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その3

 俺は闘技場での闘いを終えると、すぐさまエルセラという少女の許へと走った。彼女が、誘拐犯であるラーミアと、俺との連絡係のようになっているからだ。

 彼女の許には、ラーミアからの2通目の手紙。それと、メルンからの手紙が届けられている。

 それにしても妙な話だ。

 なぜラーミアは彼女を選んだのか。俺に直接、手紙を持ってくればいい話ではないか。その疑問を口にすると、彼女は「それは無理だよ」といった。

 

「なにか、理由があるのか」


「だって、小遣い稼ぎのメッセージボーイに、ボガードを見分けるなんて無理だよ。ボガードは今回招待されるまで、ずっとアコラの町にいたんだし、王都での知名度は低いんだ」


「それはそうだ。だが、お前は俺を初対面で識っていたな」


「そいつは当たり前だよ、あたしは予想屋だもの」


「その、予想屋というのは、お前のような子供でもなれるものなのか?」


「普通は無理だね。でも、あたしの場合は特別でさ。父ちゃんが予想屋だったからね。それにひっついて、あたしも幼い頃から闘技場には出入りしてたから、顔見知りが多いのさ」


「父ちゃんは今――?」


「おととし、おっ死んだよ。流行り病でね」


「……そいつは、すまないことを聞いた」


「別にいいさ。昔の話だし――そういう訳でね。あたしはここのガキどもの中でも古株だから、ガキどもは困ったらあたしの処に相談に来るんだ。で、今回もそうだったっていうわけ」


 なるほど、種が割れれば単純な話だ。ラーミアはおそらく、全員の眼がアリーナに集中する頃合いを狙い、ソルダをさらった。その後、小遣い稼ぎの子供を利用し、俺宛に手紙を出した。

 だが、そもそも俺の顔すらろくに知らない子供が、手紙など届けることなど不可能だ。この時点で、ラーミアの計画は杜撰の一語に尽きる。

 伝言を預かった少年はこまった挙句、エルセラを頼った。2通目を預かった少年も、当然のごとくエルセラを頼ったのだ。俺はその手紙を開いてみる。


 手紙には、俺への恨みつらみがつらつらと記されていた。こんな駄文には用はない。問題は、どこへソルダをさらったかだ。肝心のそれは地名で記されており、ヨソ者の俺にはよくわからない。

 問題は3通目の、白い鳥が置いていった手紙である。

 最後の紙片を開いてみる。それは、この王都の一部分を切り取ったかのような、詳細な地図になっていた。黒丸で記されている箇所が、ソルダが監禁されている地点であろう。裏に走り書きがある。


『賊を追っており申す。取り急ぎ――グルッグズ』


「グルッグズが動いているのか」


 忘れもしない。この容貌奇怪な老人と俺は、漆黒のジュラギ城で出会った。否、拳を交えた。それ以来、やつは俺のことを若と呼ぶ。じつに変な男だ。だがこの状況では、この上なく頼もしい男だ。

――しかし、安心してもいられない。


「時間が惜しい。おれはこれからこの地点まで向かう」


「あたしもついていくよ」


「危険だぞ」


「田舎もんのボガードが、不慣れな王都で、どこへ行けるって言うんだい。あたしが道案内しなくちゃ。それにその格好で外に出たら、あっという間に人の群れに囲まれちゃうよ。今やあんたは時の人なんだからさ」


 もっともな話だ。俺はエルセラの顔なじみという御者を紹介してもらった。金を積めば、どこへでも行くという男だそうだ。『スラムだから、多少値は張る』という男に、結構な額のゼニを弾むと、男は大喜びで馬に鞭くれた。おかげで俺は、闘技場から直接、馬車を飛ばして、目的地点まで到達することができたというわけだ。ひょっとしたら、あの女も同じような手段を採ったのかもしれないな。でなきゃ、あまりにリスキーだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その地点に建っていたのは、幽鬼のように不景気な面をした倉庫であった。馬車は表に待たせているものの、御者は『ここは治安が悪いので、なにかあったらすぐ逃げるぜ』という。

 すでに陽は傾きつつあり、暗い内部の様子はまるでわからない。不意打ちされる可能性を考え、俺は気を配りながらゆるりと脚を踏みいれた。

 すぐに人の気配を感じた。おぼろげに人影が見える。

 見覚えのある、片膝をついた老人――グルッグズだ。


「――若、お待ち申し上げておりました」


 どうやら、この老人は無事だったようだ。暗い倉庫の内部に眼が慣れると、俺にとって衝撃的な光景がとびこんできた。

 メルンが上半身を起こした状態で床に倒れている。腹に痛烈な一撃をもらったらしく、あたりに嘔吐物をぶちまけている。まだ痛いのだろう。苦痛に顔を引きつらせながらも、彼女は弱弱しい笑みを向けてきた。

 その隣にいるのはソルダだ。両のほっぺたが紅く腫れている。まぎれもなく、叩かれた後に相違なかった。俺の拳が震えている。ぎりぎりと耳障りな音がした。俺が我知らずに、歯を食い縛っている音だった。


「……お前だけは、赦しはしねえ」 


「それはこっちのせり――」


 ラーミアは、言葉の続けることができなかった。

 俺が疾風のようになって、女の腹筋へと蹴りを放ったからだ。

 加減もフェイントもクソない、全力の右前蹴りだ。

 ラーミアは後ろへ下がった。両手でガードされちまったようだが、俺は止まらない。引き続き、蹴りを放つ。

 

 ラーミアは十字受けでガードしようと試みたが、俺はそいつを読んで、ちょいと今度は軌道を変えている。

 ミドルキック――の軌道から、三日月蹴りだ。

 この変則的な入り方はどうだ。

 中足が、もろに奴のアバラにめりこんだ感覚がある。ラーミアのくそったれは、苦悶のうめきをもらして、さらに後方へと跳んだ。

 残念だが、逃がしゃしねえ。

 俺は怒っている。瞋恚(しんい)の炎が全身を焦がしている。

 

 俺は今まで、気後れをしていた。

 その理由は、こいつが女で、『白い狼』の同胞、レミリアの妹と聞いていたからだ。レミリアとの関係は、あまり良好とはいえないが、その肉親を痛めつける気にはなれない。しかも、この女がやたらと仕掛けてくるのは、闘技場の外と決まっている。意味のない乱闘は御免だった。


――しかし、こうなっちゃ話は別だ。

 俺のダチと弟子を好き勝手にされて、にこやかに談笑などできるわけがない。俺はふたたび右でミドルキックを放つとみせ、膝のスナップを利かせてハイキックへと移行する。

 ブラジリアンキックではない。ナイマン蹴りだ。

 いってみれば、変則の二段蹴りである。

 いったん蹴り脚を戻すため、使いどころが難しい技だ。


 だが、相手はすでに一撃、胴に食っている。

 その痛みゆえ、あわててガードを下げる。

 だからこそ、二段目の蹴りがノーガードで側頭部に入る。

 骨が軋むような、いい音が鳴った。ラーミアは平衡感覚を失い、ほんの数秒、よろめいた。そこにすかさず、俺は蹴りを放った。

 

 放つ技は、もう決まっている。

 ふたたびの、前蹴りだ。

 今度は深々と、やつの鍛え抜かれた腹筋に、おれの中足がめりこんだ。やつは豚のような悲鳴を漏らしながら、嘔吐物を床に吐き散らして悶絶した。

 地獄の苦しみだろうが、今の俺にはなにも感じられない。炎のような気持ちは、いささかも揺らいでいない。こいつはメルンの分だ。


 まだソルダの分が残っている。今度は、両の頬が腫れるほど引っ叩いてやる。俺がつかつかと、エビのように跳ねるラーミアへと近寄っていくと、


「――師匠、もういいです」

 

 と、涼やかな声が響いた。

 ソルダが静かな眼で、俺を見ている。

 

「師匠の拳は、強敵にこそ向けられるべきです」


 少年は、そういって破顔した。頬が腫れて痛々しいが、とてもいい笑顔だと、俺は思った。――そうだな。これ以上、こんなやつを痛めつけても仕方ない。

 さっさと衛兵にでも突き出して、解決といこう。

 俺がそう思いなおしているときだった。


「いやあああああっ」


 女性の悲鳴が上がった。おれは慌てて周囲を見渡す。

 メルンが倒れている場所は、グルッグズが護っている。

 となると――

 やはりだ。ラーミアは苦しみに悶絶しながらも、周囲を観察していたのだ。俺の弱点を。――いや、俺の弱点になりそうなものを。


 少女が、ラーミアに吊り上げられている。

 背後からスリーパーホールドで固められた状態で。

 エルセラだ。ラーミアの悶絶ぶりを見て、これで勝負がついたと思ったのだろう。

 俺は容易に残身を解かない。俺の守備が固いと見て取るや、近くへ駆け寄ってきたか弱い少女へ狙いを定めたというわけだ。


「てめえ……どこまで卑劣なんだ?」


「うるせえよ、これで形勢逆転だな」


 ラーミアは、狡猾な毒蛇のように笑った。


『強敵乱舞』その3をお届けします。

次話は木曜日を予定しております。

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