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その1

 俺たちは馬車に揺られて、円形闘技場(コロセウム)へと向かっている。居並ぶ顔に知り合いはひとりもいない。当然のことだった。これから闘う者どうしを同じ馬車に乗せるわけにはいかない。どんな騒動に発展するか、火を見るより明らかだからだ。 

 それぞれ違うブロックの選手同士を10人ごとに分け、馬車に乗せている。

 トーナメントは、A、B、C、Dの4ブロックに分けられており、俺と対戦相手のグアランとの仕合はAブロックの1回戦。あのアキレスはBブロックに配されていた。

 俺がAブロックの頂点、ベスト4まで勝ち上がれば、奴と当たる。

 

 俺は瞳を閉じ、その考えを脳裏から消し去ろうとつとめた。闘う前から先を見ると、ろくな目には遭わない。1回戦でつまづくことだってあるのだ。

 まずは一つ一つ、階段を着実に昇っていくことだ。そうすれば自然と周囲の景色も変わっていくだろう。

 俺が瞳を開くと、ひとりの男が、興味津々といったようすでこちらを見つめている。


「――なにか用か?」


「いや、精神集中の邪魔をしたなら謝るさ」


 男の眼に敵意は宿っていない。本当に興味本位だという顔だった。


「あんた、ホールでグアランと騒動を起こしたってやつだろう。やるじゃないさ」


「――――?」


「誰もかれも、あいつらの傍若無人な態度にはムカついていたってわけさあ。だが、試合前の騒動はご法度さ。――だがさあ、あんたはそれさえも無視して、あいつをやっつけようとしたという話じゃないか」


「まあな」


「その話を聞いてさあ、なかなか痛快な奴もいるもんだと思っていたが、その人物と同じ馬車になるってのも、なにかの縁かなと思ってさあ。ああ、俺の名はグラハム・ヘンダーランドさ」


「俺の名は……ボガードと呼んでくれ」


 やたらよくしゃべる男だ。俺は呆れるより感心して、その男を見つめ返した。背丈は俺よりもやや低いし、体格はそれほどよくはない。立派な体躯を有している男ばかりが詰まったこの馬車においては、華奢な方に見える。だが、このトーナメントに参加しているということは、それなりに腕に覚えがあるということなのだろう。


「ボガードか。できればトーナメントで対峙したいもんさな。その時は敵同士になっちまうけど、よろしく頼むさあ」


 敢えてボガードという名を口にしたのは、理由がある。本名の海道簿賀土(ボガド)を名乗ると、カミカクシということが話題になっちまうかもしれない、と用心したのだ。この男はあまりにも口が軽そうに見えたからだ。

 だが、その眼には邪気はない。

 彼が手を差し出してきた。俺は無言でその掌を掴んだ。

 男は二ッと愛嬌のある笑みを浮かべると、まるで誘導するように、視点を外へ向けた。

 途端に馬車が急停止して、御者が目的地へ到着した旨を告げた。

 

 馬車を降りると、燃え盛る正午の太陽が、たちまち俺たちの影を蒸発させた。

 

 壮大な円形闘技場(コロセウム)は、フランデル王国の自慢の建築物の一つとされている。

 通常は剣奴隷たちが、互いの得物を振るって殺し合いを行う場であり、あるいは武装した人間と、魔獣とを戦わせる場でもある。

 娯楽というものに飢えた市民のガス抜きの場であり、立派な興行として成立している。建物の周囲にはすでに様々な露店が並び、商売熱心な商人たちがだみ声をはりあげて商品の宣伝をしている。

 

 血を見慣れた残酷な観客が相手なのだ。そんな連中に、単なる徒手空拳の闘いを見せるなど、退屈だと思われないかという意見もあったらしい。

 ところが現状はどうだ。ピクニック気分の市民たちが、笑顔で円形闘技場(コロセウム)まで長蛇の列をつくっているではないか。

 この世界には、球技(スポーツ)もちゃんと存在する。だが、圧倒的に人気なのはこの円形闘技場(コロセウム)で行われる血腥いショーだというのだから、タチが悪い。つくづく、俺と王都は相性が合わない。あのとき俺は、アコラの町に留まってよかったのだ。

 好奇の目を輝かせて、俺たちの周囲に殺到する市民を見るにつけ、つくづくそう思う。そう、呑気におれが考えていられるのも、出場選手を護る衛兵たちに、ぐるりと取り囲まれて身の安全を確保されていたからに他ならない。

 俺たちは地下へつづく階段へと案内され、いくつもの廊下、いくつもの部屋を潜り抜けた。イベントを準備する裏方がうろうろと徘徊し、地下も地上と変わらぬような騒がしさだ。

 

「師匠――っ!」


 聞き馴染んだ、澄んだ声がひびいた。

 ソルダがカバンを手に、俺の許へと駆け寄ってくる。師より先に会場入りしているのは、なかなか感心なことだ。メルンのやつときたら、俺がゴソゴソ物音を立てて出発の準備をしているときすら、寝息を立ててぐっすり寝こけている始末だ。


「これから出番ですよね、すぐ支度をしましょう」


 ソルダはそういって、機敏に働いた。剣闘士たちには、個別の控え室などという上等なものはない。武装の最終チェックを行う、大きな武装控え室があるだけだ。

 ソルダはカバンからバンテージをふたつ取り出すと、俺の手元に投げてよこす。バンテージといっても、俺たちの世界にある伸縮するような質のいいやつじゃない。手触りの悪い、かすっただけで皮膚が切れそうな布っ切れにすぎない。

 こいつを巻くのも、手慣れたものだ。社会人におけるネクタイのように、基本中の基本だからだ。長い事、格闘技界から距離を置いていても、忘れないものはある。

 ソルダは次に、俺が身に着ける衣装を用意して、着付けを手伝ってくれた。防具はむろん装着が赦されていないので、最小限度の服装ということになる。まるでタンクトップのような、肌の露出が多めの衣装だ。「空手着がこの世界にあればな」と、俺は思わず、空虚な願望をつぶやいていた。


「がんばってください」


 ソルダがぎゅっと俺の両手を握りしめた。その手は微かにふるえている。

 考えてみれば、この少年は俺が神田蒼月に、なにもできず豪快にぶっ倒された光景を見ている。不安を覚えるのも仕方ないかもしれないな。


「ソルダ、ひとつ約束しろ」


「はい」


「眼を閉じずに、俺の闘いをしっかり見ておけ」


「――わかりました、師匠」


 真剣なまなざしで、ソルダは俺の目を見て答えた。

 それでいい。あとは師として、恥ずかしくない闘いを見せるのみだ。そうおもった瞬間だった。上の方から、盛大なファンファーレが鳴り響いたのは。

 そのすぐあとを追いかけるようにに、怒号のような観客のどよめきが、地下にまで振動して伝わってくる。


「出番だ――」


 俺たちはアレーナへと続く傾斜路を上がっていく。

 観客の熱気が、洪水のように俺たちに押し寄せてくる。

 まばゆい光に眼を細めると、円形のアリーナをとりかこむように、無数の笑顔が輝いている。だだっ広いすり鉢状の空間に、人がぎっしりと埋め尽くされている様子は壮観だった。立錐の余地なしという言葉はこのためにあるのだと言わざるを得ない。

 

 その衆目の中心に、俺たちが立っている。

 俺たちは最初に命じられていた通り、アリーナを一周して観客の声援に応えると、砂塵舞うアリーナの中央に整列した。Aブロックの選手、16人が一堂に会するのは、これが初めてだった。居並ぶ顔のなかには、当然ながらグアランの姿も見える。

 やつめ、今にもとびかからんとする野良犬のような風情で俺を睨んでいる。やれやれ、闘う前から気負っていてどうする。 

 

「よくぞ集まった。わが王国の精鋭たちよ――」


 ひときわ豪奢な大理石の椅子が、他の席より一段高い場所に据え付けられている。その両隣には護衛兵がしっかりとガードしている。この男が、フランデルの国王陛下その人なのだ。

 双眸に力があり、いかにも一国を担う男という風情だ。 


「それでは時間も惜しい。この後にも仕合が控えておるでな……」


 おれは何となく、嫌な予感がした。こういうときの俺の予感は、不幸なことに割と当たるのだ。国王は、色とりどりの宝石を埋め込んだ杖を頭上へ掲げると、厳かに宣言した。


「お前たちには、早速、この場で殺し合ってもらおう」


『トーナメント開始』その1をお届けします。

次話は木曜を予定しております。

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