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その10

 俺の質問は、きわめて素朴だった。


「メルンのお師匠さん、とやら。あんたには予知能力があるのか」


『ヴェルダでけっこうだよ。なにしろ、あんたの質問は漠然としているからね。そうだね、なんでも識っているともいえるし、何も識っていないともいえるねえ』


「ヴェルダ、悪いが、俺はお前さんの謎かけに付き合っている暇はないんだ。おれの問いは簡単だ。つまり、あんたの使う魔法は、なんでも未来を予知することができるのか?」


『謎かけというほどのこともないさ。魔法といっても、万能じゃないよ。例えばあんたの世界でもあるだろう? ツバメが低く飛んだり、カエルが鳴いたりしたら、雨が降るといったことが』


「ああ、ガキのころ聞いたことがある」


『そういうのは馬鹿にできないのさ。ツバメが低く飛ぶのは、大気中に湿気が多分に含まれているからさ。湿気が多いと、ツバメが餌にしているハエやハチなどの昆虫は高く飛べない』


「ああ」


『だからそれを狙うツバメは、自然と低空飛行になるのさ。カエルも似たようなものでね。アマガエルは皮膚が薄く、雨が降る前の低気圧による変化を察知して鳴くのさ』


「ヴェルダ、要はなにを言いたいのだ」


『魔法も似たようなものだということさ』


「その、気象学と魔法がどうつながるんだ」


『魔法にも色々な材料が必要でね。簡単なものじゃないよ。時間もかかるし、占ったところでもう、手の施しようのない事態だってある。それであんたが言う予知というものを行う。しかし、その知識がないものがそれを見ても、ただの自然現象としか見えないだろうね』


「その、自然現象の中から、未来を予見するのがあんたの予知というわけか」


『まあ雑な説明だがね、その方が理解しやすいだろ、カミカクシ』


「カミカクシはやめてくれ。ボガドでいい」


『わかったよ。ボガードの世界のカガクと、魔法はまるで別物に見えて、どこかで繋がっていると考えていいかもしれないね。だからこそ、線引きってやつが必要なんだけどね』


 そこでヴェルダは、深いため息をつきつつ、


『その線引きを危うくする存在が、カミカクシなのさ――』


 俺は小首をかしげた。俺という存在が、世界を危うくする?

 悪いが俺の力は、蒼月ひとりにもかなわない矮小なものだ。

 そう俺が考えていると、ヴェルダは優しく笑みを浮かべ、


『ボガード、あんたには罪がない。でも、カミカクシの中にはいるだろう? そちらの世界で発展した技術を持ち込もうとする輩が――?』


 俺の頭のなかに、一緒にカミカクシに巻き込まれた学生連中のはしゃぎっぷりが浮かんだ。やつらは色々な雑学を頭に詰め込んでいたようだし、むしろこういう展開になるのを待ち受けていた節があった。


「――それは、確かにいたな。確信犯的に」


『文明を発展させるのはいいことかもしれない。だけど、文明というものは、理性とともに発展するべきだと考えるのが私の持論でね』


「何が言いたい――?」


『この世界に銃という概念を与えたのは、厄介だったということさ』


 俺のなかに、ある種の衝撃が走った。


「なんだと――? この世界には銃があるのか?」


『他の二国と比較すると、ゼーヴァ帝国には、圧倒的にカミカクシが多く現れる。そのことは、あんたも識っているね?』


「ああ」


『ゼーヴァ帝国に落ちたカミカクシのなかには、銃の知識がある人間もいたようだね。だから今、拮抗していた戦力のバランスが、大きく崩れようとしているのさ』


「待ってくれ、この世界には銃なんかよりはるかに強力な、魔法使いという存在がいるじゃないか。それで戦力のバランスが崩れるということがありえるのか?」


『魔法使いという存在が極めて希少だという話は、ボガードも耳にしたことがあるはずだよ。魔力を持って生れ落ちる人間は、ごくわずかだ。その希少な魔法使いに対し、銃は誰にでも簡単に使うことができる』


「――――」


『槍だって剣だって、熟練の域に達するには長い年月が必要だ。ボガード、あんたの使うカラテだって、相当な練習量が必要なのだろう』


「それは当然だろう」


『銃の怖ろしいところは、その練習がさほど必要ないということだね。そこらの平民でも、ちょっと撃ち方を教えたら、たちまち脅威になっちまう』


「ちなみに問うが、今までの戦闘で、銃を主体に戦闘が行われた事例はあるのか?」


『さいわい、といっていいかわからないけど、まだないね』


「つまり、実戦投入はこれからということか」


『そうだね。でも帝国も一枚岩ではない。その銃による戦闘を真っ向から否定する派閥もある。全員が諸手をあげて賛成というわけじゃないのさ』


 その銃にまつわる論争は、帝国を二分するほどの事態となっているらしい。特に騎士階級にはかなり不評だと聞く。戦闘の専門職が、ただの平民にとってかわられてはたまらない。彼らの反発は当然といえるだろう。

 文明が発展するにも、簡単ではないということだ。それぞれの派閥にそれぞれ大物がつき、互いに持論を展開して一歩も譲らないという。


『ちなみに、反対派の急先鋒は誰だか知識ってるかい?』


「俺には、帝国に知人はいない」


『おや、おかしいね。一人いるはずだけどね』


「なんだと、まさか――?」


『――ソウゲツ・カンダ。彼が反対派の急先鋒さ』


 意外な名前が挙がったことに、俺は驚いた。それと同時に、あの男の執拗な勧誘もどこか納得できるような気もした。


(――僕と共に、帝国へ行きませんか――?)


 あいつは、空手の天才だ。こればかりは疑いようがない。

 だが致命的に感覚派なあいつは、人にものを教えられない。

 待て。

 だからこそ、俺が必要だったのか――?

 徒手空拳の必要性を説くには、大勢の門下生がいた方が説得力が増す。少なくとも蒼月はそう考えたはずだ。すると俺は間違っていたのか。ささいな感情のこだわりで、奴の差し伸べてきた手を払ったのは、よくなかったのではないか。

 そんな疑問が、俺の中で鎌首をもたげた。奴の手を取り、ゼーヴァ帝国へ行くことが、平和の近道だったのではないか。

 俺がそんな考えに没頭していたときである。


『――くよくよ過去を考えても仕方ないよ、ボガード。刻は戻らない。割れたグラスの破片をつなぎ合わせても無意味なことさ』


「しかし俺は、つまらない意地ですべてを台無しにしたのかもしれん……」


『なあに。帝国のことは、帝国のやつに任せるしかないさ。あんたはあんたで、それよりも大切なことがあるんじゃないかい?』


「大切なこと? 何かあったか――」


 腕組みして考えても、心当たりがない。

 俺の胸中にはいろいろな雑念が渦巻いている。例えば今聞いた、蒼月の勧誘を頑なに断り続けた後悔だとか、久しぶりにメイのメシが食いたいだとか、蒼月に叩きのめされた屈辱だとか――


『それだよ、最後の――』


「最後の――とは?」


『ボガード。あんた、今より強くなれるといったら――どうする?』


『運命の岐路』その10をお届けします。

次話は翌火曜日を予定しています。

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