不謹慎なやつ
轟音とともに銃弾が飛び交う。
仲間が一人、また一人と死んでいく。
ヘルメットや防弾チョッキなど気休めに過ぎない。
この戦場では、生きていること自体が死因になりかねない、それほど戦況は過酷を極めていた。
「ねぇ、ナイン。まだ生きてる?」
「あぁ、生きてるとも。マネ、君こそ身体は全部残っているかい?」
「髪の毛一本も欠けちゃいないわ」
ぼくらは戦場に生きていた。
比喩なんかじゃない。
死体の持っている物を漁り、食料があれば深紅の床に座ってそれを口に入れる。
そんな生活を何年も続けている。この戦争が何年続いているか、また何年続くのか分からなかった。
支援物資など当てにならない。
そんなものを当てにして死んでいった馬鹿をどれほど見たことか。
食べられるものは何でも食べる。食べないのは武器と生きている仲間くらいだ。
もう血も死体も見飽きた。
僕らの世界には色なんてなかった。
血や肉の赤、人間や土の茶、銃や弾丸の黒。
それ以外の色は、もう名前さえ忘れてしまった。
武器だけは半永久的に補給されていた。
きっと食べ物よりも金になるからだろう。
尽きることのないノルマを前に、ぼくらはさながら商社マンのようにあくせくと身体を動かすのだ。
今日も1時間ほど撃ち続けただろうか。
彼女が痺れを切らす頃だろうか。
「ナイン、そろそろ例のあれをしましょう」
「うん、そろそろ言ってくる頃だと思ってたよ、マネ」
いつものように、マネの掛け声でぼくらは『例のあれ』を始めた。
「猫が久しぶりに見たいわ」
「割とその辺にいたりして」
「鉄砲まみれの猫なんて嫌よ」
「よかったら連れて来てあげるけど?」
「どうせ逃げられるに決まってるわ。あなたの顔は怖いの」
「ノーノ―。いまぼくの顔の話は関係ないだろ?」
「ローラも言っていたわ。ナインの顔は、中の下から下の下を彷徨ってるって」
「テロより酷いな、君たちの口は。彷徨うって、そんな舞首じゃないんだから」
……わかってるさ、君たちが言いたいことも。
そんなことか、って思ってるんだろ?
でも、殺し合いに飽きたぼくらはゲームでもしなきゃ生きていけないんだ。
それが単純な語尾を取り続けるだけのゲームでも。
ゲームをしている間も、弾幕が途切れることはない。
仲間は死んでいくし、ぼくらは敵は殺し続ける。
たぶん死にゆく誰も知らないだろう。
彼らの死が、ぼくらのゲームの狭間にあるってことを。
もう他人の死に興味はなかった。
戦争の勝敗でさえもはやどうでもよかった。
自分が生きていて、周りの生を止め続ける。それだけに関心を向けていた。
そもそも初めに言い出したのはマネのほうだった。
まあ、同時期にぼくも同じことを思っていたから、話は嘘みたいに盛り上がって、次第に殺し合いの隙間にゲームをするようになった。
それも、弾を当てた回数とか、殺した敵の数とかを競うものはしなかった。
なるべく、この現状から離れているものがよかった。
だってその間だけ、ぼくらは平和の享受者であり続けられる気がしたから。
多分ぼくらは世界で一番無敵だろう。
平和を壊す片手間に、平和を創り上げていくのだから。
地獄の親玉も、死の商人も全ての中心にいるぼくらにはかなわないさ。
なるべく口でできるものがよかった。
「かくれんぼ」や「だるまさんが転んだ」とかもやったが、あまりよくなかった。
前者はお互いの技術が高いうえに、見つけたら撃ちたくなってしまう性分故、お互いに相手を殺しかけることになった。
後者に至っては論外だ。マネのやつは負けず嫌いだから、敵軍がすぐそこまで来ても動きはしなかった。そして彼女は、ぼくが掃除をしているところの隙を突いてくるんだ。
とんでもない女だよ。
「……飽きてきたわ。何かほかのことをしましょう」
「毎日やってるからね。次は何をするんだい?」
「そうね……椅子取りゲームなんてどう?」
「椅子があるなら一日中でも付き合ってあげたよ」
「あら、そのへんにあるじゃない。真っ赤な椅子が」
……ほらね、とんでもないだろう?
「いやいや、ぼくにそんな趣味はないさ」
「あらそう。……あなたなら一緒に楽しんでくれると思ったわ」
「……今度までにルールを考えておくさ」
全く、彼女にはどうも勝てやしない。
地獄の閻魔に何か言われたら、この笑顔を叩きつけてやるんだ。
「やったぁ!じゃあ今日は久しぶりに腕相撲でもしましょう」
「うん、それが妥当だね。でもいいのかい、そんな間に彼らが来るかも知れないよ?」
「あら、ナインくんは片手じゃ撃てない軟弱者だっけ?」
「よく言うさ。卵も片手じゃ割れないくせにさ」
「それは関係ないじゃない!……じゃあ、行くわよ」
「あぁ、いつでも」
「せーのっ」
「「手を抜いたやつには死を、死には敗北を。我ら平和を享受する者なり」」
いつもの掛け声とともにぼくらは無邪気に余興を楽しむ。