その5
「やれやれ。呆れて悪態も出やしねえ……」
俺は質素な宿の一室で、天井を眺めてつぶやいた。
ぽつんと部屋の中央に置かれた、ベッドに転がっている。
あまり手入れがされてないのか、かなり硬い。
現在、俺たちがいるのは王都ダーリエルではない。
整備された主街道から右――分岐した小路の先にある、タウパ村だ。
人口100人をわずかに超える程度の規模の村だ。
とても傭兵全員を収容するだけの宿はない。
そういうことで、一部のベテラン勢をのぞき、ほとんどの傭兵は村の外で野営する羽目になっている。
俺が堂々と入村し、宿に逗留することができたのは、ひとえにセシリアの要望によるものである。彼女はこわもての傭兵どもに囲まれて、どうやら恐怖心に駆られたらしい。
必死で、顔なじみの俺の同行を求めた。
俺としては、特別扱いという点において、複雑な心境であったことはまちがいない。だが、セシリアからじっとすがるような視線を向けられては、断る言葉が出てくるはずもない。
俺たちは、村の集会の時につかうという、中央の集会所にあつめられた。
まあ、簡単にいえば、でかい屋根だけの建物だ。四方に柱があり、壁はない。あとはただ、ガタがきた木製の椅子だけが雑然と並べられている。
ダラムルスが、座の中央にどっかと腰をおろし、向かい合うような位置で、俺とセシリアは並んで椅子に腰掛けた。その背後に、侍女たちがすわる。
あとはレミリアをはじめとするベテラン傭兵数人と、例の騎士3人が、それぞれ適当な位置に椅子を置き、腰掛けた。
全員が揃ったとみて、ようやくダラムルスが口を開いた。
「――さて、どこから話せばいいかな。まったく事情のわからぬ者もいるだろう。とりあえずは、ロータス商会のことから話しはじめなければならんだろうな」
「ロータス商会?」
聞いたこともない。俺は思わず、小首をかしげた。
「ボガードが識らぬのは無理もない。隣国、アナンジティ王国を本拠としている中規模の商会だ。――いや、だった」
「――――?」
「ロータス商会は、そこそこの利益を上げている商会なのだが、資本がそれほどない。それでも大資本の商会に呑みこまれぬよう、少数精鋭ながら、手広く商売をやっていたようだ。交流が盛んなこのフランデルとの商いもやっていた――」
ここでレミリアが、横から一言つけくわえた。
「――それから、ゼーヴァ帝国ともな」
「――ほう」
最近、ゼーヴァ帝国と、フランデル、アナンジティの険悪な関係を耳にしたばかりだ。流通はちゃんと機能しているのかと、意外だった。
「ゼーヴァ帝国との関係は、険悪そのものだが、戦争状態に突入しているわけではない。だからまだ商人の往来もある。むろん、当然ながら武器のたぐいは流通禁止だがな」
「まあ、そうなるだろうな」
「ところで、ロータス商会だ。さっきも言ったが、かつては中規模の商会だった。しかしここ最近、急激に扱う物資の量が増加している。それも、両国の大商会と肩を並べるほどな。正直、ロータスの規模だと、破綻するほどの物資を動かしているのだ。人員も急激に増えているようだ。不審に思ったアナンジティ王国は、ひそかにロータス商会の調査をはじめた――」
「それが今回の件と、なにか関係があるのか?」
ダラムルスはにやりと笑うと、腰に提げた水筒で、口を湿した。
「まあ、あわてるな。物事には順番がある。それでアナンジティ王国の調査では、ロータス商会のバックについているのが、どうやら帝国だということがわかった」
「興味深い話だな。なぜ、それがわかった――」
「新たに増員されたロータス商会の商人のなかに、帝国の売人が何人かひそんでいた。どいつもこいつも、そんなに顔の売れていない商人だから、気付かれないと思ったのだろう。だがな、商売ってのは顔を憶えるのが基本のようなものだ。――他の商会の連中が、ロータスの新顔のなかに、帝国で見た顔がいると密告してきたのだ」
「それで、ロータス商会がくさい、と」
「そういうことだ。さらに奇怪なことに、まるでロータスが大きくなるのと呼応するかのように、アナンジティ王国内で、とある異変が起こった」
「なんだ?」
「野盗どもの急激な増加だよ。それも、ただの野盗じゃない。しっかりとした鉄製の装備で武装した、軍隊といっても差し支えないほどの規模で活動する野盗だ」
「待てよ、それは『流星』か――?」
「ちがう。――名称は、な。たしか『漆黒』とかいったか。しかし、おおよそお前が想像しているとおりだ。この野盗の跳梁の背後には、ゼーヴァ帝国の思惑が絡んでいる。ロータス商会を利用してな」
「ご禁制の武器密輸か、ばれたらおしまいだな」
「リスクを犯してでも、やらざるを得ないような莫大な見返りがあったのだろう。しかしやられたアナンジティ王国にとってはたまらない話だ」
必然的に、ロータス商会の商品に対する検査の目は厳しくなる。そしてついにロータス商会は、尻尾をつかまれた。
巧妙に、他の資材の底に隠していた武器を発見されたのだ。
さすがに現行犯では、言い逃れができない。
「――供給源を断つことには成功したが、すでに配布が終っている分は、どうしようもない。兵を動かすしか対処する方法がないというわけだ。アナンジティは、帝国が次の行動を開始するまえに、迅速に賊を始末することに成功した。そして同盟関係にあるフランデル王国に、ことの次第を報せた」
「なるほど、ようやく話がつながってきたな」
「そういうことだ。ここに至ってフランデル王国も事態を把握した。最近、アコラの町近辺で急激に勢力を伸ばしている『流星』の背後には、ロータス商会――いや、帝国の影があるのではないか、と。そこで国王は急遽、ある手を打った――」
「そうか――」
俺は今更ながらここで、ぴんときた。
「ダラムルス、わかった。あんたが酒場で、あれほどまでに秘匿したがった依頼とは、それだったんだな――?」
「そうだ。俺たち『白い狼』が受けた依頼は、『流星』の殲滅だった」
ああ。なんてこった。
俺は掌で、思わず眼を覆っていた。
セシリアが不審そうにこちらを見ているが、それどころじゃねえ。
「つまるところ俺たち、レミリア分隊が受けた護衛の依頼そのものが、フェイクに過ぎなかったんだな――」
俺の質問に、誰もなにも応えなかった。
その沈黙が答えだといってもいい。
俺は自分では、うまくダラムルスから情報を引き出し、全容を把握したと思っていた。だが違った。真実はもっと苦く、もっと残酷だった。
要するに、そういうことだ。
アルリ・マルローヌ伯のひとり娘、メアリーを王都ダーリエルまで運ぶという依頼。彼女をアナンジティ王国に嫁がせるという計画。――そのほとんどが、あるいはすべてが、ただひとつの目的のもとにでっちあげられたシナリオにすぎなかったのだ。
それは『流星』を釣りあげるための、餌だった。
隣国に輿入れする予定の娘っこを、道中でさらう。
成功すれば、これはマルローヌ伯ひとりの失態に留まらない。うまくすれば、両国間の結束にヒビを入れることも可能だろうし、また、娘の身柄は取引の材料にもつかえる。
背後にいる帝国からすれば、よだれが出るほどの獲物だ。
その点で、帝国はまんまとフランデルの罠に乗せられた、といってもいい。
それほどまでに、今回の計画はよく練られていた。
『流星』はおそらく勢力を総動員して、今回の計画に参加している。
ひそかに、『白い牙』が、その背後をつけねらっているとも識らずに。
そして俺は、そのペテンの、ど真ん中にいた。
俺は、セシリアが偽のお姫様であるという話を聞いていた。その情報を得ただけで、満足してしまっていた。もっと深く考察して、しかるべきだったかもしれねえ。
後続してくるという本物の姫も、ひょっとすると――いや間違いなく偽者だったのだろう。
踊らされていたのだ。敵も味方も。
最初から目的は『流星』の殲滅にすぎなかったのだ。
唇がかさかさに乾いていた。
ひりつく咽喉で、俺は苦い言葉を、固形物のように吐き出した。
「とんだ道化だな……」
『傭兵というもの』その5をお届けします。
次話は翌火曜日を予定しています。




