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その8

 俺はいま、他の傭兵どもと一緒に、馬車に揺られている。

 セシリアの馬車には誘われたが、ことわった。

 どんな顔をしていいか、わからなかったからだ。

 

 それに、俺の胸中は鉛を詰めこんだように重かった。とても、誰かと会話をしたい気分ではなかったのだ。

 その原因は、はっきりしている。

 今回の任務の顛末と、ヘルメヒトの最後。

 それが俺の脳裏をずっと占拠していた。

 シャアハあたりに言わせると、話は簡単だ。


「傭兵なのだから、いつかのたれ死ぬのは、運命(さだめ)だ――」


 あの後、そう割り切って言ったものだ。

 俺は、そう簡単に割り切れなかった。

 ヘルメヒトとは、仲が良い、悪い、そういうことを判断するだけの時間はなかった。今回の任務で初めて知り合ったにすぎないからだ。

 それでも、見知らぬ他人ではない。ほんのちょっと前まで、親しげに口を利いていた奴が消滅する。それに衝撃を受けなければ、人としておかしいと思う。

 だが、そのおかしいことが当たり前に起こるのがこの世界なのだ。

 傭兵というものの世界なのだ。


 昨日まで生きていたヘルメヒト。いきなり俺を相棒呼ばわりする、変な男だった。

 もう、その声を二度と聞く事はできない。

 なぜならあいつは、村の共同墓地でひっそりと眠っているからだ。

 二度と醒めない眠り――

 俺はあらためて考えた。

 本当に俺が進む道は、これでよかったのかと。


 たやすく、二束三文で命を売り買いされる人生が本望かと。

 危険は承知で、受けた依頼だった。

 要人護衛の依頼――王都ダーリエルまで彼女を守護する。それで終わりのはずだった。

 だが、現実はまるで違った。野盗『流星』の殲滅。

 それが今回の真の目的だった。


 死に、なにも違いはありはしない。

 それは本当にそうだろうか。

 ある目的へと邁進し、その途上で死ぬ。

 真実を一切識らされず、踊らされたまま死ぬ。


 そこに何の違いもないのだろうか。

 いや、あると俺は思う。

 俺がこの傭兵という仕事を選択したのは、自由だと信じたからだ。

 仕事を請ける自由もあれば、断る自由もある。

 逃亡する自由もあれば、闘い続ける自由もある。

 ただ上から与えられた仕事に従事したくない、俺のような跳ね返りにはちょうどいい仕事だと思ったから選択したのだ。

 だが、実体は同じだったのだろうか。

 所詮は、クライアントの言いなりに動くだけの、飼い犬にすぎなかったのだろうか。俺がそんな自問自答に陥っていたときであった。


「なあ、あんた、うまくやったな――」


「――うん、何の話しだ?」


 いきなり隣の傭兵が、俺に話しかけてきた。まじまじと顔を見やったが、ろくに口を利いたこともないやつだ。かろうじて顔を憶えている程度の男だ。

 

「だってお前さ、ヘルメヒトの金を受け取る予定なんだろ」


「――ああ」


「うまくやったじゃないか。2人分の賃金をいただくなんて、ずいぶん幸運なやつだ。しばらくはゼニに困らねえだ――」


 やつは最後のセリフまで言い切ることはできなかった。

 俺が、指挟みで相手の咽喉をつかんでいたからだ。

 こいつは本来、相手の咽喉ぼとけを握りつぶす技だが、そこまでするつもりはなかった。だが、本人が蒼い顔をしてもがいていることと、周囲が慌てて止めたので、俺はそこで手を離した。

 男は、どうにか呼吸をとりもどすと、蒼白な顔で俺を非難しはじめた。俺は言葉を返す気にもなれない。じろりと軽く一瞥してやると、その声は次第に小さくなった。

 

 くだらねえやつだと思った。

 お前と一緒にするなと言ってやりたかった。

 そして、ヘルメヒトが俺を指名した理由もよくわかった気がした。こいつらは『白い狼』のなかでは下っ端にすぎないのだろう。しかし、俺が傭兵というものに幻滅するのには充分すぎた。

 傭兵にはもとから、こんな連中しかいないのか。

 それとも、長く稼業を続けていると、こんなふうに変わっちまうのか。

 わからなかった。だが、こんな下衆と一緒にはなりたくない。

 

 それでも馬車は進む。内部の不穏な空気を無視して。

 同じ道を、逆に走っているのだ。風景は行きと変わらないはずだ。

 だが、いまの俺には景色がすべてが違って見えた。

 当たり前の光景が、色を変えてそこにあった。

 

 やがて、遠くに薄霞む町の輪郭が見えてきた。

 アコラの町だ。俺は思わずホッと吐息を漏らした。二週間の予定で出立したが、結果としては一週間で戻ってきたことになる。


「ようし、ここで任務は終了だ。ゼニは今すぐ受け取りたい奴は、名前をこの帳面に記帳しろ。後払いでも構わんというものは、後日、傭兵ギルドで受け取ることもできるぞ」


 ダラムルスの宣言で、傭兵たちは一斉に湧いた。

 ほとんど全員が馬車から、馬から降りた。たちまち彼の前には、傭兵たちの行列ができる。俺はひとり、無言のまま町を睨んでいた。

 

「――ゼニを受け取らねえのかい?」


 不意に馬車の入り口から、何者かが俺に問うてきた。

 じろりと見やると、それはベテラン傭兵のシャアハだった。

 

「――俺は、あとでも構わない」


「まだ、飲み込めてないって感じだな、その顔は」


「――まあ、そうかもな」


「早く忘れることだ。それが健康に一番いい」


「そいつは脅迫かい?」


「まさか」


 シャアハはめずらしく笑い声を立てた。

 

「忠告さ、先輩としての、な――」


 ひとこと残して、シャアハは入り口から姿を消した。

 さて、ゼニを配り終わって、それでめでたしというわけにはいかない。

 ここまでくればアコラの町は指呼の間だが、俺たち馬車組は、そのまま他の傭兵と一緒に、堂々と戻るわけにはいかないのだ。

 とっぷり夜が更けるまで、ここで待つ必要があった。それで俺たちは三刻ほど、ここで待機する羽目になった。出立の合図が送られたのは、それからである。

 

 3台の馬車は、ひっそりと暗闇のなか、アコラの町にもどった。

 特にセシリアたちの乗った馬車には、念の入ったことに、てっぺんから暗幕のようなものが掛けられていた。

 あの馬車には、夜目にも派手な装飾が施されている。あれだけ盛大に町民に見送られて旅立ったのだ。本来ならば、王都ダーリエルにいなければならないこの馬車を、人に見咎められるわけにはいかないのだろう。

 大手を振って帰還というわけにはいかない。

 しかし、よくよく考えてみれば、すごいペテンだ。

 アコラの町の人間を、まるごと騙してしまったのだ。

 俺たち傭兵にも、守秘義務というものが課せられている。

 あの村の集会所に集められた者には全員、ダラムルスからその場で金貨が配られた。その意図は説明してもらわずとも理解はできた。俺の回転のにぶい頭でもな。

 

 迂闊にこのことを話すと、容赦はしないということだ。

 噂の出所を探れば、すぐにばれる。

 俺も無論、こんな話を広めるつもりもなかった。広めるような相手もいないことだしな。

 今すぐ記憶から消してしまいたいという想いしかなかった。


 俺たちは町の一角でひっそりと降ろされた。

 その人数は、当然行きよりも少ない。

 死んだやつと、深手を負ったやつは、まだタウパ村にいる。

 無事に戻れただけ、運がよかったと思うべきだろうか。その気持ちには、まだ整理がついていない。だが、ここまで来たら、それはもう後回しでいいと思う。

 

 俺の足は、ある場所へまっすぐに向けられている。この世界で、俺が帰る場所はひとつしかない。

『太陽と真珠亭』の扉で、俺は立ち止まった。ほんの一週間ほどしか経過していないというのに、こんなにも懐かしいのは、なぜだろう。

 扉を開くと、あの人相の悪い親父さんが立っていた。

 立っていて、いつものように残酷そうな顔で、杯を磨いていた。


「――よう、無事に、もどったか、ボガード」


「ああ、なんとかな。ところで――」


 メイは? と尋ねようとしたところだった。猛烈な足音が階段から響いてくる。懐かしい顔が、俺のもとへと駆け寄ってくる。


「よう、メイ――」

 

 俺は言葉を途中で呑みこんだ。

 彼女が、無言のまま、俺の胸に飛びこんできたからだ。

 俺は驚きつつも、その柔らかな身体を軽く抱いて、こういった。


「ただいま、メイ」


 彼女は涙をこらえるように、静かに頷いている。何度も。

 俺はふっと、口許をゆるめた。

 いまだけは、束の間の安らぎに身をゆだねてもいいだろう。

 それが生き延びた者にのみ与えられた、特権なのだから――。 


『傭兵というもの』その8をお届けします。

次話は金曜を予定しています。

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