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その3

「まあ、かけてくれ」


 俺は、ダラムルスが先ほどまで座っていた丸テーブルに招待された。 

 すでに4つの椅子のうち、2つが埋まっている。椅子も丸テーブルも、見た目は無骨そのものだ。だが、巨漢が座っても壊れないように、頑丈なアカシアの木でしつらえてある。

 俺が着座すると、ふたりの顔がはっきりと見えた。

 レミリアと、ロームだ。


「久しぶりですね、ボガード。剣の方は、どうです?」


「――まあ、ぼちぼちです」


 おれは、当たり障りのない生返事をする。

 ロームは俺に剣の稽古をつけてくれた、言ってみれば剣の師匠だ。銀色の長髪に、整った顔立ち。一見すると吟遊詩人かと勘違いするような容姿だが、剣の指導はかなりのスパルタ式だ。

 剣の冴えもすさまじい。徒手空拳しか取り柄のない俺が、曲りなりにこの世界で生き抜いてこれたのは、彼の指導によるところは大きい。

 

 もうひとりの人物――レミリアは、無表情で、こちらを見ようともしていない。

 彼女は『白い狼』唯一の女性幹部であり、ダラムルスを信奉すること神のごとしである。俺は彼女の笑顔を一度もみたことがない。きつい表情がやわらげば、相当な美人でとおるだろうが、いつもつまらなさそうな仏頂面なのは、勿体ないとしか言いようがない。

 

「なんだ、人の顔をじろじろ見て。私の顔に、何かついているのか?」


「いや、別に――」


「なら、見るな」


 まあ、本人がそれでいいなら、何も言うことはないさ。男の多い傭兵界で、気を張って生きているのかもしれないしな。

 ダラムルスが俺の分のエールを注文し、どっかと腰を降ろした。巨漢の彼が座ると、途端にテーブルの密度が増したような感がある。


「互いに自己紹介の必要はないな。なら、さっさと本題に入ろうと思うが――。ボガード、お前、いまゼーヴァ帝国内に、不穏な空気が流れているのを識っているか?」


「いや、まったく識らねえ」


 本当のことだった。俺はこの一ヶ月というもの、ほぼ世間と隔絶した環境下にあったからな。魔法使いの隠れ家、漆黒の城、魔女狩り、バイコーン――。語りだせば、この世界の住人でも、ばかばかしい世迷言だと一蹴しかねないような話だろうさ。

 

「なら、教えてやろう、お前のいなかったここ一ヶ月ぐらいの間で、大きな動きがあった。まず、ゼーヴァ帝国が二派に分かれて抗争しているという噂が流れた。我がフランデル王国、並びに鉄の同盟を結んでいるアナンジティ王国への戦争をもくろむ主戦派。こちらがこれまで帝国の主流派だった。だが、もうひとつ動きが活発化してきた一派がある。それが反戦派だ――」


「帝国が流した、ガセじゃないのか」


「そう疑うのも無理はない。ゼーヴァ帝国とフランデル王国は、互いに狐とタヌキのように、机上を挟んで手札を誤魔化しながら相対しているようなものだった。これまではな――」


「というと、関係性になにか変化があったのか」


「表立っては、ない。――だが、水面下では動きがあった。反戦派の首魁と目される男が、帝国の情報をこちらへと流すようになった。まあ、最初は誰もが本気にしなかったが」


「本気にするだけの何かがあった、ということか」


「そういうことだ。それには、お前も一枚噛んでいるんだぜ」


「おれが? 一体なんのはなしだ?」


「とぼけるなよ。こいつはちょっとした大手柄だ。そりゃ、参加した6人全員の傭兵のランクも上がろうというものだ。いや、ひとり欠けたから――5人か」


 その言葉で、ようやく俺は何を指しているのかを理解した。


「その手柄とは、あの巨大漆黒狼(レア・ムアサドー)絡みのことか?」


「なんだ、気付いてなかったのか。ずいぶんと呑気なことだ」


 ダラムルスは、豪快に肩を揺らした。

 俺は唖然とした表情を隠すように、届いたエール酒で唇を湿らせる。つまりは、こういうことだ。あの巨大漆黒狼(レア・ムアサドー)は、帝国の新型の生物兵器であり、その情報はすでに反戦派から王国にもたらされていた、ということだ。

 最初は半信半疑であったフランデル首脳も、これで帝国の反戦派への信頼を深めるかたちとなった。むろん、この一事をもって、完全に信頼関係が成立したわけではない。

 だが、関係が一歩前進したことには変わりない。

 

「――王国は、どれほどこの情報に信頼を寄せていたかって? まず、お前たちのような無頼の傭兵6人に、このような重大事を任せてしまったことからもうかがえるだろう? 本来ならば、俺たち『白い狼』全軍をもって対処すべき事案だ」


「確かに、あの化け物を退治できたのは、全員の力があってこそだった……」


 俺はあの闘いを思い出す。

 超強力な魔法を操るメルン。勇敢な戦士『蒼き獅子』のアリウス・マクガイン。優れた弓手だったエルフのアシュター。謎のドワーフ、フォルトワ・リバロ。生命を賭して闘ってくれた、ゴルゾー流槍術のラルガイツ。最後に、この俺――。

 全員が、やるべきことをやった。

 だから俺は、いま生きている。


「なあ、ダラムルス」


「なんだ?」


「おかわりは、いいか?」


 俺はカラになった杯を持ち上げて尋ねた。

 

「むろん、いいさ。珍しく呑むじゃねえか」


「素面じゃいられない話題だってあるさ」俺はそう答えた。

 

「まあいい、本題に戻ろう。お前のランクアップはそういった事情がある。お前らが退治した巨大漆黒狼(レア・ムアサドー)は、途中で冷凍の魔法をかけられて、ただちに首都ダーリエルへと輸送された。お偉方はさぞ目を剥いたことだろうな」


 愉快そうに、ダラムルスは笑った。

 なにがおかしいのか、俺には皆目見当がつかない。聞けば、生物兵器の研究は、このフランデルでは禁忌となっているという。そこに、この巨大漆黒狼(レア・ムアサドー)だ。

 ここまで帝国の魔道研究は進んでいるのかと、フランデルの魔法関係者は一様に顔色を蒼白にしたという。フランデルの魔法学は、この足元にも及んでいない。


「――お陰で現在、新たな魔法使いの確保に、王国は大わらわさ。お前と一緒にパーティーを組んだメルンという魔法使い。その師匠という大魔法使いヴェルダ。漆黒の居城に棲むという術師、ジュラギ。そういった著名な在野の魔法使いを探して王国は――おい、大丈夫か?」


「だ……だいじょうぶ、だ」


 俺は思い切りむせちまった。誤嚥して酒が気管に入ったのだ。

 なんてこった。今出てきた名前は、全員俺の知人ばかりじゃねえか。――俺は、あいつらが世間から隠れて暮らす理由が、いまようやくわかったような気がした。敵は魔女狩りだけじゃない。自分たちに関心を寄せ、飼い犬にしようとする世間すべてが敵のようなものなのだ。

 

「ところで、おまえ、今までどこにいたんだ?」


「……遊園地さ」


 この世界にそんなものがあるかどうかは知らないが、とりあえずはそう答えてやった。真実を答えるわけにはいかないからな。 

 反応は激烈だった。レミリアが凄まじい眼光で俺をねめつけると、


「貴様、団長をおちょくるか――?」


「だったらどうする? 拳で決着をつけるか?」


 売り言葉に、買い言葉だ。

 感情は、鏡のようなものだと、俺は思う。

 向こうが気にくわないなら、俺だって気にくわない。

 レミリアは無言で立ち上がり、腰剣に手をやった。

 だが、その瞬間には、俺の拳が彼女の顎先に触れている。


「この距離。俺の間合いだ――」


「ふたりとも、『白い狼』同士で喧嘩をする気か?」


 団長からすれば、何気なく発した科白(セリフ)だったかもしれない。

 だが、圧力をはらんだ言葉は、俺と彼女の険悪な空気を、たちまちのうちに吹き飛ばした。レミリアはただちに団長へと向き直り、


「申し訳ありません、団長――」


 と頭を下げた。

 俺は上げた拳を降ろすと、ゆっくりと席に着座して杯を傾ける。それに対して、レミリアはまたしても怒りの目を向けるが、いちいち構ってはいられない。

 

「――で、団長。俺のためにこの席を設けた理由は、それだけじゃないんだろ?」


 俺が水を向けると、ダラムルスは頷いた。

 

「ボガードよ、お前『氷の将軍』という男を識っているか――?」


 もう一度、俺はむせる羽目になった。


『押しかけ弟子』その3をお届けします。

次話は木曜日を予定しております。

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