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その5

 俺は奴らと別れてすぐ、武器屋を探すことにした。

 まずは装備を整えなければ、まともに身を護ることもままならねえ。

 周囲をきょろきょろと見回しながら歩く俺の姿は、さぞかし滑稽に映っただろう。くすくすとどこからともなく笑い声が聞こえる。

 俺はどこ吹く風で、街の住人の格好を見かえした。

 武装していない連中の方が大半だが、冒険者とおぼしき連中は、しっかりと鉄製の鎧や鎖かたびらで身をよろい、剣と盾を装備していた。なかには槍や、大斧を背負っている奴もいる。

 中世風の格好だが、ああいう化け物が跳梁跋扈している世界なら、あの重装備も頷けるというものだ。俺もひとりで生きていくと決めたのだから、そこは模倣から入るべきだろう。

 

 俺は彼らに話しかけ、武器屋の場所を聞き出した。

 彼らは意外にきさくだった。


「見慣れない格好だが、アンタ、冒険者志望かい?」


「まあ、そういうところだ」


「武器屋ならこの通りをまっすぐ北へ向かい、最初の十字路を西に曲がれば、やがて看板が見えるぜ」


「わかった」


「今から冒険者か。随分とうが立ってるようだが、まあしっかりやんな」


「ああ、ありがとうよ」


 礼を言い、彼らの教えてくれた方向へと足を向ける。

 ざっと時計の針が20分くらい動いた頃、俺は目的地にたどりついた。

 会話は可能だが、さすがにここの文字は読めない。それでも目的地だと理解できたのは、看板に、剣と盾のマークが描かれていたからだ。

 慎重に扉を開くと、内部は思ったより広い。

 壁のいたるところに、剣や盾が掛けられている。甲冑の類はそれぞれパーツ別に細分化され、兜は兜、胸甲は胸甲のコーナーに分けられて配置されている。

 

 壁に掛けられている剣は、よく価値のわからねえ現代人の俺の眼からみても、かなりの業物のように見える。おいそれと手を出せる代物ではなさそうだ。

 俺はその近くの箱に、乱雑に入れられている数本の剣のひとつを手に取った。

 一山いくらの、数打ちのなまくらのようだ。

 数回斬れば、あっという間にダメになってしまうだろう。それくらい、掛けられている剣との差は明白にあった。

 

「一本、銀貨5枚だよ」


 奥から、愛想もへったくれもない声が飛んできた。

 スキンヘッドの男が、カウンターの向こうで腕を組んでいる。まちがいなく、この店のあるじだろう。

 俺にはその額が高いのか安いのか、見当すらつかない。

 だがこの剣だ。おそらくかなり安い方なのだろう。

 俺はちょっとの間、思案した。手持ちの金は限られている。


「……買うよ」


「ほう、そんな数打ちでいいのか?」


「手持ちが心もとなくてな。背に腹はかえられない」


「駆け出しか。しかしお前さん、いくつだ? 今から冒険者というのは、ちょっと危険じゃないのか」


「残念ながら、俺にはそんなに選択肢はないんだ」


 俺がこんな異世界で食っていくには、手段が限られている。

 特殊な能力はない。スキルとかいうのも持っていない。

 ただの、どこにでもいるおっさんだ。

 そいつがまるで何の知己コネもなく、見知らぬ土地でゼロから仕事を探すというんだ。正直言って、まるっきり馬鹿げた話だ。


 ひょっとするとこの町には、ハローワークのような、職業を斡旋する機関があるかもしれない。あくまで仮定の話だが。

 そこでどこかの商会を斡旋してもらって、一から丁稚奉公するという手もあるだろう。だが、俺はここの文字の読み書きができないんだ。そんな奴はどうなっちまうか。

 まあ、相場は決まってる。下働きの肉体労働しか、採るべき手段がない。

 そうすれば、元の世界より不便なこの世界だ。

 地獄のような下層の生活が待っているだろうぜ。

 どうせこの肉体を活かすなら冒険者だ。そう何となく考えたのだ。


「お前さんは見ない顔だね。田舎からやってきたばかりか?」


「……まあ、そんなところだ」


「ならまず、傭兵ギルドに所属しなきゃならねえな」


「傭兵ギルド?」


「やれやれ、そんなことも知らずにノコノコやって来たのか」


 店の親父は呆れた顔つきだったが、親切にいろいろと教えてくれた。

 まず、俗に冒険者と呼ばれる連中は、すべて一般的には傭兵と呼称されるということ。で、冒険者になりたかったら、傭兵ギルドに所属する必要があるということ。

 ギルドに所属もせずに、勝手に仕事を請け負えば、縄張り荒らしも同然。そうなると最悪、ギルドから討伐対象とされることもあるということだ。

 登録料と年会費も取られるが、これは借金にもできるという。仕事を請け負うことで返済していくというわけだ。


「まあ、最初の仕事でしくじっちまえば、おしまいだがな」


 と、親父は豪快に笑ったが、俺は笑えなかった。

 最初の仕事か。あの森、あの首のない死体。

 あんな化け物と対峙する瞬間が、再び訪れるのだろうか。

 俺は身震いを悟られぬよう、わざと大声で親父に話しかけた。


「さあ、次は防具を見せてもらえるか!!」


「まだ耳は遠くないんだ。そんな大声を出さんでも、聞こえているよ」


 ちょっと親父は辟易とした顔をした。 

 それでもくわしく店の商品の説明をしてくれたのは、やはりありがたかった。素人の俺にはどれを選んだらいいか、さっぱりだったからだ。


「まあ最初は剣と革鎧、ヘルメットに、木製の盾だな。いくら予算がないといっても、これが最低限の装備だよ」


「全部でいくらになる?」


「すべて合わせて金貨2枚といったところだな」


 思ったより手痛い出費だが、やむをえない。しょぼい装備で外の世界に向かえばどうなるか、俺は既に知っている。ここをケチるわけにはいかなかった。


「最初は簡単な依頼から始めることだ。命が惜しかったらな」


「言われるまでもないさ」


「ふん、どうやら、もうすでに痛い目に遭ってきたって顔だな」


「……まあ、そんなところだ」


「それで命があったのなら、逆に運がよかったといっていいだろうな。中にはろくな装備も整えず、無謀な依頼を受けて、モンスターにやられておっ死んじまう駆け出しもいるからな」


 そいつは見たよ。最前列で見学したさ。

 その言葉を、俺は発することなく呑みこんだ。


「ああ、まだ死ぬつもりはない。せいぜい気をつけるさ」


「田舎者だが、そういうところはわきまえているようだな。勇気と無謀は違う。せいぜい頑張って、また店に来てくれよ。今度はもっと良い装備を買いにな」


「そいつが本音かい?」


「当たり前だ。なんのメリットもなく、ベタベタとお節介を焼いてくるような奴は、逆に疑った方がいい」


「違いねえな」


 俺と店の親父は、人の悪い笑みをかわしあった。

 親父から傭兵ギルドの場所を聞き出すと、俺は礼をいって店を立ち去った。


「簡単にくたばんなよ、オールドルーキー」


 親父が俺の背中に声をかけてきた。俺は背中ごしに手を振った。

 また来ることになるかもな。


――命があれば、の話だが。


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