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その9

「よし、このぐらいでいいだろう」


 俺はひとりごちると、採れるだけ採ったムイムイの草を、くるくると細い紐でひとまとめにした。バッグや背負い袋のような洒落たものは用意していなかった。ある程度ゼニを稼いだら、そういうものも入手しておかなきゃならないな。

 でなけりゃあまりにも、非効率的だ。俺はぶつぶつと、知らずに言葉にだしてつぶやくと、ムイムイの束をひょいと肩にかついだ。


 アコラの町の門兵も、昨日の騒動でしっかり俺の顔を憶えてくれたようだ。

 奴らは列のなかから俺の顔を見つけると、


「ようカミカクシ。今日は変な銀貨は持ってねえのか?」


「あれは非常措置だ。そういじめるな」


「それにしても、お前さんは変わってるな。他のカミカクシ連中は、国賓待遇で王都へ送られたって話だぜ。なのにお前さんはそいつを断って、こんなシケた町で傭兵になったっていうじゃないか」


「もう知ってるのか、耳が早いな」


「あんたの世界はどうか知らないが、ここじゃ娯楽が少ないんだ。カミカクシの話題は、結構な暇潰しよ」


「やれやれ、酒の肴かよ」


 俺は苦い笑みで応じ、片手を挙げて門を通過した。

 笑い話の種になっているというのは気に食わねえが、面倒ごとなく通れるというのは、いいことさ。そう前向きに考えることにした。なにより、考えることは無数にある。なかでも、本当にダラムルスの傭兵団に入団するかどうか、ということは、いまだ結論が出ていない。

 そもそも煙草一本の長さで、結論の出る話じゃねえ。

 

 門衛のいうとおり、俺は馬鹿な選択をしてしまったのだろう。だいいち他の奴ら――同じ異世界転移者仲間である連中とは、決別する必要などなかった。カミカクシの価値など、本人がつけるものじゃない。向こうの奴らに任せれば、それほど粗略な扱いはされなかったんじゃねえか。あのまま流れに身を任せるのが、賢明な判断だった筈だ。

 俺は、どうしたかったのだろう。


(くだらない学歴コンプレックスから、逃避するのをやめなさい!)


 脳内に、忌々しい御木本かすみの発言がこだまする。


(――いいや、そんなチープな感情論で、片付けられちゃ堪らねえ)


 と、俺の心の奥底に存在するなにかが、首を左右に振っている。

 俺があのとき、安易に流されなかったのは理由がある。それは海道簿賀土という男が、これまでどういう道程を歩んできたのか、ということと直結している。向こうの世界――いまとなっては、そういうしかない――で、俺は本心では何になりたかったのか。

 少なくとも、俺はトラックの運転手という職を、最初から希望していたわけではなかった。

 そうなった、という言い方が正しいような気がする。

 

――そうだ。

 ようやく俺は、ある種の結論にたどりついた気がした。 

 俺は強くなりたかった。

 一流の格闘技者になりたいという、子供じみた願望があった。

 そのために、空手一筋じゃなく、様々な技術を取り入れてきた。

 俺は徒手空拳の世界で、どこまで己が通用するか試してみたかったのだ。


 自分で言うのもおこがましいが、俺は強かった。

 通っていた道場で、俺の技術についてこれる奴はいなかった。

 空手のほかに、ボクシング、柔道、ムエタイ。俺は貪欲に、いろんな技術を吸収した。そいつを自分の空手にブレンドして、俺は俺独特の、実戦的空手スタイルを完成させつつあった。

 もちろん、伝統派空手なら、俺の技術のすべては邪道そのものである。

 だが俺はフルコンタクトで――実戦で世界一になりたかった。 

 誰だって、ひとつの事に没頭する時期がある。 

 青春の熱い血を、ひたすらに燃焼させる時期があるはずだ。

 俺にとってそいつはまぎれも無く、空手だった。いや、徒手空拳による戦闘といいかえてもよかったかもしれない。

 俺にはひとつの大きな目標があった。

 すべての空手選手にとって憧れの舞台、無差別級の空手世界一決定トーナメント。

 俺は、そいつに賭けていた。

 優勝候補の一角に、俺の名前が刻まれたのは光栄だった。それは計り知れぬ精神の高揚を俺にもたらしてくれた。これまで以上に、練習に精を出した。ひたすら身体を鍛えぬき、スパーリングに精を出した。そいつが現れたのは、そんな時期だった――


「あなた、有名なボガド先輩――ですよね?」


 鈴の音のように爽やかな、凛とした声が俺をよびとめた。

 ふりかえると、まだ高校生ぐらいと思しき、美少年だった。

 空手家らしくない、女性のように長い髪が印象的だ。

 

「そうだが、お前は――」


「押忍、若輩者ですが、トーナメントに登録している者です」


「――お、お前が、か?」


「押忍、優勝候補の筆頭である、ボガド先輩の胸をお借りできたら、と思いまして」


「貴様、先輩は忙しいのだ。貴様ごとき若輩者に稽古をつける暇など――」


 練習相手をしてくれていた後輩が、苛立ったように少年を追い返そうとした。


「まあ、いいじゃねえか。ちょっと立ち会ってみようか、若いの」


 若い連中に稽古をつけるのも、先輩のつとめ。

 俺はそんな軽い気持ちで受けた。

 それが俺の巨大な挫折のはじまりだった――




「……な、なんだ――。壁が俺の目の前にある――?」


 少年と対峙した瞬間だった。俺の目の前に、壁が突き立っていた。

 いや。違う。俺の顔が冷たい板張りの床に転がっていたのだ。

 俺がガードするより先に、少年の打撃が俺の意識を刈ったのだ。

 まるで技が見えなかった。

 いや、どうやって倒されたのかすらもわからない。


「どうしました、ボガド先輩」


 少年は明るく尋ねてきた。妖艶ともいえるような笑みをもって。


「……もう一度だ」


 俺は悔しさを心の裡に押し込んで、再び少年と対峙した。

 いったいどれほどの回数、地に這わされたのだろうか。俺はその後も幾度に渡って、その少年へ向かっていったが、結果は同じだった。


 あの若き天才――。その魔性の業の数々。 

 冷たい氷柱を背中に突っ込まれた感じだった。

 あらゆる技術を取り入れ、ひたすら練り上げた俺の技術を、年端もゆかぬ少年が、木っ端微塵に打ち砕いたのだ。俺の心はいい音色を立てて、そこで盛大にへし折れちまった。

 空手家としてトップクラスを維持するためには、普段の時間のほとんどを空手へ割かなければならない。仕事も長時間拘束されないような、パートタイムの短いものを選択し、空いた時間のすべてを、練習に費やする。そうしないと、とても大会に向けてベストの自分へ持っていけない。

 

 だが俺は、トラックの運転手を選択した。

 下手すれば一日以上、座席に座りっぱなしの仕事だ。拘束時間は長すぎる。

 俺はこれを天職として決定したわけじゃねえ。すべて、あきらめたのだ。

 夢から逃避して、トラックの座席に腰を降ろしたのだ。


 やがてあの美少年が、史上最年少の若さで、世界大会の優勝を果たした、という話を風の噂で耳にした。だからといって、俺の汚名が消滅するということにはならない。

 ただ、事実だけが残る。はるか年下の少年に、幾度もなく叩きのめされたという事実は、一生の傷になって胸に残るのだ。もういい。闘いの場から逃げ出した俺には、どうでもいいことだった。

 なりたい自分になれない。ならば、流れされるまま生きていくしかない。

 生活するために、妥協していかざるを得ない。

 そうやって、今日まで生きてきた。

 

 もし、あのときあきらめなければ、違った道が待っていただろうか。

 ある日の仕事中のことだ。そんな後悔ともつかぬ想いが、ふと鎌首をもたげたことがあった。トラックの大きなフロントガラスには、周囲の風景が映る。風も景色も時間も、ひたすら背後へと流れつづける。道はいつも選択の連続だ。ひとつ道を間違えれば、いくら急ブレーキを効かせたとしても、踏んだアクセルが元に戻ることはない。

 流れた時間が元にもどることはないのだ。


(もう、先へ進む時だろう。ボガド)

 

 俺はある種の決意をもって、ムイムイ草の束を肩にかついだまま傭兵ギルドの扉を片手で開いた。無言のままカウンターへ歩み寄り、そいつを預けた。

 耳の長い受付嬢は笑顔で応じると、帳面に何かをかきとめ、小銭の入った小袋を、俺の手元へと置いた。この世界で初めての報酬だ。俺はそいつの感動を噛みしめる間もなく、背後をふりかえった。

 長身のダラムルスが、笑顔でこちらへと向かってくる。

 俺は微動だにせず、そのまま彼を待った。

 彼の眼差しが答えを欲している。俺は、はっきりとした口調で告げた。


「これから、世話になる――」


「そうか! 歓迎するぞ、ボガード!」


――そうだ。

 踏みしめたアクセルは、もう元にもどすことは出来ない。

 だが、新しい道を選択することもできるはずだ。

 少なくとも、俺は流されることなく自分で選んだのだ。傭兵という道を。

 この真新しい新世界で、俺は周囲に流されることなく生きていこう。


遅れましたがその9をお届けします。

あと中編の文字を外しました。長編に再構成します。

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