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その4

 俺たちは門を通ることを許された。

 いや、それどころじゃねえ。

 衛兵たちの扱いが、急に丁重なものに変わったんだ。

 こちらへどうぞ。いえ、手続きは結構です。ってなもんだ。

 衛兵たちに案内されるがまま、俺たちは奇妙な建物の内部に足を踏み入れた。

 通されたのは、正方形の部屋だった。四角い椅子が並び、窓も四角い。

 すべてが角ばった部屋に、ひとりの男がつっ立っていた。


「ようこそカミカクシ。私はミトズン。この町の執務官だ」


 全身が細い、棒のような男だった。しゃべるたびに妙に口ひげが動く。

 彼は召使いにお茶を用意するように命じ、俺たちに椅子をすすめた。

 だが、呑気にお茶している場合じゃねえ。


「俺たちが神隠しって、どういうことなんだ?」


 まず俺が、一同を代表する形で問いかけた。


「君たちの国ではそういうのだろう? 異世界へと消滅した人間のことを」


「かなり昔風の表現だがな。とすると、ここには俺たちみたいなのは過去にも来たってわけか。衛兵たちは過去に例がないと言っていたが」


「ああ、彼らは知らないだけだ。過去に例はある。あるのだが、まあ知らないのも無理はない」


「どういうことだ?」


「アコラの町にカミカクシが現れた記録は、古びた書類にしか残っていない。それも、この町が興って間もない時期なのだ。私も実際、お目にかかるのは初めてだよ」


「ちなみにこの町は誕生してどれくらいだ?」


「お蔭様で、今年で生誕二百年を迎えた。そんな年にカミカクシに会えて、私も興奮しているよ」


「カミカクシとは、お前たちにとって何なんだ?」


「新たな技術を提供してくれる、救世主のような存在だよ。この町にも君たちの先輩のカミカクシが教えてくれた技術が、あちこちで息づいている」


 俺の背後にいる少年少女たちの顔が、ぱあっと明るくなった。

 ようするに、そういうことだ。

 俺たちの文明は、この世界の文化よりはるかに進んでいる。

 その知識を分けるだけで、文明はより発展するというわけだ。

 彼らは俺たちの頭のなかにある、最先端の知識を期待しているのだ。


「そういうことだよ、この町のご領主も君たちに会うことを待ち望んでいる。異世界での話も、娯楽の少ないこの世界の愉しみのひとつだからね」


 なるほど、そういうことか。

 俺はひとり頷いて、入ってきた扉へと足を向けた。


「それならば、俺はお役ごめんだな」

 

「待ちたまえ君、どこへ行こうというのだね」


 驚いた執務官が、俺の行く手をさえぎった。


「待ってボガド、どこへ行くの?」


 驚いた顔は背後にも並んでいた。俺は説明するのも面倒だったが、さらに面倒ごとになるのは御免なので、いちいち説明してやることにした。


「俺は、無学だ。この世界に役立てる知識を何一つ提供できない。だから去ろうってんだ」


 御木本かすみは、某有名大学を卒業したインテリ組で、どうやら5大商社のひとつ、四菱商事の総合職とやらをやっていたらしい。この世界に提供できるような知識をごまんと抱えているだろう。

 学生たちも、ここまで勉強した知識だけでも相当だろう。

 かなり識字率が低そうなこの世界なら、教師でも何でもやれるはずだ。

 俺は、学校で習った学問は、トイレの紙切れみたいに綺麗さっぱり脳内から洗い流しちまった。そんなもん、俺の生きる世界では、クソの役にも立たなかったからだ。

 

 卒業証書よりトイレットペーパーの方が、まだしも役に立つ。

 俺は、ありとあらゆる職業を転々としてきた。引越し、看板もち、チラシ配り、土木作業、どれも長続きはしなかったし、ゼニ以外に得るものなどなかった。

 社会に出て俺が得たのは、大型免許証ぐらいのものだ。こいつを得てから俺は、ようやく定職にありついた。

 俺の頭の中には、あらゆる高速道路、裏道、山道、近道。日本全国の配送業務における配送ルートが詰まっている。どの道を通ればどこへ出るのか。どのあたりから渋滞が多いか。それを避ける最適なルートはどこか。そういう知識ばかりが脳内を占めている。

 日本でしか、役に立たない知識だ。

 この異世界では、クソの役にも立ちはしない。

 

「――というわけだ。了解してくれたか?」


「それはわかった。しかし、今ここを出て、何の当てがあるんだね。この世界の通貨は持っていないだろう。ましてや知る辺もない異世界で、どう生きていこうというんだね」


「俺にもそこんとこは、よくわからねえ」


 俺は苦いものを噛みしめるように言った。本当に何もなかった。

 ただ、こいつらと俺とは違う。決定的にそう思ったのだ。

 そんな俺の態度を見て、ミトズンという男は考え深げにつぶやく。


「フム、君はプライドが高い人間なんだね。誰からもお恵みを頂きたくない、という不遜さが、どこかに見え隠れしているんだね。しかし――」


「しかし、なんだ?」


「ふしぎと君の態度に、不愉快さを感じないんだね。生まれ持った徳というのかな。君が望まなくとも、おせっかいを焼きたくなるんだよ」


 そういってミトズンは、俺に皮袋を手渡した。

 中を覗くと、金貨が五枚も入っている。

 俺はつき返そうと口を開きかけたが、彼は機先を制し、


「タダでやるとは言っていない」と告げた。


「それは貸しだよ。自分の力でカネを稼いで、ここへ返しに来てくれたまえ。なに、利子まではとらないからね」


「助かるな。大見得を切ったものの、本当はこまっていたのさ」


 俺は悪びれず、素直な気持ちで言った。

 こいつは大きな借りだ。

 そう思いながら扉へと向かった俺の目の前に立ちふさがった人物がいる。


「――逃げるの?」


 その言葉に、俺は面食らった。

 俺はおそらく、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていただろう。

 

「逃げるだと? 何からだ」


「くだらない学歴コンプレックスから逃避するのをやめなさい」


 俺はことさら大きな溜息をついた。


「なんだ、お前もそうか」


「お前もって?」


「馬鹿げたレッテル貼りをして、人を見下す連中だよ。お前の目は、奴らと同じさ。要は減点主義でしか他人を見ることが出来ねえんだ」


「そんなことはないわ」


「あるんだよ。使えるか使えねえか。人を最初から見下している。お前は特権階級の意識を振りかざし、俺を値踏みしていたんだろう。で、使えねえと分かるや、高所から罵声を浴びせる。もう充分だ」


「あなたこそ、そのねじまがった自意識の高さを何とかしたらどうなの?」


「これ以上、お前と議論していても何も得るものはない。お前は俺を、まともな人間としてみていない。対等でない相手と、どうして分かり合うことができる?」 


「そうね、これ以上会話していても、お互い不幸になるだけだわ」


 彼女は俺の真正面から移動した。やれやれだ。


「ようやく理解してもらえたようで何よりだ。加点だな」


「いいからとっとと消えて!」


 御木本かすみは、扉を指差してどなった。

 先に道を塞いだのはおまえだ、という言葉が咽喉もとまで出かかったが、かろうじて自重した。女と口論しても得るものは何もない。これくらいは経験上、把握している。

 

「それじゃあな、無事を祈っているぜ」


 俺は惜別の言葉をおくると、扉を閉めた。

 自然と口許がゆるむ。

 どうやら前途の不安よりも、安堵感の方がまさったようだ。

 俺は他人の責任など負えやしねえ。

 いや、誰だってそうじゃねえのか。

 結局は、自分ひとりの責任しか負えやしねえんだ。 

 

「憎まれたとしても、お別れしちまった方がいいのさ……」


 俺は自分自身を納得させるようにつぶやいた。

 そうすれば道をまちがえても、自分ひとりだけ不幸になるだけでいい。


お待たせいたしました。ようやく4話目をお届けします。

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