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その5

 馬蹄のひびき。四つの車輪が、街道の表面で音を立てて旋回している。外から吹き抜ける風が、頬に心地よかった。

 俺はいま、首都ダーリエルへと向かう馬車の中で揺られている。

 残念ながら、貸し切りというわけではない。

 俺の目の前には、ふたりの人物が腰を降ろしている。


「王都って、どんなところでしょうね、師匠」


「さあな――。それから俺は、師匠じゃない」


 ひとりは、ソルダ・スラン少年だ。この徒手空拳の大会の出場にあたり、身の回りの世話をしてくれる人間が必要ということがわかった。俺ひとりじゃ、自分のコンディション管理に精いっぱいだ。 

 かつての天空寺塾ならば、後輩にいろいろ任せることもできたのだが、この世界での俺は孤独だ。結果、助手として、少年を連れて行くしかなかったというわけだ。


「ボガード、相変わらず、偏屈――」


 ぼそりとそういったのは、魔法使いのメルンだ。

 現在、フランデル王国はゼーヴァ帝国に、魔道研究において大きく差をつけられている。その差を埋めるべく、王国は在野の魔法使いの確保に躍起になっている。この娘っこは、自分を探している連中がごろごろいる現状に恐れをなし、しばらくヴェルダばあさんの許にいるはずだった。

 にも関わらず、彼女がふらりと『太陽と真珠亭』に姿を見せたのは、昨日の晩だった。


「――明日、出るんでしょう?」


 そう問うてきた。

 とぼけても無駄だろう。俺は「そうだ」と素直に答えた。

 また、ババアの予言でも聞いてきたに違いない。

 

「わたしも、王都へついていく」


「理由は、聞かせてもらえるのだろうな」


 こいつの立場からすれば、わざわざ敵のお膝元に乗り込むようなものだ。俺にはその心境が理解できなかったのだ。 


「多分、ボガードのためになる、から?」


「――俺に聞くな。要するに、詳しい事はわかってないということか」


 例によって、あの婆さんの差し金か。それにしても、こいつの魔法が必要になるほど、ダーリエルには物騒なことが待ち構えているということか。

 初めての王都ということで、俺も多少浮かれているところがあったが、こいつは気を引き締めないといけないようだ。

 俺がそう思った矢先だった。

 馬車が激しく動揺し、俺はあやうく頭からメルンの胸元へ突っこむところだった。馬がいななき、御者はののしり声をあげながら、それをなだめようと試みている。


「御者、なにごとだ?」


「へえ、横からぶっつけてきたやつがいるんでさ」


「何――?」


 俺は窓を覗き込み、周囲の様子を確認した。するとこちらよりやや後方で、同じようにスピードを緩め、ふらふらとよろめいている馬車がいる。前方に馬車の影はなかった。街道は2台が通れるほどの広さはない。

 導かれる結論はひとつ、この馬車が、俺たちの乗った馬車を追い抜こうと、無茶な運転をしてきたのだ。結果、馬車同士が接触するという事故が起こったというわけだ。

 

 馬車はふらふらとよろめいて、街道わきに静止した。

 御者によると、少し馬を落ち着かせる必要があるという。俺は地に降り立った。向こうの馬車も、同様の措置をしていたからだ。

 おれは、あちらの馬車へと近寄った。なにしろ、こんな乱暴な運転を仕掛けてきたのだ。あちら側の御者の、独自の判断とは思われない。おそらくは、内部の誰かが、「追い抜け」と、無茶な指示をしたに違いないと俺は推理したのだ。


「おい、こんな乱暴な指示を出したのは、誰だ」


 俺は、つとめて冷静に呼びかけた。


「オレだ――」


 中から降り立ったのは、男ではない。

 女性だった。それも、ただの女性ではない。俺の身長は180センチを多少超えているのだが、彼女の目線は、俺とほぼ同じ位置にある。こんな女性に、俺はこの世界で出会ったことがなかった。

 飾り気のない平服を身にまとった彼女は、両袖を引きちぎり、肩のあたりまで見せている。その両腕の筋骨隆々なことも驚いたが、その貌が、誰かに似ているのにも驚いた。

 

「ちょっとばかりぶつけたぐらいでイチャモンつけようってのかい? 随分とケツの穴の小さな男だね」


 誠意の欠片も感じさせない口調で、彼女は言った。

 

「俺の世界では、ぶつけた方が悪い。大抵はな」


「やっぱり、あんたが噂の『カミカクシ』だね」


「――ほう、俺はそんな有名人になっているのか?」


「識っているさ。『白い牙』に所属してるっていうコネだけで、代表選手に選ばれた、ずるい野郎だってね」


「おかしいな」


「なにがだい、コネ男」


「俺とお前は、初対面なはずだがな。――にも関わらず、こうも強烈な敵意をむき出しにされるとは」


「あんたにはなくても、こっちにはあるのさ。オレの姉さんに恥をかかせたんだ、生きて王都へ行けると思うなよ」


 その言葉で、俺はようやくピンときた。

 黒髪黒瞳、肌は褐色で、どことなく見覚えのある顔――


「そうか、お前はレミリアの――」


「そう、妹のラーミアさ。――聞いてるよ。あんたがギルドで姉さんに恥をかかせたってね。断じて許すわけにはいかないよ」


「あの一件だけで、俺を追ってきたというのか。随分と執念深いじゃないか。そんな性格じゃ、モテないぜ」


「減らず口はそこまでだよ。あんたは王都にたどり着く前に、ここで死ぬんだ」


「やれやれ、女性を殴る趣味はないんだがな」


「オレは逆さ。男を殴るとスカっとするよ」


 彼女の双眸に、剣呑たる鈍色の光芒が宿った。

 仕掛けてくるな。俺は判断し、アップライトの姿勢をとった。

 まだ、たがいに蹴りも拳も届く距離ではない。


 彼女は両拳を前に突き出し、半身の姿勢をとっている。

 打撃系だな――ならば、やりようは無限にある。

 俺は一歩、距離を詰めた。

 相手も臆する様子はなく、一歩詰める。

 互いが、打撃の制空圏に足を踏み入れた瞬間だった。


「その勝負、待った――っ!!」


 向こうの馬車から、転げるように出てきた人物がある。

 俺はそいつの顔をみて、ぎょっとした。

 陽光にきらめく金髪の下に、懐かしい顔があった。

 その男は、俺とラーミアの間に割って入るように駆け寄ると、両手を広げて互いの攻防を阻止しようとしている。俺は思わず声をかけた。


「――お前、アリウス・マクガインか?」


「そうだ、久しぶりだな、ボガード」


 間違いなかった。かつて俺とパーティーを組み、ともに巨大漆黒狼(レア・ムアサドー)を倒した男、アリウス。そんな彼が、なぜここにいるのか。 おれは軽く混乱して、尋ねる。


「なぜ、お前がこんなところにいる?」


「それはな、このラーミアが、俺たちの団『蒼き獅子』からの代表選手だからだ」


「こいつが、代表――?」


「余計なことをするんじゃないよ、アリウス」


「馬鹿か。試合前の代表選手同士のいざこざはご法度だ。それ以上やってみろ、俺はすぐさまアコラの町へトンボ返りをして、お前の行動を報告し、代表の座から降ろさせるぞ」


 ラーミアは露骨に顔をしかめ、


「これだから男ってのは……」


 と、毒づくと、戦闘態勢を解き、自らの馬車へと足を向けた。

 その足が途中でとまると、背中越しに、


「あんたへの復讐は諦めたわけじゃない。オレと当たるまで、誰にも負けるんじゃないよ。あんたはオレが殺すんだから――」


「激励と受け取っておくよ」


 フン、と鼻を鳴らして、彼女は馬車へと乗り込んだ。

 やれやれ。まだ王都へ到着する前だというのに、これだ。

 退屈だけは、しなさそうだな。

 俺は軽く微笑み、自分の馬車へと身をすべらせた。

 

『押しかけ弟子』その5をお届けします。

次話は木曜を予定しております。

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