その4
「――な、なんだと!?」
唐突なグルッグズの弟子入り願いに、俺は驚きを隠せなかった。
「どうしてそういう結論になったんだ?」
そう問わざるを得ない。
「ボガド殿はワシの迷いを、一刀両断にしてみせた。お陰で長年の迷妄から醒めた想いだよ。確かにワシは、長いものに巻かれることで、この腸を焼くような苦痛から逃れようとしていたのだ」
「だが、俺の弟子になるということはどうなんだ。寄りかかっていた樹から、新たな樹へと乗り移るだけじゃないのか?」
「似ているようだが、違う。ワシは初めて自分の意思で、新たな生き方を選んだのだ」
「ふむ――」
確かに、グルッグズの顔つきは、先ほどのしょぼくれた表情から一変している。生きなおしてみろと、俺は自分自身に言い聞かせるように、この男に告げた。
それですぐ、人が変われるほど、簡単なものではないだろう。
だが、この男はその叱責を糧に、新たな一歩を踏み出そうとしているのだ。その気持ちに水を差すのは野暮かもしれないが、俺はやはり、師匠という柄じゃない。
「弟子入りというのは、やめてくれ」
「しかし、ワシは――」
「ただ、ダチって線はどうかな」
「ダチ――つまり友達ということか」
「そうだ、それならいいだろう」
「それも面白い。わかり申した。これよりワシはボガド殿のダチとなって、あなたの周囲の脅威を排除して回るとしよう――」
「……そいつは少し、ダチの概念とは違うんだがな」
俺は難しい顔つきをしていた。
だが、内心は失笑しそうなのを堪えていたのだ。
とるものもとりあえず、この男は歩くことを選択したのだ。ならば、俺としてはその歩みを見守るしかない。
『待て――』
怒りに満ちた、低い声が背後から響いた。
声の主は誰か、問わぬでもわかる。
『そんな茶番、このジュラギが許さぬぞ』
鋭い目つきを、さらに険しいものに変えた、ジュラギが俺たちへと接近してくる。グルッグズは、土下座の姿勢からすっくと立ち上がり、戦闘態勢に移っていた。
またも死闘再現というところで、俺はふたりの間に立ちふさがった。
「許すも許さないも、あの妙なスコープのない今のお前では、この男には勝てないだろう。どうしようが、この男の勝手だ」
『黙れ! その男をここから出せば、こいつは他の魔女狩りに告げ口をするだろう。さすれば大挙してこの城に、敵が殺到する。それだけは阻止せねばならぬ』
ジュラギの口調は荒い。口から、炎が飛び出てくるかのようだった。
『ゾンバイス、ラーラ、貴様らも手を貸せ! この男を抹殺するのだ!』
そう言われたふたりは、明らかに困惑している様子だった。
『メルンもだ! これはババアの命に関わることなの――』
いいかけて、ジュラギはハッと口をつぐんだ。
俺は端から、この不自然な黒い城に違和感を抱いていた。まるで人を翻弄するかのような迷いの森。それでいて、緑に満ちた森の中に、ぬっくと佇立した城は、黒々と大きく、目立っていた。
まるで人を寄せたいのか、それとも迷わせたいのか――
そのちぐはぐさは、このジュラギの迷いを現したものなのじゃなかったのか。
「ジュラギ、お前、この城は、ババ――いや、ヴェルダのために築城したものなのだろう?」
「どういう意味?」
メルンが今一つ、飲み込めない様子で尋ねてきた。
「この男は不器用そのものなのさ。お前は魔女狩りをこの黒い城へおびき寄せようとした。それは師匠、ヴェルダを護ろうとする一心だったからだろう」
『ハハハハ、くだらぬ』
ジュラギは、大きく哄笑してみせた。
しかしその声には、どこか力がない。
「俺は不自然に思っていた。ヴェルダはまるで人目を忍ぶように、ひっそりとへんてこな場所に居を構えていた。あれは魔女狩りを避けるためだと思えば納得ができる。だが、おまえはどうだ。まるで俺はここにいるといわんばかりに、目立つ黒い城などをおったてて暮らしている」
『生き方が違うというだけだ』
「くだらん言い訳はもうやめておけ」
「ふむ――」
グルッグズは、記憶の糸をたぐるように宙を睨んだ。
「ワシも、魔女ヴェルダの命を獲るように、というのが組織の最優先事項だと聞いたことがある。だが、彼の者は居場所を転々と変え、居をつきとめられない――。しかし、この黒い城の存在は、かねてから噂になっておった。ヴェルダに繋がる者が、ここに居を構えておるらしいという」
『たまたま、このジュラギの好みが目立つ黒い城だった、それだけだ』
「もう、やめでくだざい。ジュラギざま」
見かねたゾンバイスが口をはさんだ。
「おでがあなだにつき従ったのは、師匠を心から思う、あなだの気持ちに賛同じたからです。だからごそ、おでの恩人であるヴェルダざまから離れ、あなたざまに付き従った」
『ゾンバイス、貴様――』
「私もそうです。マスターは、いつでもおお師匠さまの身を案じていた。おお師匠様と共に居を転々としていたときから語っていました。『俺は、ヴェルダ師をこの状況から救いたい』と――」
『ラーラ、貴様までもが』
「お姉さん、どうして……」
メルンは瞳は、洞窟のように暗い。
唐突に突き付けられた真実が納得できないようだ。
「どうして私には、本当のことを教えてくれなかったの」
「ごめんなさい。メルン。あなたは正直すぎて、おお師匠様にすべてを語ってしまうかもしれない。それにあなただけはせめて、おお師匠様の許に残っていてほしかったの。裏切り者になるのは、私たちで十分だから――」
「姉さん……裏切り者じゃなかった。私の勘違い……」
呆然とした表情で、メルンはつぶやいている。
「まったく、話にならないな」
要するに、俺をゾンバイスと闘わせたのも、ジュラギ自身が闘ったのも、そういうことなのだろう。俺との戦闘データが欲しかっただけなのだ。
魔女狩り撃退のために造られた、いわばエサであるこの黒い城。
ジュラギは、このエサに向かって襲い掛かってくる連中を仕留めるためには、各々が持っている力ではまだ不足と考えていた。
そこでノコノコと師の使いと称して現れた、この俺。
ジュラギは俺の身のこなしから、そこそこ使いそうな男だと判断したのだろう。よい戦闘データが取れると考えたのだ。
そこでまず、俺にゾンバイスとぶつけた。
それで造り出したのが、いま、この男の装着している不格好な装甲というわけだ。おそらくは、俺との戦闘後は、さらなる改良を加えるつもりなのだろう。
なんのために――?
すべては、ひっそりと魔女狩りに怯えて暮らす、ヴェルダのために。
「おまえら全員、不器用すぎるだろう」
俺はぼりぼりと頭を掻いて、つぶやいた。
『剣は鞘に』その4をお届けします。
次話は、翌月曜日を予定しています。




