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その3

 灼熱の太陽は依然として頭上にあり、執拗に俺たちの身を焦がしている。宙を舞っていた砂塵は収まりつつあり、アリーナには無言で立つ、8つの人影があるだけである。

 それは、全体的な戦闘の終結を意味していた。

 やがてアリーナに新たな人々があらわれ、生きた——あるいは生きていない障害物を排除にかかった。彼らは『アリーナの清掃人』と呼ばれる進行係であり、こうして斃れた連中の片づけをするのが主な仕事だそうだ。

 

 砂塵を血の線を引いて運ばれていく者たちの顔は、いずれも無残に変形しており、いずれ自分もそうなるのではないかという、暗澹たる気持ちが湧きあがってくる。

 だが、そういうことを考えたとてどうなるものでもない。今の俺は勝者であり、そうなり続けなけれなならないのだ。


「勝者たちよ、見事であった……」


 国王の声に、観客の声援は潮が引くように静まり、やがて満ちるがごとき歓声をあげた。俺たちは無言で頭を下げた。突発的な形ながら、初戦を勝利で飾ったのだ。

 居並んだいかつい8つの顔が、一斉にほころぶ。勝利の雄叫びをあげるものもいる。

 だが、続いて発せられた言葉に、おれたちは凍り付いた。

 

「諸君には、引き続き第二戦を闘ってもらう――」


 まるで死刑宣告のように冷徹に放たれた一言に、観衆の声援はさらにボルテージを増し、対照的にアリーナは静まった。

 こんな大会形式はありえない。俺たちの世界で行われる1DAYトーナメントも、休憩や他の試合を挟んでのインターバルがある。だが、わずかな休息も与えずの連戦は、競技として選手の体調を一切考慮していない証拠である。

 いや、そもそも競技として、この大会を捉えていたのが間違いだったのかもしれない。この大観衆は正当な競技性など求めていない。彼らは、あくまで血に飢えた狼そのものであり、血腥い闘いのみを欲しているのだ。

 

 俺には周囲を見渡す余裕があった。顔つきは多種多様なれど、この事態に喜んでいる顔はひとつもない。せっかく勝利を得たばかりなのだ。さあ即、次の仕合だなどと、簡単に気持ちを造れるやつはそういない。エンジンが温まる前にフルスロットルは出ない。ふたたび闘志をかきたてる時間が必要だった。


 俺には肉体的な余裕がある。あとは精神的な余力も――

 並んでいる顔ぶれの中には、ありありと疲弊の色が浮かんでいるやつもいる。俺には、有利な状況に他ならない。

 俺たちがやっているのは、仕合だ。試合じゃない。互いに対等な条件で勝負——などと、スポーツマンシップにのっとった競技ではない。

 だが、俺には納得ができなかった。

 何故なら、闘士とはいえ、しょせんは人間である。対等な条件で闘えば、俺が強かったはずだ――。そんな、言い訳じみた考えが、どうしても浮かんでしまうだろう。


 少しは時間を稼ぐ必要があるだろう。

 俺が前へ一歩進み、国王へ一言、モノ申すつもりで口を開いたときだった。

 すでに国王の近くには誰かがいて、しきりに何かを訴えている。護衛兵がそれを静止しないところを見ると、そこそこに国王から信頼を置かれている人物のようだ。

 

 何者か、俺にはその人物の正体がすぐにわかった。 

 御木本かすみだ。

 水色がかった、この世界特有のドレスに身を包んでいるものの、遠いその横顔が俺の目にはくっきりと見えた。おかしなものだ。この女とは、最初の日——この異世界へ転落した、最初の1日しか行動をともにしていない。

 にも関わらず、御木本かすみの印象は、かなりどぎつい色をともなって鮮明に記憶に刻まれている。

 なぜなのか、わかる気もする。俺とあんなに烈しく口論した女性は、この御木本かすみ以外存在しないからだ。


 彼女だった美津子とは、3年も一緒にいた。

 だが、どうしてだろう。彼女の顔は、もうぼんやりとしか想い出せない。その理由は、彼女との恋が、激しい火花を伴った別れではなかったからではないか。

 一輪の花が、静かに花びらを散らして枯れていくのを、ぼんやりと眺めていた。そんな別れではなかったか。

 

 御木本かすみの、相変わらずのきつい眼差しは、射るように国王へと注がれている。正義感の強いこの女のことだ。おそらくは、闘士にはインターバルが必要だ、などと、至極まっとうなことを口にしてるに違いがなかった。

 やがて国王の表情が、陽が翳るようにみるみる苦いものへと変わっていく。彼は手を打ち叩くようにして、護衛兵に何かを指示した。

 護衛兵は御木本かすみの前に立ちふさがると、丁重に、しかし力強く、彼女をゆるゆると国王の席から遠ざける。国王は威厳をとりつくろうように一度、咳払いをすると、


「諸君、待たせたな。それでは勝負の続きといこう」


 時間にして、ほんのわずか。

 5分ほどしかなかったかもしれない。

 それでも先ほどの激闘を制した一同には、呼吸を整える(いとま)ができた。充分とはいいがたいが、かなりマシな状況になったといえるだろう。


「アンディ対ローダン。グリズリー対フラニガン……」

 

 進行係が、対戦表のカードを読み上げる。

 先ほどまで荒い息をしていたものも、いまは呼吸が鎮まっているがわかる。かすみの抗議は実らなかったが、結構な休憩にはなったようだ。


「――バーダック対ボガード」


 一番最後に、俺の名前が読み上げられた、その瞬間である。

 ほんのわずか、御木本かすみと目が合ったように感じたのは、果たして気のせいだっただろうか。まあ、俺にはどっちでもいいことだ。


「ヨシ、やろうじゃねえか、兄ちゃん」


 俺の前に立ちふさがったのは、人懐っこい笑みを浮かべた、バランスのよい体形をした男だった。金髪碧眼で、身長はわずかに俺よりも高い。がっしりした体躯だが、腹だけがぶよんと突き出ている。

 

「いい勝負をしようじゃねえか」


 男は右手を差し出してきた。

 笑うと折れた前歯が見え、俺は思わず吹き出しそうになっちまった。

 その笑顔に引き込まれるように、俺はその手を握り返した。


「ああ、よろしく——」


 言いも終わらぬうちだった。

 俺はたちまち腕を引き込まれ、逆関節を取られていた。

 ホールドされた右腕が悲鳴を上げる。

 この男――


「油断大敵だぜ、アンちゃん」


 俺の腕をがっちり捕えたまま、男はふてぶてしく嗤った。


『トーナメント開始』その3をお届けします。

次話は木曜日を予定しております。

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