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その9

「みんな、ちょっといいか――?」


 俺は席を立って、一同の視線を集めた。


「メルンから、大事な話があるそうだ」


「――なんだ、そりゃ?」


「直接、本人から聞いてくれ」


 俺たちは、村の宿の向かいに立っている食堂の丸テーブルで、顔を突き合わせている。

 アコラの町の宿屋は、そのほとんどが2階建て以上の建築物だ。基本的に1階が食堂兼酒場になっているのだが、ドーラ村の事情はまた異なるようだ。宿屋はあくまで宿泊施設としての機能しかないらしい。

 そして向かいにあったこの食堂は、時間には厳格だった。

 俺たちが外でまぬけ面をぶら下げて待っていても、一向に店を開く様子はなかった。きっかり一刻後――開店時間ジャストに店は開いた。

 こんな馬糞臭い田舎の村なのだ。もっと時間にルーズな印象を抱いていたが、意外にお堅いものだな。そんなことをぼんやり考えながら、メシの到着を待っていると、4人の目が険しい。

 その原因は何か、はっきりしている。

 メルンのやつが、一向に話し出そうとしないからだ。

 まったく、これじゃ誘導した俺がマヌケみたいじゃないか。

 

 メルンは、鳶色(とびいろ)の光をはなつ瞳を宙にさ迷わせていたかと思えば、ときおり部屋の片隅をじっと見つめている。まるで猫だ。

 たまに視線が合った瞬間、俺が眼で話すよう促しても、まるで意味はなかった。また彼女の眼は、なにかを追っている。霊的な何かを視ているのかもしれない。

 一体どういうつもりなのか、よくわからない。

 ひょっとしたら俺に話したことで、説明責任は果たしたと思っているのかもしれない。ともあれ4人はそろそろ我慢の限界のようだ。

 俺は溜息をついて、昨日メルンが語った内容を皆に伝えた。


 その内容を把握した瞬間の、一同の表情は見ものだった。

 ラルガイツなんて、反射的に席から立ち上がったほどだ。


「――そいつは本当なのか、メルン!?」


「うん」


 ようやく、メルンが言葉を返した。

 ラルガイツは動揺を隠そうともせず、さらに問う。


「いつから、呪文は唱えることができるようになるんだ?」


「あした。寝たら、回復する」


「今日は、何も唱えられないのか?」


「無理をすれば『怒りの火球』(ファイヤー・ボール)くらいは」


「それでも、ないよりはマシだが……」


「ただし、それを使ったら明日も完全回復は無理」


 全員が急に黙りこんだ。気まずい空気が、卓上を覆っていた。

 顎に手をあて、なにやら考えこんでいたアリウスが、


「――ならば、無理をさせることはできんな」


 と、結論づけた。

 どうでもいいが、相変わらずリーダー然とした態度だ。俺はもう慣れてしまったが、ラルガイツは気に食わない様子だ。

 唇を尖らせて、こう反論した。


「しかし、敵が今日も襲撃してきて、パーティーが危機的状況に陥ったらどうする? 死の寸前まで明日の武器を温存するトンマはいないだろう」


「――その場合は、頼るしかないだろうな」


「おいおい、無理をさせるのか、させないのか、どっちなんだ?」


「あくまで臨機応変に対応する。それだけだ」


 ふたりの目線が、険悪な色彩を帯びてからみあった。

 一触即発の空気ってやつだ。


「……それよりも、最悪の事態に備えて、話し合いをしておかなければならない連中がいるな」


 ふたりの気配がみるみる険悪なものになるのを見かねて、俺は口を挟んだ。


「誰のことだ?」


 アリウスもラルガイツも、怪訝な顔でふりかえった。


「この村の自警団だ。メルンの魔法が当てにならんとしたら、最悪の事態も想定しておかなければならないだろ。連中のバックアップが必要だ」


 

・・・・・・・・・・・・・・・・・



 俺たちは食事を終えると、自警団の連中と話し合いの場をもった。

 自警団は10人からなる、村の若者で構成された組織だ。剣や槍を持っている者もいるが、野盗さながらに、農具を武器にしている若者もいる。

 今日は魔法が使えないという話をすると、どうやら彼らにも事態の深刻さが伝わったようだ。

 戦力として見るには頼りないが、最悪の場合、頼らざるを得まい。


「――そういうわけなので、君たちには、援護を頼みたい」


「援護といいますと?」


 若者のひとりが、おずおずと尋ねてきた。


「もし、我々が非業の死に倒れた場合、この村を護るものは何一つない。漆黒狼(ムアサドー)は容易く村に侵入してくるだろう。その前に助けに入ってくれればいい」


 最悪の事態を想定しておくのは、傭兵にとって大切なことだ。

 だが、自警団はしょせん村の若者にすぎず、覚悟を固めていない人間が多いのだろう。どいつもこいつも、青ざめた顔を並べている。俺にとっては、既視感(デジャ・ヴ)漂う顔つきだ。

 傭兵になる前の俺の顔。こいつらは、あの人喰虎(ティンバーワット)と出会ったばかりの俺だ。


 こいつらは、まず役に立ちそうにない。

 俺がそう結論づけたときだった。


「き、き、来たあ――ッッ!!」


 門番が、カン高い叫び声をあげた。

 やれやれ。最悪の事態ってのは、確実に起こるもんだ。洗濯ものを干すときは、かならず雨が降るものだし、食パンはバターのついた面が床に落ちるもんだ。

 皮肉めいたいつかの法則が、俺の脳裏をよぎる。

 

「――今日は、ずいぶん早いご到着じゃねえか」


 ラルガイツは不敵な笑みを浮かべていた。どういうわけか、人間、追いこまれると逆に笑みが浮いてくるものらしい。

 アシュターは弓の張り具合を点検し、アリウスは靴紐を結びなおしている。俺も軽いストレッチをして、身体を軽く慣らしておく。

 各自がそれぞれの方法で緊張をほぐすと、武器を携え、門へと向かう。

 

「――そうだ、ちょっと待ってくれ」


 不意に、先頭を歩いていたアリウスが、俺たちの方へと向きなおった。

 

「メルンだけは、ここへ残ってくれ」


「なんで?」


「今の君は魔法が使えない。つまるところ戦力にならない。戦力にならない以上、一緒にくるべきではないと思う」


 メルンはまた、棒切れのように無言で佇立している。

 その表情からは、相変わらずなにも読み取ることができない。

 やがて彼女は、簡潔に一声だけ言葉を返した。

 

「いや」


「いや、じゃない。足手まといになるから、来ないでくれといっているのだ」


「それは大丈夫」


 そう断言すると、彼女はぎゅっと俺の腕を取り、こう言った。


「この人が、私を護ってくれる」


「――はあ!?」


 俺は我ながら、素っ頓狂(とんきょう)な声をあげてしまった。

 

「ちょっと待て、冗談じゃねえぞ」 


「うん。冗談じゃねえ」


「俺は、自分の身を護るだけで手一杯なんだ。とてもお前の身まで護る余裕はない」


「まあまあ。私とあなたの仲じゃない」


「おい、紛らわしい表現を用いるな。なんの仲にもなってねえ」


 だが、俺の否定は虚しいものだったようだ。

 俺たちふたりを除いた全員の視線が、こちらへ注がれているのがわかる。


「おまえら、いつの間にそんな関係に――?」


「違う、なんの関係もない」


「ひどい。私はあなたのベッドで寝たのに」


「さっきから、紛らわしい言い方をするなというんだ。寝たといってもほんの一瞬、落ちただけだろうが」


「あなたにとってほんの一瞬でも、私にとってはとても大切な――」


「もういい、もういい!!」


 俺は我慢ならずに叫んでいた。どう弁解しようと、どんどん泥沼へと引きずり込まれるだけのような気がする。まったく、こんなウナギのような、掴みどころのない女もめずらしい。


 「――それで、どうするんだ、ボガード?」


 鋭い眼差しで、アリウスが尋ねてくる。

 やや詰問調なのは、この際仕方がないかもしれない。やれやれだ。もしかすると、俺という人間には、誰かを護衛しなければならなくなる呪いでもかけられているんじゃないだろうか。

 こうなれば、覚悟を決めるしかないな。

 なりゆきに流されるだけなのかもしれないが、俺は決断した。


「仕方ない。この女は俺が護衛する」


「……ふん。どうなっても知らないぞ」


 アリウスは吐息を漏らすと、くるりと背を向けた。

 緊急事態だ。いつまでも楽しくおしゃべりしている訳にはいかない。

 俺たちは村の門をくぐった。まばゆい朝陽が、下生えの(しずく)に反射し、きらきらと緑に輝いている。そいつを蹂躙するように、さながら黒い砲弾と化して突進してくるものがある。

 5匹の漆黒狼(ムアサドー)だ。 

 

「よし、迎撃するぞ――」


 俺たちは、一斉に武器を構えた。

『新たなる任務』その9をお届けします。

次話は、金曜か土曜となる予定です。

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― 新着の感想 ―
読み始めだが主人公が以外と余裕があってすこ〜し違和感。
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