表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/145

その1

「魔女狩りだと――?」


 その言葉に俺はひっかかった。

 無学な俺でも、その言葉の持つ意味は識っている。西洋の歴史の後期ぐらいに起こった社会現象――というか集団ヒステリーのひとつだと、俺は記憶している。その混乱のさなか、『魔女』とされた連中が裁判にかけられ、無残に処刑されたりしたことだったはずだ。

 

 俺はそこに、矛盾を感じていた。

 この異世界では、魔法を使える存在はとても希少であり、教会と国家で奪い合うほどの状況であると、俺は聞かされていた。

 こいつは、それを狩ろうというのだ。


「この世界も、一枚岩ではないのですよ」


 俺の釈然としない面持ちを見かねてか、横からゾンバイスが助言してきた。

 

「魔法の偉大なる力を認め、手の内に置いておきたい国家などの勢力の他に、それを邪悪なるものだと忌避し、狩ろうとする異端なる存在もまた、いるんです」 


「――特に、貴様のような邪悪な獣の落とし子は、深刻だな。念入りに、清めねばなるまい」


 グルッグズのいう「清める」という意味がどのようなものか、考えたくもなかったが、ゾンバイスは考えてしまったようだ。その顔色が明確に蒼くなった。


「黙れ、邪悪なのはお前たちのほうだ」


 ゾンバイスの表情が見る間に変わっていく。変化は緩やかではなく、劇的だった。ただの人間の怒りの形相から、頬に剛毛が発生し、それが顔全体――いや、身体全体を覆っていく。

 めきめきと気味の悪い音が、謁見の間に響く。音とともに全身の骨格が変貌し、尻尾が生え、佇立した狼へと姿を変えていく。

 やがて完全なる狼へと変貌したとき、彼は天へ向かって吠えた。抑えきれない怒りの感情が、噴火したような印象だった。

 俺は、初めてこの男の変形を目の当たりにしたが、なかなかグロテスクな光景だった。これを見た人間が、邪悪なる存在だと決めつけても、仕方ないことかもしれない。


『ゾンバイス、片づけろ。骨も残さずな――』


 ジュラギが命ずるまでもない。

 すでにゾンバイスは一陣の風になっている。

 両脚ではなく、四肢を駆使して獲物のグルッグズへと肉薄する。だが、寸前でその身は立ち止まった。そうせざるを得なかった。


 また、グルッグズと名乗る男が、闇に溶けたのだ。

 ゾンバイスは狼である。人間などよりはるかに嗅覚、聴力に優れている。その彼が、見失うのである。グルッグズは本当に人間なのか。狩る側の人間が、魔法を行使しているのではないか。

 そう考えてしまうほど、やつの隠れ方は完璧だった。

 

『ゾンバイス、上だ――』


 冷静に、ジュラギが指摘した。

 その瞬間、俺の瞳にも、やつの姿がはっきりと見えた。まるで手品の種明かしのように、男の姿が空中に生じている。

 全身黒づくめの男――グルッグズが、両脚を天に向けたさかさまの態勢で、ゾンバイスの頭部を蹴り砕こうとしている。 

 言葉に反応したゾンバイスは、すかさず後方へと飛び跳ねようとした。だがわずかに及ばず、男の爪先が、ゾンバイスの突き出た鼻先を削った。

 

 悲痛なうめき声をもらして、ゾンバイスは距離をとる。

 

「惜しかったな。避けなければ、楽に天へと召されるハズだったのに」


 グルッグズは音もなく地に降り立つと、にたりと不気味な笑みを浮かべた。その邪悪な笑みは、『太陽と真珠亭』の親父さんを思い浮かべずにはいられなかった。


「それにしても、解せんな」


『なにが、だ――?』


「このワシの隠形を見抜くとは、人間業ではない。その眼鏡に、仕込みでもあるのだろう。例えば――」


 俺は反射的に、ジュラギのやつを見た。

 言われれば、俺の方からは死角の位置に、片眼鏡が降りている。グリーンのモニターと言った方が、より正確だろうか。


『例えば――なんだ?』


「その片眼鏡で、ワシの体温でも視ておるのではないか――とな」


 ジュラギのやつは、薄く笑って答えない。

 ということは、そういうことなのだろう。

 科学にはまるで疎い俺だが、そいつのことは、昔の映画で見た記憶がある。物体の表面温度を検出するという、サーモグラフィーというやつか。ジュラギの野郎は、このヘルメットを魔法学の結晶というが、俺の眼には、科学技術の結晶のようにしか見えない。


「ならば、飼い主の貴様から先に片づけた方がよさそうだ。飼い犬は、しょせん飼い犬だからな」


 男は疾走の姿勢をとったとおもいきや、再び姿を消した。こうなると、当然ながらゾンバイスもグルッグズの位置を捕捉できない。

 グルッグズの位置を把握しているのは、ジュラギだけということになる。そのジュラギは、脚のホバーのようなものを駆使して、部屋を縦横無尽に駆け回っている。

 

 いや、違うと俺は思った。

 発想が逆なんだ。

 駆けまわっているわけではない。追いかけられているのだ。グルッグズに追いかけまわされているから、そうせざるを得なくなっているのだ。

 しかし、俺の脚では、ジュラギを捕まえることはできなかった。やつとの打ち合いに発展したのは、あくまで奴が俺の技を盗もうとしたからだ。

 

 見えないが、グルッグズのやつはたくみにジュラギの位置を捕捉し、攻撃を加えているようだ。直線での逃走ならば、追いつくことは難しいだろう。だが、謁見の間がどんなに広かろうが、所詮は部屋だ。壁がある。壁にぶつかる前に、ジュラギは左右どちらかに方向を変えざるを得ない。

 その方向転換のために速度を落とした瞬間を狙われている。

 

 グルッグズには、卓越した先読みの能力があるらしい。

 それで、ジュラギの逃げる方向に先回りし、攻撃を仕掛けているのだ。俺の時とは違い、ジュラギは一方的にグルッグズの攻撃を受けているようだ。

 

『ぬううっ、この――』


 ジュラギはついに暴走しはじめた。

 四方八方に、例の砲撃を連射し始めた。

 完全にブチキレちまったようだ。四方の壁から黒曜石の破片が散り、粉塵が舞った。そいつはラーラの数ミリ横にも着弾し、破片が彼女の美しい頬をかすめた。

 それでも表情を変えないように努めるラーラは、いっそ見事といえたが、残念ながら顔は青ざめている。

 

 あっとジュラギが声を上げる間もなかった。

 奴のヘルメットが宙に舞った。

 いや、グルッグズが蹴り上げたのだ。

 これでもうジュラギのやつは、グルッグズの隠形を見破ることができない。

――こいつで、勝負あったも同然だった。


 ジュラギの顎先が天を向いたと見えた、瞬間だった。奴の身体は、ぐるりと前転するように旋回した。床へと叩きつけられたのだ。


『うぐおっ』


 どんなにいい装備でも、地へ叩きつけられたショックを、完全に消すことはできない。ジュラギは苦悶し、くぐもった悲鳴を漏らした。

 粉塵を貫くように、俺は駆けた。

 そして、宙を蹴った。

 狙いは、確かだったようだ。


「どういうつもりだ、若いの――」


 すうっと、グルッグズの姿が現れた。俺の飛び蹴りは、やつの頭部スレスレでガードされていた。だが、やはりだ。やつは倒れたジュラギの喉首を掻き切ろうと、刃物を振り下ろすところだった。

 そうなると、位置取りはおよそわかる。

 そこへ、蹴りを放ったのだ。


「こやつとお前は、敵同士ではないのか――?」


「そうだ。だから、闘いの邪魔をする奴は、退場してもらう」


「ほう、まぐれ当たりで、調子に乗るか、若いの――」


「若いのと言われるのは嬉しいが、そう若くもなくてな」


「邪魔立てするなら、順番が先になるぞ」


「いや、順番通りさ」


「――――?」


「年寄りから、先に逝くものだろう」


 グルッグズは、邪悪な笑みをさらに深いものにした。

 相好を崩して、手を拍いている。


「おもしろい、まったくおもしろい」


「おもしろいだろう。みんなに披露してもいいんだぜ」


「誰に披露せよと言うのだ」


「あの世にいる皆さんにさ――」


 グルッグズは、ゆるりと立ち上がった。

 その貌からは、笑みは消えている。


「生き急ぐか、若いの――」


「老人虐待は、好きじゃないんだがな。旧いの――」


 双眸と双眸が、見えない火花を散らしていた。


『剣は鞘に』その1をお届けします。

次話は金曜日を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ