その3
俺たちは、傭兵ギルド1階の酒場で初顔合わせをした。
円卓を囲んで、最初に言葉を発したのは、凛々しい顔つきの若武者だった。
「これからどれくらいの期間かわからないが、一緒にチームを組むんだ。互いに自己紹介をしたほうがいいと思うんだが、どうだろう?」
若者は、席を立って一同の顔をぐるりと眺め回した。
特に誰からも異論はあがらなかったので、彼は気をよくしたらしく、にっと精悍な顔をゆるめた。
「では、言いだしっぺの俺から、自己紹介をさせてもらう。俺の名はアリウス・マクガイン。傭兵団『蒼き獅子』の一員だ。――よろしく頼む」
軽く一揖したアリウスの金色の頭髪に、射しこんだ光が撥ね、王冠のように輝いた。見た目はなかなか、歴戦の猛者らしく見える男だ。
「私はアシュター。ただのアシュターで結構。フリーランスの傭兵です」
次に立ち上がったおかっぱ頭の痩せぎすの男は、そう簡潔にのべると、すばやく席についた。あんまり馴れ合いは好まないという態度が、鮮明にあらわれている。
それよりも、この男には他の連中にはない、大きな身体的特徴があった。
耳輪の部分が大きく天にむかって伸びている。亜人――エルフというやつだ。
受付嬢ソーニャのお陰で、女性のエルフと接する機会はあったが、男性のエルフとは関わりを持つのははじめてだ。男は女性ほど、容姿に際立ったところはない。
これはこの男が特別なのか、種族全体に共通する特徴なのか、わからない。
その次に席を立ったまるっこい男は、雄弁だった。
「私の名前はフォルトワ・リバロ。歳は当年とって55です。もとは商人をしておりましたが、訳あって現在は傭兵業をしております。ああ、所属している団はありません、フリーランスです。まあ、腕のほうは、口ほど達者とは申せませんが、交渉ごとなら私にお任せあれです」
ほう、と俺は興味深くその男を注視した。
俺よりも、はるかに高齢の男はめずらしい。しかも、もと商人というのはなかなかの変り種だろう。体型的にずんぐりむっくりで、武道をたしなんでいるとは思われない。しかし、あくまでそれは、相手が人間だったら、という前提がつく。
また、この男も亜人だった。ドワーフ族だという。
後に当人が語るところによると、ドワーフ族は身体的特徴として全体的に背が低く、体型はまるいものの、腕力に関しては人間が及ぶところではないという。
またドワーフ、エルフに共通した特徴としては、人間より寿命が長いという部分が挙げられる。ドワーフ族は、最高齢のドワーフが150まで生き、エルフ族の長老は250まで生きたという。
この世界の劣悪な環境で、平均寿命は割り出しようがないが、もしも天寿をまっとうできたら、その生は人間よりはるか長期にわたるという。
となると、フォルトワの55歳という年齢は、まだこの種族にとっては若年に分類される可能性もある。
「次は俺の番だな。俺はラルガイツ。歳は30ジャストだ。最近、所属していた傭兵団を辞めたばかりだから、現在はフリーだ。槍を得手としている。――ま、今後ともよろしくな」
ラルガイツという男は、人間の男だった。身長は俺とさほどの差はないが、すこしばかりこいつのほうが大きそうだ。装備も、重厚な鉄製の鎧をまとっているし、ガタイもいい。前衛として、相手の攻撃を真正面から受ける戦闘スタイルのようだ。
そいつが腰を降ろすのとほぼ同時に、俺は立ちあがった。
流れ的に、次は俺が立ったほうがよさそうだと判断したのだ。
トリに自己紹介というのも、口が回るほうじゃない俺にはプレッシャーがある。俺はさっさと簡潔にすませようと、ぶっきらぼうにこういった。
「俺の名は海道簿賀土。ボガドでいい。歳は37。『白い狼』所属だ」
「なに、あんた『白い狼』の所属なのか――?」
「まあ、そうだ」
俺は迷惑そうな眼で、質問をぶつけた相手――アリウスを見た。
「あそこに所属する傭兵は、凄腕ばかりだと評判だ。団長のダラムルスは、俺の憧れの男でもある。――あんたも相当な腕利きなんだろうな?」
「いや、俺は――」
「謙遜はいいさ。戦場で、その腕を見せてくれ」
やれやれ、自分で話しかけてきておいて、自己完結しやがった。
俺は苦い顔つきで着座することになった。
さっさとすませようとしたのに、面倒なことになった。こちとら、大きな仕事は前回の依頼が最初なんだ。あんまり買いかぶってもらっちゃ困る。
俺が舌打ちしたい気分を抑えかねているところ、最後にすっくと立ったのは女性だった。さらりと揺れる、長い黒髪が印象的な美女だ。
「私はメルン。フリー」
そこで言葉を切って、彼女は腰を降ろそうとした。
それだけかと、一同がずっこける寸前だった。
メルンと名のった女性は、補足するようにこういった。
「あと、私は――魔法使いです」
一同のなかに、軽い衝撃が走った。
他の傭兵たちがざわめく気分は、俺にもわかる。
この異世界へと落ちて、初めて拝む貴重な職業――魔法使い。
凄腕ばかりが集う『白い狼』のなかにも、魔法使いは存在しない。
体内に、魔力を宿して生まれた、ごくわずかなひと握りの生物。神に選ばれし連中だけが魔法使いになれるのだと、俺は受付嬢ソーニャから聞いた。
後天的に身につけることはできない、という。
どれほど努力しても、素質がないと駄目なのだ。
だからこそ、魔法使いという職業は、圧倒的に人員が不足しているという。教会も、慢性的な癒し手不足に悩み、どこかの町で子供が生まれるたび、教会に置いてある魔力判定機で、魔力を計測するように呼びかけている。
魔力持ちの争奪戦は、どこでも変わらない。傭兵稼業も同じようなものだ。どこの団も、魔法使いを仲間に加えようと、血眼になっているそうだ。
そんな人間が、俺の前にいる。しかもフリーという立場で。
俺はこの、異様ともいえるメンバーを、あらためて見回した。亜人ふたりと、魔法使いとのパーティーか。
こいつは、なかなか貴重な体験になりそうだ。
「よし、自己紹介はこれで充分だろう。そろそろ、ドーラ村への馬車が発車する時刻だ。すこし早いが、待合所で待機することにしよう」
「――ほう、定期便が出ているのか?」
「知らないのか?」
意外そうな顔つきで、アリウスが訊いてきた。
傭兵たるもの、このへんの交通事情に疎いのが、不思議なのだろう。カミカクシだのなんだの、詳しい話をするのが面倒だった俺は、「俺はもともとヨソ者だから、このへんのことには詳しくない」と、ごまかすことにした。
アリウスは特に疑問を抱かなかったようで、簡単な説明をしてくれた。
「――いや、ドーラ村への直行便というのは、存在しないんだ。利用者もそんなに多くないからな。ドーラの村をさらに南へと進むと、アコラよりもやや大きな、セイケルスという町がある。その道中で、降ろしてもらえるというわけさ」
「なるほどな――」
四半刻もせずに、馬車は待合所にやってきた。
馬車には、俺たち6人の傭兵のほかに、2人の一般人が乗った。これで定員いっぱいだという。
彼らはいかにも窮屈そうに、図体のでかい俺たちに圧倒されて、長椅子の隅でおとなしくなっている。気の毒だが、こちらもそんなことを気にかけている余裕はない。
――俺は仕事のことで、頭がいっぱいになっていた。
この面子で、村を襲撃する怪物を撃退しなくてはならないのだ。
俺は正直、自分が一番役に立たないのではないか、と危惧している。
怪物という脅威に対し、まっこうから立ち向かった経験がないからだ。
(泣き言を言っても、はじまらねえな)
サイコロは振られたのだ。
自分の数少ない手持ちの武器で、なんとかやるしかない。
今までも、そうやって生きてきたんじゃないか。
『新たなる任務』その3をお届けします。
いろいろあって、一週間もお待たせしてしまいました。
ごめんなさい、次話はもっと早くお届けできると思います。




