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その1

 俺と、もうひとりの巨漢は、肩を並べるように座っている。

 目の前には、さほど大きくはない川が滔々と流れている。流れは比較的穏やかで、釣りにはもってこいだ。陽の光はうまいこと雲間に隠れ、この日はほとんど顔を出していない。

 粗末な釣り竿だった。その辺にある枝を削って、竿にしている。当然リールというものはない。俺はかねてから、現代のようにナイロン製の釣り糸がない、昔の釣り師はどうやって魚を釣っていたのか疑問に思っていたのだが、なんとこれが馬の尻尾の毛を使うのだ。


 釣り針の方は、動物の骨を加工したものを使っている。俺が自作したわけではない。ちゃんとした道具屋で購入した竿なのだ。

 いやはや、ここまでして釣りがしたいという異世界の釣り師たちの情熱はすごい。おそらくは、こんな粗末な釣り竿でも、魚を釣れるほどのテクニックを持っているのだろう。

 俺はたまに暇つぶしで、釣り堀に出かける程度のものだったから、その熱意には恐れ入るばかりだ。それにしても。俺はエサをつけて、再び水中に針を投じる。


 こんなものでほいほいと魚が釣れたら、大したものだ。

 現に俺は一刻ほど釣り糸を垂れているが、見事なまでのボウズだ。傍らにいるペルセベは2、3本釣れたようだが、あまり大きくはなかった。さすがにそれを食う気にはなれなかったらしく、しょぼくれた顔をしてリリースしている。

 俺から少し離れた位置では、ソルダができるだけ邪魔にならないように、空手の突きを虚空に放っている。俺の釣果(ちょうか)がまるでないものだから、手伝うこともないので仕方がないといえる。


「――で、そろそろじゃないのか」


「そろそろとは?」


「俺に何か、話があるんだろう?」


「…………」


 また、だんまりだ。

 そもそもの話、俺は、自らの発案で釣りに来たわけではない。第一、コンバッシで釣りができる場所があるなんて識りもしなかったからな。

 誘ってきたのは、ペルセベのほうだ。

 何やら思いつめた様子だったので、仕方なく応じて来たのだ。ここジーラス川は市壁から半刻ほどの距離に位置しており、市壁の外の住民が水を汲みに来たり、俺たちと同じように釣り糸を垂れる者などが訪れる場所になっている。


 メルンは宿で待ってるといって、来なかった。どうも彼女には、釣りという迂遠な手法で魚を釣るということが理解できないらしく、


「雷落とせばよくない?」


 と、身も蓋もないことを言ってくる。

 海に雷が落ちた場合、落雷の電流は海面で拡散し、水中まで流れることはないと聞いたことがある。だが、この底の浅い川ならば、どうだろう。メルンの強力な電撃魔法を叩き込めば、さすがに魚たちは無事ではすまないだろう。

 しかしそんな手法で獲った魚など、あまり喰いたいとは思わない。第一、水汲みに来た住民たちまで感電させかねない。相変わらずぶっとんだ発想をする女だ。 

 俺がつらつらと、そんなどうでもいい事を考えていると、


「俺はこの先、どうしたらいいのか悩んでいる」


 と、ペルセベがようやく重い口を開いた。

 

「この先、とは――?」


「俺はこのままコンバッシに留まっていても、あんたには勝てない。あんたに弟子入りするという方法もあるが、それではあんたを超えられないような気がしている」


「……そうだな。寝技は俺の専門じゃないし、お前の長所を伸ばしてやれる自信はない。お前のいいところを引き出せる場所へ行くべきだろう」


「ブリッジス道場へ戻れ――と?」


「それが最善のような気もするが」


「いや、どうだろうな。俺はあの道場で師範代になれるぐらいの腕前になっていた。もう師匠のブリッジスですらも、俺を強くすることはできないと思う」


「ふうむ――」


 この男も俺のように、どこまでも強さを追求したい男なのだろう。その気持ちは理解できる。だが、道場へ帰っても、もっと強くなるという可能性はないという。残念だが、ここフランデルに寝技の使い手はほとんど存在――


「そういえば――いたな」


「なにがいたんだ?」


 アキレス・ギデオン。俺のライバルであり、このフランデル王国においては、おそらく最強の寝業師であろう男。この町に入ったときに出逢ったはずなのに、今の今までなぜ忘れていたのか、我ながら自分の迂闊さが嫌になる。


「お前を強くしてくれるだろう人物が、この町にいる。運が良ければ、紹介してやれるかもしれない」


「そ、そんな人が、コンバッシに!?」


 意外そうな顔をしているペルセベに、俺は簡単にアキレスのことを説明してやった。当然、あの大会決勝での死闘も語った。ペルセベは瞳を輝かせ、食い入るように話に聞き入っている。


「それほどの寝技の使い手なら、願ったりだ。是非、紹介してもらえないだろうか」


「構わないさ」


 俺がそう答えた矢先である。

 

「やれやれ、ここにいたか」


 という言葉が背中からかけられ、俺とペルセベはほぼ同時に振り向いた。そこに簡素な革鎧を身に着けた、スキンヘッドの壮漢が立っている。よほど急ぎでやってきたのか、額から大粒の汗を流している。


「アキレス、丁度よかった。いまお前の話をしていたところだ」


 朗らかに笑いかけたが、アキレスは真剣そのものの表情で俺を見ている。


「お前さんの部屋を訪れたが、留守だったのでな。中にいた女性からジーラス川へ行ったという話を聞いて、急いででここへやってきたというわけだ」


「急ぎの用件か」


「もともと俺がこのコンバッシへとやってきたのは、ある調査を依頼されたからだ。俺はもと、ゼーヴァ帝国から来た傭兵だからな。向こうへ潜らせるには都合がよかったというわけだ」


「なんだと、何の話をしているんだ」


「フランデルから帝国へ渡るには、アルスター辺境伯の許可が必要だ。俺はこの町に滞在し、許可が下りるのをずっと待っていた。きょう、正式にそれが不可能であることを伝えられたところだ。――何故かわかるか?」


 わかるも何も、アキレスが何を語っているかさえ分からない。

 俺が首を傾げているところへ、彼は唐突な一言を投げはなった。


「いいか、落ち着いて聞いてくれ。帝国に動きがあった」


「動きとは――?」


「つまり近いうちにゼーヴァ帝国とフランデル王国との間に、戦争が起こる。そういうことだ」


 俺は思わず、手にした竿を落としてしまった。

 ペルセベも荒い息を吐いて動揺を隠せない様子だ。


「急ぎこの町から離れた方がいい。ここは最前線の町だ。間違いなく、ここは戦場になる」



今回から新章突入です。

次話は翌月曜日を予定しております。

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