い」


 私が訊ねてかなりの時間が経ってから。完熟トマトよろしく顔を真っ赤にした草薙くんは、恥ずかしそうに俯いてポツリポツリと言葉を紡いだ。

 ……ヤバい、可愛い過ぎて鼻血出そう。

 見た目とのギャップが相まって、相乗効果で可愛さがより引き立つ。これがギャップ萌えというやつか? と、本当に鼻血を出しそうになりながら考える私。


「可愛い過ぎるぜ、草薙くんよぉ。ギュッとしたいよ〜」


 気が付けば、かなりオヤジな発言をしている私がいた。それも悪質な酔っ払いバージョンだ。

 しかし草薙くんはドン引きするでもなく、ボンッと音がするくらい赤くなって固まってしまった。パサリと本が落ちる。

 ……どうやらショートしてしまったらしい。

 ならばこれ幸いとばかりに、にじり寄る私。なんかもう草薙くんが可愛い過ぎて、歯止めが効かない。

 ちょうど都合よく、図書室には二人しかいないわけだし、これは天からの啓示かもしれない……とか何とかダメ人間なことを考えてみる。


──……と、その時。


「……お前ら何してんだ?ほら、もう委員会の仕事終わったから上がっていいぞ?」


 ガチャリと司書室の扉が開き図書室に第三の人影が現れた。

 スッカリと忘れていたが、この男前な口調で喋るやたらと格好いい女性の存在を忘れていたようだ。この御方こそ我らが図書委員会のボスにして、司書さんの阿藤女史。

 私だけでなく草薙くんも女史のことを忘れていたようで、私たちは彼女の顔を見たまま固まってしまった。


「む?何だ、二人揃って私の顔を見て。なにかついているのか?」


 ペタペタと険しい表情で自分の顔を触る女史を見て、私は慌てて取り繕った。


「いえ……、その、何もついていません。では、今日は失礼します」


 私は荷物を纏めて立ち上がる。草薙くんもフリーズ状態からやっと解放されたらしく、遅ればせながら荷物を纏めて立ち上がった。


「それでは、阿藤女史。さようなら」


「……さようなら」


 私と草薙くんは女史にぺこりと挨拶をすると、図書室を後にしようと扉へ向かった。

 そのときにチラリと草薙くんを横目で見てみると、もういつも通りの平常心を取り戻したようで顔の赤みも既にひいていた。


「……そうだ、お前ら」


 引き戸の扉をくぐり抜けようとしたとき、背後から女史の声が掛かった。

 私と草薙くんが振り返ったのを確認すると、女史はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてみせる。


「お前らの声、司書室に筒抜けだったぞ?学校でイチャイチャしてないで、どっか別の場所でやれよ?」


 言いたいことだけ言うと、女史はカッカッカッと高笑いしながら、また司書室に引っ込んでいってしまった。


「………」


「………」


 うぅ〜、沈黙が痛い。

 残された私と草薙くんは、羞恥のあまり無言になる。

 隣の草薙くんの顔をもう一度見てみると、やはり真っ赤かになって俯いてしまっていた。

 でも今回は彼だけじゃない。

 たぶん私の顔も負けず劣らず赤くなってしまっていることだろう。

 もう、阿藤女史のバカぁ〜っ!!




   おしまい










PS.



 帰り道、私は今日1日の出来事をボンヤリと振り返った。

 あぅ〜、何と恥ずかしいことを私はやらかしていたのだろう。草薙くんの可愛いさのあまり暴走をしていたようだ。

 次に会ったらしっかりと謝ろう。


「よしっ…!」


 私は気合いを入れて歩を刻む。夕焼け空が綺麗だ。

 でも、何となく赤いものを見ると、草薙くんを連想してしまう私。

 今日は彼と話ができて本当に良かった。一年間、同じクラスで同じ委員会で、会話をしたのは今日が初めてだったけど、凄く楽しかった。


 ……来年も図書委員会に入ろうかな。


 そんなことを考えながら、私は家路を辿った。

貴方は奇特な方ですっ!よくぞ最後まで読んで下さいました!!

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― 新着の感想 ―
[一言] このつづきが知りたいなぁって思いました。 Serenadeさんの文章、好きです。
[一言] 可愛い草薙君と少々オヤジな私、面白い組み合わせだと思います。 話もすらすら読めました。 図書室って青春の宝庫だね〜
[一言] この女の子がものすごく感情豊かに描かれていた。ハッキリ言ってすごいと思いました。
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