その6
すでに触れたことだが、『流星』のほうが、防衛側より数が多い。
さらに装備面でも、こちらは不利な立場におかれている。
にもかかわらず、防御側が一気に瓦解せず、戦力の拮抗が保たれているのは、レミリアたち古参の技量によるものが大きい。
さすがダラムルスが、この部隊のトップを任ずるだけのことはある。
よどみなく流れる川が徐々に勢いを増し、急流となる。
急流はやがて怒涛の滝となり、落ち口から滝壺まで一気に落下する。
レミリアの剣術は、まさにそれだった。
さっきまで斬り結んでいた相手は、すでに死骸となって地に転がっている。
強い。
さらに複数の相手に対し、眼で牽制を入れている。
だが、感心ばかりもしてられねえ。こちら側の兵が少ないのは事実なのだ。
俺は涙をぬぐう間もなく、次の相手と斬り結ぶこととなった。
メイの護符のおかげだろうか。俺は少しずつ、冷静さを取り戻しつつあった。
次の相手は、さっきの若者より腕が立ちそうな相手だ。
天に屹立する巨大な剣が、ずんと俺を威圧する。
両手剣の使い手だ。長大な剣を構えたまま、撃つぞ撃つぞと、微細なフェイントを入れてくる。
両手剣は破壊力が大きいものの、かわされた後は多大なる隙ができる。だから、こうして相手にプレッシャーを与え、崩し、撃ちこむチャンスを狙っているのだ。
慣れたものだと、俺は感心すると同時におどろいた。
野盗ふぜいに、簡単に使える技術ではない。こいつは真摯に剣とむきあい、練習を積み重ねてきた時期があるのだろう。まずまちがいなくこの男は、傭兵崩れなのだ。
こんな相手に勝てるのか。俺は慄然とすると同時に、自分を試したい気分が湧いてきていた。純粋な剣技なら、たかだか三ヶ月の俺に勝てる相手ではない。
しかし、俺は今の殺し合いで、何となく感覚を掴んだ気がしていた。
ダラムルスが、以前、おれにこういったことがある。
・・・・・・・・・・
「――どうした、ずいぶん苦戦してるようじゃないか」
「……まあな」
俺はしぶしぶながら認めた。
それは俺が片手剣の練習を始めて、一ヶ月と半月ぐらい経過したころだったろうか。俺は煮詰まっていた。それまで乾いた砂が水を吸収するように、どんどんと新たな技術を吸収していた俺だったが、あるとき突然、でかい壁に直面した。
動作が決まらなくなったのだ。
どういうことかというと、剣であれ、空手であれ、技をくりだす前には、脳裏に理想とするフォームが描かれる。その理想のフォームに肉体がぴったり追いつくようにするのが、正しい練習方法である。
俺の剣の師はロームである。
だから俺は、彼のフォームを参考にして剣を振っていた。
だが、やはり剣というものは難しい。
一筋縄ではいかない。幼い頃から剣を握っていたこちらの世界の人間とは、そもそもの下地が違うのだ。俺が幼い頃から修練を積んでいたのは、空手であり、また様々な徒手空拳の技術である。
得物が素直に動いてくれない。
そのもどかしさで、剣を投げ捨ててしまいたくなるような苛立ちを感じはじめていたところだった。それを、目ざとくダラムルスに見抜かれてしまったのだ。
「……泣き言を漏らすようで情けない話だが、こちとらガキの頃から、徒手空拳だけでやってきた身だ。凝り固まった一つの形がある」
「そのようだな。お前の動きは、剣を識っている男の動きではない」
「俺は今年でもう37歳だ。積み重ねてきたそれをすべてリセットして、ゼロから違う武術をマスターするのは、なかなかきついものがある」
「ふむ。それは確かにそうだろう。モノになるには相当な日々の鍛錬が必要だ。一朝一夕で対等になられては、こっちも商売上がったりだ」
ダラムルスは快活に笑った。だが、こちらはそれどころの騒ぎじゃない。
しかもこの片手剣というのは、実際かなりの疲労がある。
利き手一本で相手をしとめるというのだから、相当な腕力が必要なのだ。
「腕力だけに頼るな、全身のバネを使え」
というのがダラムルスの弁である。
全身の関節をねじり、バネのように機動させてこそ、必殺の一撃が出る。そいつは空手にも通じるものがある。理屈の上ではわかっている。
わかっちゃいるが、そう簡単に理想の動きが体現できるなら話は簡単だ。
理屈の上じゃ、誰もが達人になっちまう。
片手で受け、片手で斬る。
受ける、さばくという動作は、空手の基本でもある。おかげで盾の扱いには次第に慣れてきた俺だったが、どうもこの片手剣というのが扱いづらい。もう、こいつを地面に投げ捨て、素手でぶん殴りたいほど、もどかしい。
俺のそういう、しょうもない愚痴をじっと聞いていたダラムルスは、しばし思案していた様子だったが、
「ふむ。お前さんの場合、剣をゼロからマスターする、と考えないほうがいいな」
「――どういうことだ?」
「徒手空拳の延長線上に、剣があると思ったほうがいい」
というアドバイスを投げてよこした。
「こいつをまったくの新技術だと考えるから、動作が鈍くなる。思考だけが空回りして、動作が硬直してしまう。だが、今まで培った徒手空拳の技術に、剣の間合いが加わったと考えればいい」
「――なるほど」
と、俺は頷いた。
実に、しっくりくる解答のような気がした。
俺は何になりたいのか。ロームそのものになりたいのか。違うはずだ。
思えば俺は、剣を基礎からがっつり学ぼうと、ロームの動きの模倣ばかりしてきた。これまで鍛錬してきたすべてを捨てて、下手糞な物真似に興じてきたのだ。
だが、幼少期から剣の練習に明け暮れた奴らと、今から競争しようとしても、追いつくはずがねえ。相手はガキの頃ぐらいには、とっくに俺の現在地を越えていたのだ。
だから、逆立ちで歩くように、なにもかもがぎこちなかった。
こいつは拳のリーチを伸ばすもんだ、と思考を切り替えると、意外なほど、身のこなしが自然に決まってきた。動きがスムーズになってきた。
俺は俺の利点を、殺していただけだったのだ。
・・・・・・・・・・
俺は、俺の闘い方を通せばいい。
剣の練習は平行して行うが、単なる模倣はもう、やめだ。
すでにある剣技に、俺の技術を乗せていけばいい。
そしてそいつは、先程の戦闘で俺が行ったものでもあった。
目の前のツヴァイハンダーの男の攻略法を、俺は考えていた。
相手のリーチは圧倒的だ。奴の剣の長さに対し、俺の剣は短いし、もろい。
下手な受け方をすれば、一撃のもとに粉砕されるのではないか。
それに盾だ。俺はこの護衛の依頼の直前に、わざわざ盾をラウンド・シールドから、バックラーへと変えている。こいつの利点は、軽捷な動きをする相手の攻撃に対し、すぐさま対応できるコンパクトさにある。
細いレイピアのような、刺突専門武器にはかなり有効だが、こんな長大な得物を受け止めるにはむいていない。相性は最悪という奴だ。
それは相手も理解しているはずである。
だが、それにしては、一気呵成に攻めかかるという様子ではない。
なんとなく、俺はぴんときた。
こいつは、見たのだ。
さっき俺が、回転肘打ちで、相手の顔面を粉砕したところを。
それにしては、助けに来る様子はなかった。
そうか。仲間を犠牲にして、俺の手の内を見たのだ。
この異常な警戒ぶりは、あのカウンターを怖れて、なかなか踏み込めないでいるのだ。だが、そいつは俺にも不可能なことだ。
この剣の間合いはあまりに広い。柄の長さも含めると、2メートル近くはあるのではないか。そこから剣を振ってきたところで、ソーク・クラブが届くわけもない。
しかし、考えようによっては、これは好機なのだ。
難攻不落に見えるこの両手剣持ちを倒すのは、今しかなかった。
相手が逡巡してくれている、今しかない。
覚悟を決め、攻撃に転じてくれば、もう勝機はないのだ。
俺は考えていた、あれを試すことにした。
まず、剣を構えたまま、左右にフェイントをかけ、相手に突進する。
相手はすぐさま呼応する。左右に動きまわる敵に対し、上段からの斬り落としは、あまりに意味がない。 当然、横薙ぎに斬ってくる。
そこで俺は、敵の目の前で消えてみせた。
少なくとも、相手にはそう見えたはずだ。
俺は深く、深く身を沈めた。膝を屈伸しつつ、足払いを放つ。
一見、野球のスライディングに見えるほどの低さで。
中国拳法の、前掃腿だ。
相手は迅速に反応した。あわてて片足立ちでこれをかわす。
そいつも織り込み済みだ。こいつはあくまでジャブに過ぎない。
さらに俺は、そこから旋回した。
旋回しつつ、アリゲーターのように、両手を地に這わせる。
地表を薙ぐように、後ろ回し蹴りを放った。
後掃腿。一般的には、水面蹴りなどと呼ばれる技だ。
いい感触だ。相手の軸足を確実に刈った感触だ。
まるで大木が倒れるように、両手剣の男は豪快に地へ叩きつけられた。
俺はすかさず立ち上がり、倒れた敵のもとへ駆けた。
なにが起こったのか、という顔で、相手は口をあんぐりと開いている。
すまねえな。こいつが、俺の闘い方なんだ。
俺はあらゆる感情を裡に押しこめ、ただの機械と化すようにつとめた。
冷静に、相手の咽喉元へと剣を落とす。
今度は、最初よりも、はるかにうまくできた。
『大きな仕事』その6をお届けします。
次話は今週中には仕上げたいと思っています。




