仕立て屋の思い出
恐くて不安で、見つかったらと思うと足がすくんでしまった。けれど誰もスンに気付かなかった。皆忙しそうに歩いている。前を見て、足元には見向きもしない。 乱暴に駆けていく馬車、物売りの大きな声、騒がしくてスンの頭はガンガンした。
ディディの言っていた豪華な馬車は見つからない。時々大きくて立派な馬車が通っても、飛び移ることもできず、傍にも近寄れない。踏み潰されないように道路の石と石の間に隠れ、置かれた木箱や女の人のスカートの中に隠れたりしながら、高い頭上の上にある標識を見る。
おばあちゃんに文字を教えてもらった時、スンにはそれがどんな役に立つのかわからなかった。スンには手紙を出したい人もいなければ、文字を読む必要もなかった。絵本はおばあちゃんに読んでもらえばいいし、役に立つことは本を読み返さなくても忘れない。
自分で標識を頼りに、一人で旅をすることがあるなんて、あの頃のスンにはちっとも想像つかなかった。
日が暮れてきた。スンはへとへとになって、喉が渇いた。水を探していると馬が何頭かいた。皆車を引く馬だった。白い馬、茶色い馬、黒い馬、色々いた。その中でも一番艶のある毛並みをした馬にスンは駆け寄った。 どっしりとした車輪。錆のついていない馬の連結。これは王様のいる街に行く馬車だ。スンはそっと車輪に近づいた。
苦労してよじ登り、身体が泥だらけになった。あともう少しで登り切るのところで、後ろから何かが飛びついた。
転がってパンを包んだ紙が落ちた。手を伸ばして紙包みを拾って抱きしめた。顔を上げてみた。ネコがもう一度飛びかかろうとしていた。
「やめて、私ネズミじゃないわ。」
ネコが飛びかかる、前足でスンを引っかこうとする。スンは転び、走って逃げた。馬車から遠ざかっていく。ネコがもう一度飛びかかり、スンは立ち止まっていた馬の足に登ろうとした。それより先に、猫が前足を伸ばしてたたこうとした。だが馬が足踏みをした。
ネコは蹴られて逃げ出した。倒れて落ちたスンめがけて、足が振り下ろされた。 スンは思わず目を閉じた。けれど、足はそっとスンの前で止まり、後ろに下がった。
馬ではなかった。耳がずっと長い、四本足の生物だった。
「だいじょぶが、ネズミどん。にやぁ、まちのネコはおそろじ。」
聞きにくい喋り方だったけれど、穏やかで優しい声だった。
「私、女の子よ。ネズミじゃないわ。」
ひっひっひっと馬のような小さい生物が笑った。
「おらが、いながもんのロバだがんって、だまされやしないど。どろのにおいすんのぁ、ネズミときまっとうど。」
スンは自分が泥だらけなのを見た。後ろでぱしっと乾いた音がしたのに気付いた。
立派な馬車が去っていく。スンは追いかけようとしたが、無理だった。もうスンには乗ることができない。呆然とスンは立ち尽くした。
「あれにのりたかったが? 」
大きな固い棘のような毛が生えた鼻が、スンのすぐそばにあった。
「……ええ。王様の住む街に行きたかったの。」
スンががっかりして言うと、ロバがスンの背中をそっと咥えて、荷車に乗せた。
「おらもいくど。もうすぐ、だんなががえってくるど。」
お尻から荷車の木の上に落ちた。
じんっとお尻が痛くなったけれど、すぐにおさまった。立ち上がって、お尻をなでながらスンはロバを見た。
「いいの? 」
「あぁ、にをよごさんでいにゃ。」
スンは荷車の上にかけてある、粗布の下にたくさんの布があるのを見た。どれもツヤツヤでふわふわしていそうで、スンが今まで見たことない、不思議で素敵な布だった。
スンは隅に行き、腰を下ろして空を見た。星はずっと高い。おばあちゃんは、どこから見ても星は同じように見えると言っていた。海を越えたら別だけれど、真ん中のぴかぴか光る星だけはずっと同じ場所にある。
スンはふぅっと溜息をついた。おなかは空いていたけれど、疲れていたので何か食べたいとは思わなかった。今は、足を伸ばして身体を横にして空を見ているだけで気持ちがいい。靴を脱いで足の指を開いたり閉じたりすると気持ちが良かった。スンは眼を閉じて、おばあちゃんの顔を思い浮かべた。じわっと涙が出て、そっと寝返りを打った。
ゆっくり体が揺れていた。冷たい空気が頬に触って目を開けた。スンは起き上がると、靴を履いて立ち上がった。昨日棒のようだった足は、今日はすっかり元どおりになっている。泥をはらってから、荷物に被せてある布の上をよじ登った。
荷車を引いているのは、小さく曲がった背中をした老人だった。頭は白髪が下の方にふわっと生えて、上の方は光を反射している。
スンはまた降りて、すれ違う馬車に姿を見られないよう、荷車の底に隠れた。お腹がくうっと鳴いたので、背中にあるパンとチーズを出した。パンは水分がすっかりなくなっていてパサパサだったけれど、チーズのほうは少ししょっぱくていいにおいがした。少しずつ、スンは噛んだ。
馬車が停まった。まだ街にはついていないみたいなのに、とスンが顔を覗かせようとしたとき、馬車が進んだ。暗い、石で作られた大きな洞窟のようなものの中を通っていると、スンが気づいた時にはもう一度お日様が見えた。にぎやかな声がして、今自分達が通り過ぎた場所を見た。それが大きな壁にあいた入口だと気付いた。
色んな匂いが一斉にした。いい匂いもすれば、思わず鼻をつまみたくなる匂いもした。スンは人に見つかりたくなかったので、見たいという気持ちを押さえ込んでいた。
馬車は時々停まり、また進み、くねくねと曲がって停まった。
「にゃぁ、どうだい? 景気は。」
老人の声がした。
「悪かったらじいさんのところで布を買ったりしないさ。見せてくれよ。」
スンは布と布の間にもぐりこんだ。布の剥ぎ取られる音がして、上からぎゅうっと押さえつけられる。息苦しいけれど、我慢しなくては。
「いいな、じいさんの家の羊達が一番良い毛を出してくれる。」
「子供みたいに育てたど。こんとし生まれた子羊の、一番最初の毛にゃぁ。」
やさしく持ち上げられた。こつん、こつんと木の床を歩く音に合わせて揺れ、何かの上に置かれた。スンは用心深く、隙間から周りを見て、その部屋に人間が居ないことに気付いてから出た。 机の上いっぱいに置かれた裁縫道具に驚いて足を止めた。裁ちばさみ、糸切りばさみ、定規、巻尺、たくさんの縫い針やマチ針と、綺麗な布。袖とボタンがついている。
思わず、足を止めてスンは布を触った。縫い目もまっすぐで均一、こんなに正確なのはおばあちゃんでも無理だ。それにきつく縫い付けてあって、簡単にほつれたりしない。
「すごいわ。こんなの、どうしたらできるのかしら。」
「そりゃ機械で縫うからさ。」
下から声がした。机の下には、ふさふさした毛並みの犬がいた。前髪が長くて眼が見えない。
「ネズミじゃないな。布をかじったりしないだろ。」
「私女の子よ。布をかじったりしないわ。」
スンは足音が近づいてくるのに気付いてはっとした。テーブルの足はネズミがのぼれないようにつるつるしていて、ふちより中についている。スンは困って叫んだ。
「ねぇ、貴方の上に降りてもいいかしら? 」
「うん? 降りられないならどうやってそこまで登ったんだい。まぁいいさ。ほら。」
犬が頭をぐっと伸ばしてくれたので、スンは鼻先にとびついた。
「ありがとう、私人に見つかりたくないの。」
毛の間から犬はじぃっとスンを見た。
「お前さん……。」
ふんふん、と鼻を動かす。スンは手がすべって落っこちそうだ。
「もっとよく顔を見せておくれ。」
犬は隅の床にスンを下ろしてからじっと見つめた。スンは犬の目が真っ黒なのを毛の間から確かめた。鼻と同じ、つやつやの黒い眼だ。
「いや、こんなに小さいんだ。まさか人じゃないだろう? 」
「私は小さいけれど、ご飯も食べるし、歌も好きだもの。玩具でもないし、妖精でもない、女の子よ。」
犬はスンをもう一度嗅いだ。
「お前さんいい匂いだ。懐かしい。」
うっとりとした声で言い、犬がスンに擦り寄る。
「そう? さっきは泥の匂いがするって言われたわ。」
ドン、ドンと床が揺れる。スンは犬の足の間に隠れた。また人が去った。スンは用心深く出ようとした。犬はスンの首根っこを咥えてどこかに連れて行く。
「どこに行くの? 」
犬は何も言わなかった。前足を伸ばして扉を開けると中に入った。ネコみたいに上手にあける、とスンは感心していた。
「ごらん。」
薄暗い部屋の中に光が差し込み、中が見えた。埃がかぶらないように布が覆ってある。犬は布の端を咥えて引き摺り下ろした。
真っ白なドレスだった。丁寧に縫いこんであり、均一の太さの、正確な曲線を描いた刺繍がついている。布の縫い方のせいか、花がいくつも咲いているように見えた。
「これはわしの前の主人が作ったんだ。わしがまだチビだったころにいなくなっちまったがね。」
「どんな人だったの? 」
犬はじいっとスンを見た。
「あんたに良く似た細っこい娘だったよ。あんたはその人に生き写しだ。」
どきんっとスンはした。
「じゃあ、貴方これを知ってる? 」
スンは背中の針を取り出した。犬はじぃっとスンを見つめた。
「セリマのだ……驚いたぞ、これはセリマのだ。一度だけ、セリマがわしに見せてくれた。間違いない、よっく覚えとる。」
犬は興奮した。
「ああ、そうだ。セリマのあの嬉しそうな顔、紅を差したように赤くなった頬。覚えとる……。」
「私のお母さんなの。」
犬はとっとっと、と歩いてドレスの裾を指した。そこにはセリマ、と名前が刺繍されていた。
「お母さんなの? これ、私のお母さんが作った服なの? 」
スンは眼に涙が浮かんだ。
会ったことも話したことも覚えてないけれど、スンはずっとお母さんのお腹の中にいて、一緒に考えたり一緒に空を眺めたりした。だからスンが生きている限り、それはお母さんと一緒にいることと同じことだと、おばあちゃんは言ってくれた。
「お母さん……。」
顔中が熱くなり涙が浮かんだ。でも、悲しいからじゃないもっと熱くて、もっと叫びたい気持ち。
スンは嬉しくても涙が眼に浮かぶことを知った。裾を握り締め、お母さんのぬくもりを探そうとしたけれど、埃の匂いしかしなかった。
また足音がし、扉が開いた。
「チョビ、お前どうやって入ったんだ。」
男の人がいた。茶色い髪に茶色い眼、痩せた、細い腕の人だった。スンは慌てて、犬の後ろに隠れた。
「お前、先生のドレスをまた見ていたのか。」
男は歩いてきて、布を取った。しばらく彼もドレスを見つめる。彼が布をかける時、犬はスンを咥えてそっと部屋を出た。すぐに男の人が出てきた。
「いいか、もう先生はいないんだ。俺がしっかりこの店を支えていかなきゃいけないんだぞ。」
自分に言い聞かせるようにそう言って、彼は布を手に取った。
「さぁ、バンデラさんちのドレスを仕上げなきゃな。」
スンは男が仕事を始めるのを、犬の影から見ていた。
「シェリマの弟子のクナだ。あいつは仕事も丁寧で早いが、明日までに仕上げなきゃいけないからな。」
お店の中には誰もいない。くる気配もなかった。
「他に手伝ってくれる人はいないの? 」
犬はふぅんと溜息をついた。
「いたさ。だが、一人は指を折り、一人は子供が生まれる、一人は親が病気になっちまったんで看病しなきゃいけない。腕の良い職人ばかりだった、他のヘタクソな奴を雇って質を落とすわけにもいかないからなぁ。」
スンはチョビを見て、クナを見た。彼の顔はよく見ると疲れが溜まっているように見えた。茶色い髪と同じ色の無精ひげが口の周りに生えている。ひげを剃る間も惜しいのだろう。
「頑張ってるわ。でも、とても疲れている。」
スンは部屋の中を見渡した。お母さんはここで暮らしていたんだ、お母さんはここで働いていたんだ。そう考えるとお母さんに包まれている気がした。
クナは食事を少し摂った時以外針を離さなかった。スンがチョビの足に隠れているのにも気付かなかったし、チョビの水と食べ物を分けてもらっている時も、クナの眼には自分の手元にある布しか映っていなかった。夜になると灯りを灯し、チョビが寝てしまっても彼は働き続けた。
やがて、布を握ったまま眠ってしまった。
チョビは眼を覚ました。スンはチョビの手を借りて、机の上に上がった。クナが寝ているかよく調べる。彼は疲れてぐっすり眠っていた。
「何をする気だい? 」
スンは背中の針を取り出すと机の上に置いた。服の図案を見てからスンは小さな声で歌い始めた。
「針よ針、踊っておくれ。糸よ糸、布を繋いでおくれ。綺麗に均等に力強く結び合わさっておくれ。」
スンが踊ると針と糸がくるりと舞い、布を結び合わせた。レースは丁寧に、弱い布は細かく、厚い布は力強く縫い合わせる。五本の針が一斉に動き、刺繍を縫い上げていく。
チョビは驚いてみていた。スンがほとんど音を立てずに服を縫い上げていく。スンが跳ねたり、手を振るのに合わせて布たちも嬉しそうに踊っているようだった。
スンは尻餅をついて眼をくらくらさせた。こんなに難しい縫い物は初めてだ。上手く縫えたのだろうか、図案通りにできたのだろうか、スンは心配になってドレスをよく見ようとした。
突然 クナの手がスンを掴んだ。スンはぎゅうっと叫んで失神した。
クナは驚いていた。ネズミがドレスをかじろうとしているのかと思ったのだが、触り心地が違う。自分が握ったものをよく見て、驚いた。
「なんだこれは! 」
ひゅんっとチョビが鳴いた。
クナは机の上にある針と、手の中にすっぽり納まっているスンを見た。
「……先生の……。」
クナは動かないスンを指先でつついた。スンの眼がそっと開かれて、スンとクナの目が合った。
スンと針を見比べる。スンは針に手を伸ばした。こほん、こほんと咳をしながら言った。
「返して、それは、私のよ。」
クナは眼を大きく見開いた。
「お前のだって? 」
クナはスンをじっと見た。スンの黒い髪、大きな黒い眼、クナはスンを離して、机に頭をくっつけて謝った。
「すみません、すみません。俺、てっきりネズミかと……。」
スンはクナのつむじを見た。
「でも、先生、なんだって、そんなに小さくなっちまったんだ? 」
クナの顔は涙と鼻水で、薄暗い明かりの中光っていた。スンはきょとんとした。
「俺、先生の言いつけどおりできない仕事は引き受けないできました。でも、これは特別だったんだ。だって、バンデラさんの娘さんが久しぶりにかえって来るんだ。バンデラさんは先生がいなくなってからもうちをひいきにしてくれたんだ……グラッツやカンダータがこれなくなるのも、ほんと、予想外で……。」
「私、貴方の先生じゃないわ。」
スンは一生懸命まくしたてるクナにきっぱり言った。
クナはゆっくり頭を上げてスンを見た。
「先生じゃないのか? でも、この針は……。」
「針はお母さんのよ。私、この針に付いた名前を辿ってきたの。」
「お母さん? じゃあ、あんた先生の娘さん? 」
スンはこくりとうなづいた。
「お母さんは私がおなかにいる時に死んでしまったの。でも、私はお母さんのお墓から実った実から産まれて来たの。」
「し……死んだ? 先生が死んだ? 」
クナは笑った。眼だけ、驚いたように見開いたまま、口だけが端を上げてひくひく動いた。
「嘘だ……嘘だ! 先生が死んだなんて……。どうして? なんで? 」
スンは、クナがあまりに驚いているので、可哀想になった。床に膝をついて、スンと目線を合わせている。スンはこんなに近くで起きている人間の顔を見たのはおばあちゃん以来だった。おばあちゃんはこんな泣き顔をしたことはないけれど、クナの泣き顔は鼻水と涙でくしゃくしゃで、見ているとおかしくなるくらいだった。
「私を育ててくれたおばあちゃんが家に泊めたときは、もうふらふらしていて息も細くて、どうすることもできなかったって。その前のことは何も知らないわ。」
クナの顔がくしゃっと歪み、眼に涙がにじむと鼻水がだらんと流れた。袖で涙と拭う。スンは言わない方が良かったかもしれないと思った。
「先生、なんで俺に何も言ってくれなかったんだ……そりゃ、俺はその頃はどうしようもない弟子でちっとも言うことを聞かなくて、迷惑ばかりかけてた。先生が突然いなくなって、心を入れ替えて働いたのだって、先生がいつか帰ってきてくれるかもしれないと思ったからだし……。」
クナは子供のように泣き始めた。机に顔を伏せて。なんだか可哀想になり、スンはそっとクナの頭に触った。
「私お母さんのこと何も知らないの。貴方、お母さんのことよく知ってるのね。」
チョビがクナをなぐさめるように、足に擦り寄る。
「……俺、先生に会うまでは悪さばかりしてたんだ。」
クナが鼻水をすすった。
「先生の裁縫道具を盗んだんだ。先生に捕まって、番兵に突き出されるかと思ったのに、あの人、俺のズボンの穴を、なおしてくれたんだ。」
クナの肩が大きく動いて、顔をあげた。スンはじぃっとクナを見つめた。
「俺、すっかり先生に惚れ込んじまって……。先生についてこの店に転がり込んだ。」
スンは顔を知らない母親が、縫い物をしている姿を想像しようとした。おばあちゃんにも、森から出て出会った家族の母親にも重なった。
「先生が最後に作ったドレス、誰からの注文なのか教えてくれなかった。でも、大切そうに作ってた。そして、あれが出来上がったら、いなくなっちまった……結局受取人は現れなくて、あのドレスは先生の形見みたいに残ってる。」
クナはスンに手を伸ばした。両手の指先で、スンの手を潰さないようにそっと取った。
「先生の娘さんがなんでこんなに小さくなっちまったか、俺にはさっぱりわかんないけど奇跡だ。神様が真面目に働いた先生に奇跡を授けてくださったんだ。」
クナは服を手に取った。
「こんなに小さいのにすごいお人だ。この縫い目なんか均等だし、布に合わせて縫い方も変えている。」
思い出話が終わるとクナは服の出来を褒め始めた。興奮して、スンには分からない職人の使う言葉で褒め始めた。クナの眼はきらきら輝き、スンの作った服に夢中だった。
スンは疲れていて、クナが自分に危害を加える心配もなさそうだったので、机の上でこっくりこっくりと揺れてそのまま眠ってしまった。こんなに疲れるほど踊ったのも初めてだった。
クナはスンがピス、ピスと寝息を立てた頃にやっと気付いて、綿をつめた箱の中に寝かし、上からハンカチをかけた。 クナはとても疲れていたが、スンの姿が目を閉じると消えてしまうんじゃないかと不安で、眠れなかった。クナはセリマを家族のように愛し、神様と同じくらい崇拝していた。だから、スンが帰ってきたことが嬉しくて、幸せで、眠くなかった。