表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/145

その5

だいぶ遅くなってしまいました。『強さを求めて』その5です。

次話は、金曜日を予定しています。

 ハーフソードの構えというのは、主に甲冑戦闘に用いられる構えだ。

 右手で剣の柄を握り、左手は剣身の中ほどを握る。

 日本刀であれば、左手が斬れてなくなってしまうであろう危険な構えだ。だが、西洋剣というものは日本刀と違い、ブレード部分の面積はそれほど広くない。

 接近戦用の構えであり、正直、この闘いには向いていない。

 

 だが俺は、敢えてこの構えを取った。

 ゾンバイスの野郎は、俺の意を図りかねただろう。

 だが、いつまでも見つめ合っているわけにはいかない。

 やつは一呼吸で姿を消した。


――気が付いた時には、俺のすぐ近くへと肉薄している。

 

 俺は、特に変わった動きをしたわけではない。  

 ただ剣を水平に、そのまま首のあたりまで持ち上げただけだ。

 奴はさぞかし面食らっただろう。

 なぜなら、奴の目的は俺の頸動脈を切り裂くこと。

 あるいは牙で食いちぎることだっただろうからだ。

 

 そこに、置石のように、水平に剣を置いておく。

 奴は剣に向かって突進してくる羽目になったわけだ。

 硬質の音が黒曜石の間に響きわたった。やつは俺とすれ違うように、背中側の右斜め後方へと着地している。


「なるほどな。――おもじろい」


 牙の隙間から、しゅうしゅうと蒸気に似た息を吐きながら、ゾンバイスが振り返った。


「こじゃれた真似を、ずるじゃねえか」


「単細胞の考えることは、丸わかりだからな――」


 俺のほうも、悠然と奴に向き直った。

 向きを変えて、ふたたび、俺たちは対峙している。 


「わがっているだろ。づぎは、もうねえっでごとを」


「さて、どうかな?」


 傍から見りゃ、俺たちは、再び最初の睨み合いの状態に戻ったかのようにみえることだろう。だが、実際はそうじゃない。

 奴は、俺の限界を把握したつもりでいるだろう。

 すでにもう、今と同じ戦術は使えない。

 一度見せちまったからだ。ワン公がしゃれた口を叩くのも、自分の絶対的優位を理解しているからだ。


 おれが今やった技は、カウンターだ。

 それも、技の起こりを視認して行ったカウンターではない。来ると分かっている列車の線路上に、置石をしたに過ぎない。でなければ、俺の衰えた動体視力で、あんな高速の攻撃を防ぐことはできなかっただろう。

 ただの、綱渡りだ。

 この急ごしらえの策を見て、奴は余裕のセリフを吐いたのだ。


「お前の限界ばは、わがった。ぞんなじゃ、づぎで終わりだ」


「やってみることだな」


「あぐまで、ごうざん、ずる気はねえっでこどだな――?」


「降参? お前の降参なら、聞いてやってもいいぞ」


「ハッダリは、よぜ。ぼがーど。お前はじぬぞ」


「死ぬのはお前だよ。ワン公」


 奴は苦い虫を噛み潰したような顔をした。ほとんど狼の面構えのくせに、意外と表情の豊かなやつだ。その豊かな表情が、次には、鋭いものに豹変している。

 両眼に刃をまとったかのような、鋭さだった。

 奴は俺の言葉で、最後の逡巡を食いちぎったようだった。


「じゃあ、づぎで、じまいだ――」


 やつの言葉が終わらぬうちだった。

 俺はハーフソードの構えを解き、次の構えと移行している。

 やつには、俺の構えは理解できなかっただろう。

 俺は剣のなかほどを握っていた左手を離し、剣と盾を、ずいと前に押し出すような構えを取っている。この世界のどこにも存在しない構えだろうと、俺は思う。

 

 こいつは俗にいう、前羽の構えだ。

 ただし、両手には剣と盾が握られている。

 空手では、絶対防御といわれる構えだが、剣と盾を握っていることにより、その優位性は消失している。この構えの最大の特徴は、両のてのひらを、相手に向けて開いていることだ。

 この両手で、あらゆる相手の攻撃を防ぐのが前羽の構えの利点なのだ。

 そいつを、俺は自ら剣と盾を握ることにより、かなぐり捨てている。


 いってみれば、ただのこけおどしの構えだな。

 おれは自虐的に、そう考えている。

 だが、それだけではない。

 奴が次に突進してきたとき――

 そのときが、この勝負の決着が着くときだ。


 ゾンバイスは、立ったり四つん這いになったり――かと思えば、右へ、左へと俊敏なサイドステップで身軽に動き回っている。

 俺はその動きを、眼で追うことをやめていた。

 幻惑的なその動きのすべてを、今の俺が視界に収めることは困難を極めるからだ。

 それよりも、意識をやつの次の攻撃に向ける。

 

 俺の意識のすべては、それだけに在った。


 奴はまったく、不意に姿を消した。

 なんの前触れもなかった。

 盛んに行っていた、フェイントをやめたわけではない。幻惑的な左右のサイドステップを繰り返すうち、唐突に、その姿が消えたのだ。


「うぐうっ――!!」


 俺の口から、苦痛の吐息が漏れていた。

 奴は、食いついていた。

 前方に向け、すうっと延ばされた剣。

 それを握った俺の右腕を、やつは刃物のようなその牙で喰いついていた。ばっと鮮血が宙を舞い、黒曜石の床をまだら色の朱に染めた。

 

 剣が、派手な音を立てて床に転がった。

 俺の手首から肘のあたりまでは、革のガントレットで覆われている。だが、そんなことはこいつの牙には関係がないようだった。その鋭く磨き抜かれたナイフのような牙は、厚手の革装甲を容易く貫通し、俺の肉をいている。


 俺の意識は、一瞬、飛びかけた。


 どこからか、甲高い女性の悲鳴が聞こえた気がした。

――メルンだろうか。

 誰だろうが、どうでもいい。

 そいつはもう、俺にとってはどうでもよかった。

 俺とゾンバイスは、まるで抱き合うような格好で、黒い床にごろりと転がった。

 たまたまそうなったわけじゃない。


 やつの牙を腕に食い込ませたまま、俺が、両足で奴の後ろ脚を刈るようにして、転倒させたのだ。自然と奴が俺の上になり、俺はやつの下敷きになっている。

 だが、この密着した状態は、俺にとって都合がいい。

 俺には多少なりと、MMAの技術があるからだ。

 

 ゾンバイスは、俺から身を離すことができない。

 俺がやつの胴に、両足を巻き付けているからだ。

 ただの膂力や敏捷性という部分なら、俺とこいつの力の差は歴然だ。それこそ、大人と子供ほど離れていただろう。

――力任せに引きちぎれば、簡単だ。

 やつがそう考えても無理はない。

 だが、技術というやつは、こういう場でこそモノをいう。


 やつが俺から身体をもぎはなそうと、意識をわずかに逸らせた瞬間――俺と奴の立場は入れ替わっていた。俺がその瞬間に、スイープしてみせたのだ。

 

「こんなに簡単に、俺の素人柔術にひっかかってくれたのは、お前ぐらいだよ、ワン公」


 俺は苦痛をかみ殺して、そう挑発してやった。

 俺がやつの上に乗り、奴は俺に組み伏せられる格好になっている。

 完全なマウント・ポジションだった。

 ゾンバイスは、この状態から逃れようと、俺の腕から口を離した。だが、そうはさせるか。俺は逆に、喰いつかれていた腕を、奥へ――さらに、やつの口の奥へとねじりこんでやった。

 

「どうだ、ワン公。うまいか? もっと喰え――」


 腕は、変な方向を向いている。

 倒れた衝撃で、折れたのだろう。

 苦痛で、俺の方が先に失神しそうだった。

 だが、この腕の代償は払ってもらおうじゃねえか。

  

「ぐぎゃあああがあ――ッ」


 くぐもった悲鳴が上がった。

 むろん、俺の悲鳴じゃない。

 ゾンバイスが苦痛のあまり、ふたたび牙を離した。

 俺が、残った左手の貫手で、やつの眼球をえぐってやったのだ。目突きは流れることが多い技だが、俺の腕を食わせて固定してやっているのだ。

 こうなれば、外す方が難しい。


「どうだ、ワン公、舐めるな、人間を舐めるな――」


 俺はさらに、ちぎれかけた腕を、やつの口の中にねじりこむ。血液がさらに床に滴る。俺の貌は、どんな表情を浮かべていただろうか。

 何故なら、唯一残ったゾンバイスの片目には、はっきりとした恐怖の色が刻みこまれていたからだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] わんちゃん、悪い奴じゃなさそうだけに、 ちょっとかわいそうw とは言え、命のやり取りなら手加減できないよね。 なお、覚悟決まってるからと言って、腕一本犠牲に出来る奴は、相当壊れてる模様
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ