表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/145

その6

 さて、城の守備隊長であるシュロイヤをぶちのめして、めでたしめでたしというわけにはいかない。数人がシュロイヤを介抱しているが、彼の眠りは深いようだ。まあ生まれて初めて喰らう跳び膝蹴りだ。相当に効いたことだろう。


「隊長がやられた……」


「あいつが、やったんだ」


「ふざけやがって、あの野郎――」


 いまや周囲の眼は俺への憎悪に滾っている。

 少なくとも、男爵に対する言葉遣いではないな。

 54の眼――27人の双眸と、俺は対峙している。さて、どうしたものか。おれは横目でちらりとメルンを見た。彼女は心得たといわんばかりに、軽く頷いた。

 メルンには彼女自身と、ソルダの身の安全を確保してもらいたかった。不幸中のさいわいというべきか、ここは中庭だ。メルンは思い切り、自分の膨大な魔力を解き放つことができるだろう。


「――で、次は誰が来るんだ?」


 俺は奴らの憎悪をかきたてるように、言葉を放ってやった。果たして、連中の反応は激烈だった。


「もはや、1対1の形式は不必要!!」


「いっぺんに指導してもらいましょう」


 めちゃくちゃな発言だ。だが、俺としてはとっくに予想のついていたことだ。面目丸つぶれとなった連中の発想は、そこいらの田舎道場のそれと変わらない。

 総出で叩きのめし、己の面目を保とうというのだ。


 複数の人間相手に闘う方法は、ひとつしかない。

 一度に相手をする人の数を、どれだけ減らせるのかという点である。人間の背後に眼がついているわけじゃない。3人ほどが一斉に向かってきたら、それだけで対処のみに追われるだろう。

 しかも相手は素人ではない。それなりに武術なり身に着けている連中なのだ。


 俺はシュロイヤを叩きのめした直後、周囲の景観を頭に叩き込んでいた。まず、城門方面へと駆けるのはどうかと考えた。答えはすぐに出た。――こいつは最大の愚策だ。城門を護っている連中もグルだし、先に門を閉ざされてしまえば、完全に袋の鼠となる。

 第一、女子供を置いて、俺だけ脱出するなんて論外だ。


 となると、俺が向かう方向は、キープ方面に限定される。

 連中はすでにキープ方面に固まってはいない。隊長と俺の闘いをみるために、四方へと散っていた。俺にとって、こいつはやりやすい状況といえた。

 俺はメルンに目配せを送った瞬間、駆けている。

 連中は面食らい、咄嗟の反応が遅れた。


 俺が逃げるとは、夢にも思っていなかったのだろう。もちろん逃げて、逃げ切れるものではない。この城の構造を俺はまるきり識らないが、連中は熟知しているのだ。下手に逃げては、よりまずい方向に追い込まれるのがオチだ。

 だが、俺にはある目的がある。


 俺はキープの入り口にたどり着いた。

 この城のキープの出入り口は狭い。基本的に、大人数が一気に駆け抜けられないようになっている。防衛上、そういう構造になっているのかもしれなかった。

 俺はその狭いキープの通路で振り返った。

 眼を血走らせた連中が、逃がすものかと殺到してくる。

 俺は先頭から突進してきた男の顔面を、ショートアッパーでのけぞらせ、前蹴りで吹っ飛ばした。残身を取る間もなく次の男が、先に倒れた男を踏み散らかすような勢いで向かってきた。


 俺は掌を開き、ジャブを見舞った。

 フィンガージャブだ。流れるように、相手の両眼におれの指のいくつかが入った。男が苦痛で顔面を押さえた瞬間、俺の金的が炸裂していた。

 男は股間を押さえ、泡を吹きながら前のめりに倒れた。俺はもう、そいつを見てもいない。新手がすでに俺の視野に収まっている。


 獰猛な咆哮がこだましていた。

 そいつは俺の口から発せられていると気づくのに、若干の時間を要した。俺の肘がうなり、膝が疾った。汗が滝のように流れ、俺の身を濡らしている。

 キープの細い通路はさながら地獄のようであった。俺の技が一閃するたび、血しぶきが上がり、悲鳴が満たしていく。

 

 何人倒したのか、それすらもう頭にはなかった。

 ひたすら俺は動く空手マシンと化していた。無我の極致とはこんなものなのだろうか。そんないいものではない。俺の脳裏にあったのは、あの『流星』との死闘であった。

 今もあの時も同じだ。城を護る連中と、野盗の連中に大差などはない。ただの野獣と野獣のぶつかり合いだ。そこに人間性など微塵も介在してはいなかった。

 

 男の顔面に正拳が埋没し、俺の両拳には粘着質の血が滴っていた。連中はもう、サバットにも格闘技にも固執してはいなかった。真っ向勝負で俺と勝敗を争う愚を悟ったといってもいい。

 ただ俺を人海戦術で引きずり倒し、上から踏みつぶしてやろうという意図しかない。そう簡単に思うようになってたまるか。


 無邪気に真正面から組み付こうとしてくる男の顔面に、俺はカウンターの頭突きを炸裂させた。次いで突進してくる男も、明らかに胴タックル狙いだった。俺は冷静にその顔面に膝を叩き込み、さらに瞬間的に跳ね上がった顔面に掌底を叩きこんだ。

 男は執念深く、さらに前進をやめない。

 仕方がない。掌底をそのまま滑らせ、髪の毛をわしづかみにすると、俺は通路の側面にそいつの顔面を叩きつけた。男は一瞬だけ痙攣し、動かなくなった。


 次の相手へ向き直った時だった。

 俺はぐらりと後方へとバランスを崩していた。さっき頭突きでぶっ倒した男が、ダウンした状態から、俺の足首に手を延ばしていたのだ。足を掬われた俺は、どうにかバランスを取り戻そうと後方へ下がった。そいつは敗北への序章だった。


 姿勢を取り戻すことに躍起になっていた俺は、次の男の放ったタックルを対処することができなかった。俺は次の瞬間、石造りの通路の天井を見つめていた。

 あっけにとられるとはこのことだ。そいつは俺の甘さを笑うように、暗い口をぽっかりと広げていた。その漆黒の空間から拳が降ってきた。


「ちいっ――」


 現実に引き戻された俺は、その拳の対処に追われていた。大地に倒されている状態にいる人間が、有利な状況などはない。

 ただひたすらその拳をかわすことに専念していた俺は、別の攻撃が降ってきていることに気付くのが遅れた。もろに顔面を強打され、俺の鼻先から血が滴った。

 

「へへ、あんた、もう終わりだぜ」

 

 ひとりの男相手に、俺がガードポジションをとっている間、他の奴らは俺の頭の方へと廻りこみ、頭上から踏みつけを放ってきているのだ。ひとつ、ふたつならば俺でも対処はできただろう。だが、無数に頭上から落ちてくる足を、延々とかわし続けることなど出来はしない。

 俺の顔面に、固い靴底が降ってくる。

 結構、痛いものだな。

 

 俺の痛覚が鈍くなってきているのがわかる。

 かわせない。打撃が効いている。

 まずい、このままでは……



『故郷へ凱旋』その6をお届けします。

次話は金曜日を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ