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その1

「おもてになるんですね、ボガードさんは」


 皮肉げに、テーブルの向かいに座った少女はいった。

 栗色の髪の、まだあどけなさの残るかわいい顔が、ふくれっ面になっている。彼女がこの状況に、不満をもっているのは明白だった。


「いいや、俺はもてるようなタイプじゃない」


「――でも、現実は違うみたいですね」


 彼女の口調は、やけにとげとげしい。

 あの馬車でおれが見た楚々とした姿とは、まるで違う女性がそこに存在していた。

 俺の目の前にいるのは、セシリア・リーヴス嬢だ。

 アコラの町の領主の娘、メアリー・マルローヌの代役として、ある作戦にかかわった少女だ。俺はそのとき、彼女を護衛する傭兵のひとりだった。セシリアは、俺がカミカクシということを識っていて、いろいろと日本での出来事を尋ねてきたものだ。


「それだけではないでしょう。私の気持ちを識っているくせに」


 この日のセシリアは、もうあのときの、お姫様が着るようなドレス姿ではなかった。そのあたりの町娘が着るような、緑のカートルに身を包み、茶色の革ベルトでまとめている。

 ウェストがやけに細い。スタイルの良さが際立っている。 


「そうだな。しかし俺は――」


「年齢がどうとか、断りの理由にはなりませんから」


 釘をさすように、ぴしゃりと告げてきた。

 以前の依頼でのことだ。セシリアは、俺のどこが気に入ったのか、恋人にならないかと言ってきた。その依頼で、俺と彼女は、戦いの坩堝の真っただ中に叩き込まれた。そのときの、極度の緊張感で、恋と錯覚しているのだと思う。

 吊り橋効果というやつだ。


 そのあたりのことを指摘すると、彼女はむきになって反論してくる。

 それにセシリアは17歳で、俺は37だ。

 これだけトシが離れていて、うまくいくとは思えない。


「恋愛を想像のみで否定することほど、ダメなことはありません。実際につきあってみないと、わからないのが恋愛です」


「まるで、恋の達人のようなことを言う」


「ボガードさんが曖昧だから、悪いのです」


「――そうだそうだ。曖昧なやつが悪い」


「お前はとっとと帰れ」


 俺はとなりの席で、まぜっかえすようなことをいう魔女を、じろりと横目で睨みつけた。こいつは俺と同じランク7の傭兵、メルンだ。

 この世界では希少な、フランデル王国に所属していない中級魔法使いであり、俺とは以前、パーティーを組んだ仲だ。

 その魔女と、セシリアが、俺を訪ねてきたのだ。

 示し合わせたわけではない。俺がドーラ村での依頼をこなし、この常宿である『太陽と真珠亭』に戻ったのが、2日前のことだ。


 それから俺は、しばらくこの宿で骨休めをしていた。そこでまず、やってきたのがメルンだ。こいつが何やら、話があるというので、部屋ではなく、階下の酒場で会うことにした。

 そこで話を聞こうとした矢先――今度はセシリアがやってきたというわけである。この異世界に神様という存在がいるとすれば、そいつは明白に俺に悪意があるんだろう。そんなタイミングだった。


 セシリアは、誤解をした。

 俺とメルンがつきあっているのではないか、という疑惑をもったのだ。

 まったくもって、とんでもない勘違いだ。俺にだって、人を選ぶ権利というものはある。自ら人を訪ねておきながら、猫のように何もない空間へ視線をさまよわせているような女は願い下げだ。

 それにさっきから、メイの機嫌がやたら悪い。

 

 頼んでもいないのに、「水です!」と、杯をテーブルに叩きつけていった。テーブルは濡れ、俺の革鎧にも、ハネはかかった。もちろんこの世界の水は貴重だから、無料(タダ)ではない。

 いつもはこんな乱暴なことはしない。

 ちゃんと笑顔で、注文を取りにくるのだ。

 殺伐とした雰囲気に、俺は部屋を出たのを後悔しはじめていた。


「メルン、そろそろ本題に入れ。お前の用件はなんだ」


 するとメルンは、さっと掌をひるがえし、セシリアのほうを示してから、


「レディー・ファースト」


 といった。じゃあ、お前はなんなんだ。

 

「では、セシリア。今日は何の用で来たんだ?」


 問われた彼女はぐっと一瞬、言葉に詰まったが、


「す、好きな人に会いに来るのは、悪いことですか?」


 きっぱりといった。

 すると向こうのほうで、何かをひっくり返したような激しい物音がした。親父さんが珍しく大声で怒鳴っている。どうやら、メイがなにかしでかしたようだ。

 まったく、今日はとんでもない日だ。

 

「メルン、次はお前の番だ。――真面目に話せよ。好きだから会いにきたとかは、ナシだ」


 あろうことか、メルンは軽く舌打ちをした。おい。


「わかった、ちゃんと話す」

 

 メルンは俺のほうをはっきりと見て、


「師匠に会ってほしい――」と告げた。


「その、お前の師匠とは、どんな人物なんだ?」


「知る人ぞ知る、大魔法使い。ヴェルダこそがわが師。豊潤な魔力をその身に有するも、その身、いずこにも属せず。あたかも風のごとし――」


 急に歌うように、メルンは語りだした。

 いつもより饒舌だ。


「ヴェルダは束縛を嫌い、ゆえに王国にも、帝国にも属さない。しかし、気まぐれに助言を発する。それは傾聴に値する。ただその助言、あたかも(リドル)のごとし――」


「つまり、なぞなぞのような助言をする魔女という認識でいいのか?」


「雑すぎだけど、ボガードは、それでいい」


 何か引っかかるものいいだが、まあ真実に近いらしいので、これでよしとしよう。問題は、俺が本当にその魔女と会う必要があるのかどうか、ということだ。

 相手が、何を思って俺を呼んでいるのか。

 俺は柄にもなく、慎重に考えていた。いつもならもっと、ざっくりと会いにいっただろう。だが俺は、この世界に落とされてから、様々な出来事に遭遇してきた。

 

 俺がもっと慎重に行動していたなら、うまくやれたこともあるのではないか。助かった命もあったのではないか。

――そんなことを、くよくよ考えるようになった。

 それも、俺の部屋の片隅に置かれている、ものいわぬラルガイツの槍のせいだ。

 あいつの槍は、ゴルゾー流を識らぬ俺には宝の持ち腐れだ。

 もっとこいつを使いこなせるような槍使いに譲るのが、一番いいような気もする。いっそのこと、武器屋の親父に売りつけて、そこそこ腕の立つ傭兵に買ってもらったほうがいいのではないか。

 そう考えたりもしたが、彼は俺に、この槍を託したのだ。

 

 それを売っぱらってしまうのは、何か違う気がした。

 部屋にいると、そんなことばかり考えてしまうので、気晴らしにどこかへ出かけようかと思っていた折に、このふたりがやってきたのだ。

 そして来客は、このふたりに留まらなかった。


「こんにちは、ボガードさん」


 馴染みのある笑顔の亜人が、俺たちの丸テーブルへと近づいてきた。その黒いふさふさの髭には、見覚えがある。ドワーフ族の傭兵、フォルトワ・リバロだ。

 この男とも、ドーラ村のクエストで同じパーティーになったのだ。まさかこんなに早く再会するとは思ってもいなかった。


「――なんだか、今日は千客万来だな」

 

 彼が手を差し出してきたので、俺は席から立ちあがり、その手を握り返した。


「いや、両手に花ですな、ボガードさん。邪魔したようで申し訳ない」


「いいさ。それより、俺に何か用があるのか?」


「はい。――実はあなたに会わせたい方がいるのです」


「あんたもか」


「あんたも――とは?」


「いや、実はこのメルンも、俺に会わせたい人がいると――」


「そうですか、それは奇遇ですな」


「フォルトワが俺に会わせたい人物とは、誰なんだ?」


「私がボガードさんと引き合わせたい人物は、なにしろ高貴なお方でしてね。そして謎の多い方でもあります。今の私の、雇い主です」


「ほう」


「興味を惹かれたようですね。では、会っていただけますか?」


「駄目だよ。こっちが先約」


 メルンが席から立ち上がり、俺の視界を遮るように、フォルトワの目前に立った。いつもぼんやりしているメルンが、なんだかフォルトワには、敵意を抱いているような気さえする。

 

「メルン、俺はどっちと会うとも、まだ決めていない」


「なら、今、決めて――」


「性急だな。なぜだ」


「なぜなら、これは岐路だから」


「岐路とは、どういうことだ――?」


「お師匠様が言っていた。彼はきょう、岐路に立つと」


「例の、なぞなぞか」


「今日、この瞬間。あなたの選択で、この先の運命が大きく変わるという意味のことを、おっしゃった」


「それがこの、どっちに先に会うか、という選択か」


 俺は束の間、瞳を閉じ、顎に手を当てて考えに耽った。

 この先の運命が大きく変わると言われては、そうせざるを得ない。

 見えなくとも、フォルトワとメルン――ふたりの視線が、俺に集中しているのが感じられる。自分では、それほど優柔不断なタイプではないと自負していたが、自信がなくなってきた。


「――よし、決めた」


 どれほどの時間が経過したか。俺は目を見開いた。

 

 俺が選択した相手は――

第六章に突入です。

これからが、この話の本題といってもいいかもです。

次話は金曜日を予定しています。

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