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その4

「――なあ、ちょっといいか?」


「はい。確かボガードさん、でしたね。何か御用ですか?」


 馬車に揺られている間、俺はちょっとした情報収集をすることにした。

 しゃべる事は苦手な俺だが、傭兵として生きていく上で、情報が不足している現状は何かと困る。それはシャアハから注意されていたことでもあった。


「俺は、亜人についてよく識らん。あんたたち種族について、くわしく教えてくれないか?」


 識らぬことは、識っている相手から教えてもらうに限る。

 俺が話相手に選んだのは、ドワーフ族のフォルトワだ。

 エルフの男のほうは、明らかに気難しそうだ。簡単に話してくれるとは思えない。饒舌そうなこの男ならば、いろいろと話してくれると思ったのだ。


「そうですな、まあ時間もあることです。旅のつれづれにお話ししましょう」


 フォルトワは気さくな笑顔で応じてくれた。

 ひとまず俺はほっとした。商人あがりの傭兵ということで、いちいち情報料などを要求してくるのではないか、と危惧していたのだ。


「まず我々ドワーフ族は、このウィツィガンド大陸のものではありません。北東のほうに浮かぶ離島、ヴォルカンからやってきました。ドワーフ族のほとんどは、そこの出身者です」


「ほう、そんな島から遠路はるばる渡ってきて、商人になったのか。ドワーフとは、商才に長けた民族なのか?」


「いえ、私はどちらかというと変り種のほうでして。本来ドワーフは戦闘的な民族です。またすぐれた冶金技術も有しております。ヴォルカンはこの大陸でも識られているほど有名な鉱山地帯でして、ドワーフ族はまだ幼いうちから、そこで徹底して金属などの加工技術を習得させられます」


「ふむ。にも関わらず、なぜ商人に――?」


「まあ、お仕着せのルートを歩むのが嫌だったのでしょうな」


 どことなく他人事のような口調で、フォルトワは言った。


「もとより天邪鬼(あまのじゃく)で冒険心が旺盛だった私は、鉄の臭気がこびりついた故郷に見切りをつけて、この大陸に渡ってきました。一人前の商人になるために」


「しかし、現在は傭兵となっているが、何か深い事情でも?」


「まあ、知る辺もない土地で、ひとりの亜人が商人として立つには、あまりにも条件が不利すぎた、というところでしょうな。この大陸では、亜人に対する偏見が根強い。私の前に立ちはだかる壁は、あまりにも高すぎました。そこでまあ、職業を鞍替えすることになったのですな」


「商人への夢は、あきらめたのか?」


 フォルトワは、髭面の顔をにやりとゆるめ、


「私どもの寿命は、人間より長い。――まだ旅の途中という処でしょうな」


 その眼の奥に光る不敵なかがやきを見て、俺は思った。

 この男は、微塵も夢をあきらめてはいない。おそらく傭兵業は、当座の資金を稼ぐ手段でしかないのだろう。

 ドワーフ族のことは、おおまかにわかった。

 エルフ族のことも識っておきたい。俺は思い切って、アシュターにも同様の質問をぶつけてみた。フォルトワとの会話がスムーズに展開したので、彼も流れに乗って口を滑らせてくれるのでは、という期待があったのだ。

 だが、結果は事前の予想通りだった。彼は無言で顔をそむけ、俺の問いに答えようとはしてくれなかった。なかなかに、偏屈な男らしい。

 気の毒に思ったのか、俺の質問に答えてくれたのは、またしてもフォルトワだった。


「エルフ族もまた、独自の王国をもっております。これまた大陸から離れた、はるか西方の地――クリス=フォラインとよばれる森林地帯です。彼らは基本的に排他的で、他種族との交流はさかんではありません。エルフ族はその多くが緑を愛する一族で、我々ドワーフとは基本的に対極の存在でありますな」


「対極とは?」


「仲が良くないということだ。無知な人間よ」


 ここではじめて、アシュターが口をはさんだ。

 

「なぜ、仲が良くないのだ?」


 率直に訊いてみたが、またもだんまりだ。これに応えてくれたのは、やはりフォルトワだった。


「相性的なもの、としか言い表しようがありませんな。我々ドワーフ族の崇拝する神ドワーギンと、エルフの神エルシャーフが敵対的関係であったという神話も関係があるのやもしれませんが……」


 どことなく、フォルトワの物言いも歯切れが悪い。

 はっきりと説明できるようなことではないのかもしれない。

 亜人と人間との関係がよくないのなら、せめて亜人同士、手を取り合っていけばいいんじゃねえか。そのほうが合理的だと俺は思うのだが、これも所詮、異世界からやってきたヨソモノの意見に過ぎないのかもしれない。

 考えてみたら、俺たちの世界だって大差はない。

 人間同士が、国家という枠組みに縛られ、ギスギスと対立している状況だったはずだ。こういう問題というのは、一朝一夕に解決という具合には、いかねえものなんだろう。


「だいたいのことは、わかった。ありがとう」


 俺は礼を言って、話を切り上げることにした。おおまかだが、必要な情報は得ることができた。

――だが、面倒な問題が横たわっていることも理解した。

 フォルトワとアシュターは、個人を越えた種族間の問題で、仲が悪い。

 ひょっとすると、連携に支障をきたすかもしれない。やれやれと、俺は思わず嘆息した。そして傭兵団に所属する意味も、いまさらながら理解したような気がした。


『白い狼』のみでこの仕事を請けるなら、こんな心配は不要だったはずだ。

 この先、俺たちは怪物との戦いを控えているのだ。フリーの連中が大半を占めるこの面子で、うまくチームが機能するのだろうか。

 馬車は揺れる。俺たちと、漠然とした不安を乗せて――



・・・・・・・・・・・・・・・・ 



 俺たちがドーラ村に到着したのは、アコラ村を出立して二日後の正午のことだった。念のために警戒していたのだが、主街道には敵の姿はなかった。

 御者の話によると、このあたりは『流星』が壊滅してからは平和なものだという。すると、ドーラ村に出没する怪物は、あくまで村にだけ災いをもたらす存在なのかもしれない。

 俺たちは地図を広げ、村の位置を確認した。

 主街道から枝葉のように分かれた小道のうち、東にカーブした一本を選択する。半刻も歩くと、視界を遮っていた木々も消え、なだらかな平原地帯へと変わる。

 

 ドーラ村は、その平原のど真ん中にぽつんと存在していた。

 俺は一歩、村に接近するたび、殺伐とした空気がいや増すのを感じていた。門の近くに建てられている物見台から、俺たちの接近を伝達しているのだろう。

 村は堀を深くし、先の鋭く尖った柵で周囲を囲んでいた。その姿は、あたかも動物の下顎を連想させる。


「そこで止まれ! お前たちは何者だ?」


 手槍で武装した、村の門番らしき男が質問してきた。


「アコラの町から来た傭兵だ。怪物退治の依頼を受けた」


「おお、あんたらがか。待ちわびたぞ!」


 門番はホッと安堵の吐息を漏らした。かなり緊張をしていたようだ。

 彼が合図をすると、重々しいきしみ音を立てて、村の門扉が開かれた。俺は一瞬、なんて物々しさだと思ったが、怪物の脅威がそれほど深刻なのかもしれない。そう思いなおした。

 好奇の目が、周囲から突き刺さるのを感じつつ、俺たちは村の大通り――といっても、アコラの町の大通りと比較すると小路程度のものだが――を歩いていた。村の中央部に存在する領主館へと向かっているのだ。

 村の領主、ガルシャハ男爵が、俺たちの依頼主だからだ。


「――シケた村だな」


 と、正直な感想を述べたのはラルガイツだ。

 割と野放図な男のようで、村民に聞かれても気にも留めない。

 

「おい、それは依頼主の前では口にするなよ」


 それをたしなめたのは『蒼き獅子』団のアリウス・マクガインだ。彼は、一行の先頭を歩いている。

 どうやら、チームリーダーを気取っているようだ。


「――心配ご無用。それくらいはわきまえてるさ」


 ラルガイツが応えると、アリウスは念を押すように彼を見やり、


「そう願うな。さあ、少しだけお行儀よくしていてくれよ」


 村の中央、小高い丘にそびえたつ灰色の石造りの館が、まるで頑迷な老人のように俺たちを睨んでいた。ここが領主館らしい。アリウスが、アーチ状の入り口のわきに立った騎士に用件を伝えると、彼は奥へと姿を消し、声を張りあげた。誰かを呼んだらしい。

 やがて騎士はふたたび姿を現すと、親指で奥を指し示した。通っていいということなのだろう。

 

「――あるじのもとまで、ご案内いたします」


 執事らしき老人が音もなく出現し、俺たちを奥へといざなった。

 

――さて、ようやく依頼主とのご対面だ。


『新たなる任務』その4をお届けします。

次話は火曜日を予定しています。

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