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その2

 騒音が、疾っているようなものだと、俺は思った。

 俺は街道を西へと移動する、馬車に揺られている。

 見慣れない風景だった。揺れる馬車の内部から得られる情報はなく、自然と視線は、四角い窓の外の景色へと固定されてしまう。 

 すでに街道には紅い陰が落ちている。この調子では、どこかで野営する必要があるだろう。

 

――どこへ連れて行かれるのか。

 地名を言われたが、俺が往ったこともない、知らない土地だ。

 フランデル王国の最西端には、コンバッシという町があるそうだ。

 そこまで行くとしたら、片道一週間の旅になるという。

 冗談じゃねえと、俺は一度、その話を断った。


 そんなに長い期間、傭兵の仕事ができないのはさすがに困る。

 収入を得られないのに、優雅に馬車旅を楽しむ馬鹿はいまい。

 

「――まあまあ、早合点はこまりますね」


 そういって、フォルトワは俺をなだめた。

 そう。俺が選んだのは、フォルトワのほうだ。


「むろん、コンバッシまで行くつもりはございません。ただ、道としては同じ西街道というだけで。はい。街道の途中に、メルテクスという古城がございます。この城、かつてこの地に 盤踞(ばんきょ)していた地方豪族の居城でして――」


 フォルトワは、このフランデル王国の建国伝説を語りはじめた。

 この地方の統一を図り、着々と勢力を拡大していた始祖フランデル王プロメロス一世は、こうした地方豪族を武力で屈服させていった。

 このメルテクス城を治めていた豪族の抵抗は激しく、また士気も高く、戦闘は長期化したそうだ。

 だが最終的には、兵力が多いものが勝つ。

 メルテクス城に籠城した地方豪族は、周囲を王国軍にとりかこまれた。援軍のあてがない籠城など、いつまでも続けられるものではない。

 結果として、メルテクス城の豪族は、弱りはてたところを襲撃され、壊滅した。

 城はそのときの戦闘で荒廃し、敢えて修復して住もうというもの好きもおらず、長い間放棄されていた場所だという。


「――そんな廃城なんかで、そいつが俺を待つ理由はなんだ?」


「まあ、ボガードさんには関係のない話かもしれませんが、実はその方は、かなりの有名人でございまして――あまり人の目が多い場所で会いたくないという要望があったのです」


「――で、そいつの名前は言えないというわけだな」


「私には、その権限を与えられていませんので――」


「ふむ、正体は明かせない。しかし会ってほしいか。――かなり要求が一方的すぎる気がするな」


「しかし、気になっていらっしゃるご様子ですな」


 それは間違いなく、そうだ。俺はこの話に興味を抱いている。

 なにしろ、なにもかもがうさんくさい話である。

 正体は明かせないが、俺に逢いたがっている謎の有名人。

 まず、その理由がまるでわからないという点で興味がある。


 俺は、ほかの連中のように、カミカクシとしての価値はない。

 一切の知識の備えをしておかなかったのが、その原因だ。

 ほかのカミカクシの連中は、いつ異世界に落ちてもいいように、いろいろな雑学を頭に叩きこんでいたらしい。特にマヨネーズやリンスの作り方などは必須だという。

 よくわからないが、そういうことらしい。

 

 一方、俺の唯一の武器といっていいのは、健康なこの肉体のみだ。

 肉体労働と空手で鍛えあげたこの身体が、俺の唯一の財産といっていい。そんな俺が、この異世界でなにができるのか。

 せいぜいが、下っ端の労働者か、傭兵ぐらいしかない。

 とても俺は、誰かお偉いさんの役に立てる器ではないのだ。


 だから、お偉いさんが俺に逢いたがっていると聞いたとき、興味がわいたのだ。つまるところ俺は、俺の利用価値を識りたいだけなのかもしれない。

 

 あと、もうひとつは、メルンの師匠ヴェルダの物言いにも、反撥心を抱いたというところもある。俺はもとより素直な性格ではない、どちらかといえば屈折しているほうだ。

 

 俺が運命の岐路に立っていると、ヴェルダはいった。

 そういう言い方をされれば、俺はビビらざるを得ない。

 誰だって、危険は避けたいという潜在的な本能がある。

 すると、心理的にどうしても、彼女の助言を訊きたいという方向へと、気持ちが傾いてしまう。要するに、そういうことだ。俺はヴェルダの、精神的に俺をコントロールしようとする手法が、気にくわなかっただけなのだ。

 

 俺がそういうと、めずらしくメルンは血相を変えた。

 そしてこの旅についていくといいだした。

 むろん、フォルトワの出した答えはノーだ。人目につきたくないという、この謎の人物の要求する条件とも合致しない。無理からぬことだ。

 

「危険だよ、身の危険だ」


 そうも言ってきた。

 思えば、この女はドーラ村でも幾度か、俺の窮地を救ってくれた。ときにはその強力な魔法で。ときには 短剣(ダガー)で。

 その師匠とやらに、俺を護るようにと命じられていたのかもしれない。      

 ますますもって、気にくわない。

 こちとら命を張って銭を頂戴する身分だ。ガキの使いじゃねえんだ。誰かに護ってもらう必要などこれっぽっちもない。

 仲間だと思っていたが、もしあいつが保護者きどりなら、幻滅だ。


「ボガードさん、そろそろ日が暮れます。野営の準備をしましょう」


 いつのまにか。あたりにはすっかり夜の (とばり)が降りている。

 いつもの青白い月が、今日は顔を出していない。

 雲が多いせいだろう。これでは強行軍は危険だ。

 

 旅は、俺とフォルトワ。そして御者と、ひとりの従者がついてきた。

 御者は、ちょっと試してみたが、使えるやつではない。

 その気配がない。馬の操縦だけが取り柄の男らしかった。

 従者のほうは、まだ年若い少年である。きびきびと働く、いい子だ。 


 問題は、このドワーフ族の男だ。

――フォルトワ・リバロ。

 考えてみれば、俺はこの男の正体をまるで識らない。以前、いろいろと身の上話をしてくれたが、どこまで真実だかわかりはしない。

 それにしても、元々はただの商人だったという設定には、無理があると思う。なぜなら、この男に軽く殺気をあてると、すっと自然に間合いが離れる。

 そして、たしなめるような目で、俺を見る。

 まあ傭兵になるぐらいなのだ、戦闘経験はあって当然だろうが、勘のよさが尋常ではない。闘えば、どうなるだろうか。

 俺にはそのつもりはないが、あっちにはそのつもりがあるのかもしれない。メルンの『危険だ』という言葉が、ふと脳裏をよぎった。

 

 まあ、なるようにしかならねえな。

 やばくなったら、そのときだ。腰の剣は、帰ってから一度、武器屋の親父のところに磨きに出している。斬れ味には問題がないはずだ。

 俺はゴムのような味のする干し肉を齧りながら、月の存在しない漆黒の空をながめた。月もなければ星もない、退屈な空だ。


「雨が降らないといいですね」


 そんな暢気なことを、俺の隣に腰をおろした従者の少年がいった。

 なぜだかわからないが、俺はふっと笑った。


「なにかぼく、変なこと言いました?」


「気にするな。俺も、それだけは願い下げだと思っていたのさ」


 そう応えてやった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 男だらけの、色気のない旅だった。

 それでも主街道を走っていたときは、まだよかった。

 メルテクス城への道は、旧街道といい、主街道から分岐している。そちらへ移ってからが、また最悪だった。あまり手入れの行き届いていない街道は、あちこちから雑草が顔を出し、舗装状態もまた悪かった。おかげですっかりケツに対する痛みに耐性がついたぐらいだ。

 アコラの町を出て、きっちり三日後。

 俺たちは、目的地のメルテクス城に到着した。


「ここが、そうか……」


 俺は嘆息とともに、そうつぶやいていた。つぶやかざるを得なかった。

 それは下草の生い茂る、不気味な廃墟といった風情であった。

 城の尖塔は折れ、内部は光も刺さず、ぽっかり口を開いた暗黒の室内は、まるで頭蓋骨の眼窩を思わせる。ここに王国に滅ぼされた豪族たちの怨霊がさまよっているといっても、俺は信じただろう。


 いつまでも眺めているわけにもいかず、俺たちは足を踏み出した。激しい戦闘をものがたる城壁は、ほとんどが虫食い状に崩壊しており、どこからでも入れと言わんばかりだ。


「こちらです――」


 と、先頭に立ったフォルトワの手には、いつの間にかカンテラが輝いている。

 彼は勝手知ったるとばかりに、すいすいと門のない城門を抜け、開く必要のない扉を抜けて城内へと入った。

 俺たちは、ひたすら光刺す方角へと歩くほかはない。


 カンテラの灯りは室内の漆黒をほんの一か所だけ照らすだけで、俺たちが通った後は、ふたたび闇が退路を閉ざしていく。従者の少年がかなり怯えていたので、俺は安心させるように、


「おちつけ。敵は俺たちが引き受ける」


 と声をかけた。少しは安心したのか、震えが収まってきたようだ。

 俺たちはやがて、城の一番広い部分へと到達した。

 ここはいわゆる謁見の間というやつなのだろう。ここの中央部だけに陽の光が差し、ちょっとしたスポットライトのようになっていた。

 そこに、影が差している。誰かが立っているのだ。

 俺の視界には、その男の背の蒼いマントしか見えない。

――だが、不吉な予感があった。

 俺は、怯えていた。あの闇に怯えていた少年よりも。

 さっきから、動悸がとまらなかった。


「氷の将軍様――。お連れしました。ボガードさんです」


 その声で、男が振り返った。俺は思わず、悲鳴をあげそうになっていた。

 俺は、この男を識っている――

 面影がある。10年の歳月が流れても、忘れようがない顔だった。


「おまえ、神田蒼月かんだそうげつか――?」


 その青年は、荘厳なまでに美しい笑顔をたたえて、俺を見た。


「憶えていてくれたんですね、センパイ――」


 忘れようがない。忘れることなどできはしない。

 空手界に彗星のごとく現れた、神の子――。

 その名、神田蒼月(かんだそうげつ)


 俺を何度も地に這わせ、心をこなごなに打ち砕いた、張本人である。


遅くなりましたが、『運命の岐路』その2をお届けします。

次話は来週の火曜を予定しています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マジかこいつは予想外、面白くなってまいりました
[一言] 主人公おわったーーーーーーーーー!!!!
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