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その8

 硬質の床に眼を落していたのは、ほんのわずかな瞬間だったように思えた。それとも、かなりの時間が過ぎていただろうか。

 俺は揺れる心と決別して、王を見た。


「……俺の望みは、ひとりの人物の自由を保障してやってほしい……それだけです」


 慣れない敬語で、出だしは少し躓いたが、あとの言葉は意外なほどするすると出てきた。


「――ほう、それは珍妙な願いじゃな。これまで聞いたことのない願いだ。自身への褒美より、他者の身の安全を確保したいということか」


「そういうことになりますか」


「して、その人物とは何者じゃ?」


「はい、メルン・スイーダと申す者です」


 この名前を聞いて、さすがに国王は咳ばらいをひとつした。どうやら、平静を保つことが難しかったようだ。


「その人物と、おぬしはどういう関係にある? まさか恋人同士ということでは――」


「それはありません、絶対に」


 俺は顔色も変えずに言い切った。


「それならば、どうしてそのものに固執する。その人物が、我が国家にとってどれほど有益な存在か、おぬしは理解しているのか?」


「嫌というほど理解しています。あれほど監視の眼が煩ければね」


「わかっておったか。存外、使えぬ奴らじゃ」


 そう、メルンの周囲には監視が付けられていた。害意は感じられないので放っておいたが、あまり気分のよいものではない。いつからだったろうか。おそらくは、メルンが単身、王の許へと向かった瞬間からだろう。

 彼女は「はした金では動かない」と捨て台詞を残して立ち去ったと、自慢げに語ったものだ。これで安心だとも言い張ったが、事実はまるで逆だったというわけだ。


 彼女ほどの魔力(マナ)を有した在野の魔法使いを、簡単にあきらめるような余裕のあるフランデルではない。ましてや、ゼーヴァ帝国という脅威が間近に存在しているのだ。少しでも戦力になりそうな者を手駒に加えておきたいという気分は、ごく自然というものだろう。

 

「――あいつは俺の友達です。だからできるだけ、あいつの気持ちを尊重してやりたい。それだけが俺の願いです」


「数え切れぬほどの金貨、爵位、あるいは道場――。そのいずれかを申し出てきても、余には心構えというものがあった。しかし、お主という男は、戦闘同様、予想の斜め上をいくやつよのう」


「ありがたきお言葉です」


 俺は本心から、頭を下げた。


「褒めてはおらぬ、曲者という意味じゃ」


 国王の表情にわずかな苦いものが走った。そして周囲の眼を気にするそぶりをし、警護に立っている両脇の兵たちを遠ざけた。


「よろしいのですか?」


「よろしいも何も、どのみちこの距離では、あやつらの抜剣より、おぬしの拳の方が速いじゃろう」


 王は不敵に笑った。政務嫌いで遊興好きという御木本かすみからの情報で、あまりよい印象はなかったが、なかなか肚のすわった剛毅な男のようだ。

 

「ここからは内密の話じゃが、帝国の内部は揺れておる。主戦派と、非戦派のふたつの派閥によってな。両者の対立は日増しにエスカレートしていると漏れ聞こえてくる。そのどちらが帝国の主導権を握るかで、フランデルの立ち位置も変わってくるというものだ」


「そうなのですか」


 おれは敢えて愚鈍をよそおった。王が秘密めかして語った情報は、すでにダラムルス団長とバーダックから聞かされていた。だが一介の闘士にすぎない俺が、具体的な話を識っているのは、ちょっとばかりまずいような気がしたからだ。

 

「余が帝国に対し、特に脅威を抱いておるのは、ヴルワーンめが力を注いでいるという『銃』というものの存在だよ」


 俺は思わず王の顔を見やった。さすがの俺もその言葉を聞いては、反応せざるを得ない。王は得たりとばかりにニッと笑い、


「愚鈍の壁が剥がれよったな。――それはともあれ、『銃』というものはカミカクシのお主の方が詳しいであろう?」


「確かに我々の世界には、『銃』が存在していました。ですが俺は、格闘術以外はまるで無知な男です。構造そのものはなにひとつ識ってはいません」


「ああ、そのあたりは大丈夫じゃ。大木樹(オオキイツキ)というカミカクシが、様々な蘊蓄(うんちく)を語ってくれよった。要するに筒状の杖のようなものから鉛の弾が飛び出し、人体を殺傷せしめるという危険な武器ということだったが」


「おおむね、その認識で間違いないかと」


「しかも、魔法とは違い、素質など必要がない。ただ引金というものを引くだけで、誰でも使えるという。この事実も相違ないか」


「ありません」


「ふむ、では猶更(なおさら)、魔法使いの確保は急務になってくる。フランデルにもアナンジティにも『銃』に精通しておるものはおらぬ。ならばこそ、戦力の増強は必要不可欠なものなのだ」


「しかし、俺には疑問があります。『銃』というものは、簡単には制作できないものだからです」


 俺は無知ではあるが、まるっきり馬鹿というわけではない。雷管というものがないと銃は撃てないという知識ぐらいは持っている。ただ、帝国が火縄銃を量産しているというのなら、話は変わってくる。

 火縄銃ぐらいなら、ここの技術でも制作は可能かも識れない。

 ただ、そのメリットはない。火縄銃は連射が効かぬものだし、殺傷範囲も知れている。それよりも王国の持つ魔道師団の殺傷能力の方がはるかに高いだろう。


 俺はメルンが使った雷撃の威力を、まざまざと思い返していた。あれで中級程度の魔術の遣い手というのだ。それより上位の魔法使いを囲いこんでいる魔道師団の攻撃力たるや、想像を絶する。

 俺はそういった考えを、王に伝えてみた。


「ではなぜ、帝国は『銃』の制作に躍起になっておるのだ」


 俺は軍事の才はない。俺は徒手空拳に一生を捧げてきた、一介の闘士にすぎない。だが、こと戦闘に関しては、それなりに思うところがある。


「……こちらに対する威嚇の意味もあるのかもしれません。戦闘において、戦前に敵に威圧を与えるのも、戦術のひとつです。実戦の場において、前知識が逆に相手に対する恐怖を植え付けてしまうのです」


「なるほどな。『銃』という未知なるものへの恐怖が、こちらへの威圧になるというわけか。いかにもヴルワーンあたりが考えそうなことだ」


 どうやら王には思うところがあったようだ。

 しかし、彼はにやりと笑うや、


「しかし、そなたの理屈では、ますます魔法使いの必要性が増すということになるぞ。それでも余はメルンを諦めねばならぬのか?」


「俺は腹芸ができません。だから、素直に思ったことを口にしたまでです。その上で、彼女の意思を尊重してほしい――そう言っているのです」


 王は難しい顔をしたが、やがて頷き、


「わかった。余は吝嗇(けち)とは言われとうない。おぬしの望みを聞き届けることとしよう。しかし。それほどまでにメルンという一魔法使いのために尽力するのだ。本当に恋心などないのか?」


「ありません」


 俺は鉄壁の無表情で応えた。彼女とその師ヴェルダには非常に世話になった。もちろん、動体視力を回復してもらったこともある。――だが、それ以上にソルダ誘拐事件のときは彼女の協力がなければ、俺だけの力では解決は不可能だっただろう。

 その恩を返すのは、こういう機会しかない。そう考えたのだ。


「金銭も要らぬ、爵位も要らぬ、友の自由のみ願う――か。おぬしという男は本当に変わり者よの。それでは余もあきらめざるをえまい」


「ありがとうございます」


 ここでようやく、俺は安堵の吐息を漏らした。

 

「しかし、これぐらいは受けてもらわぬとな」


 王が手を拍くと、立っていた警護の兵がすっと近寄り、木製の小箱を取り出した。王は中身をあらためることなく、自らそれを俺に手渡した。

 俺は王に促されるまま箱の中身を開いてみる。ぴかりと俺の眼を刺したのは、陽光を受けてきらめく銀の胸章(きょうしょう)であった。


「王、これは――?」


「先ほども言うたであろう。余は吝嗇(けち)と言われとうないと。おぬしの身分は、たった今から男爵となった」


「いや、俺は爵位などと――」


「世間は、ここでの会話の内容など識りようがない。このまま帰しては、余が大会優勝者に何もやらぬ男だと思われることになろう。せめてもの褒美じゃ」


「俺には、政治的なことなど何もできませんよ」


「なあに。男爵とは言うても、領地もなければ騎士もおらぬ、単なる地位だけの存在よ。ただ身分だけを受け取るがいい。――だが、そのうち、何か役に立ってもらうこともあろうがな」


「なるほど、そういうことですか」


 やはりこの王は食えぬ。爵位を与えられたということは、俺は正式に、このフランデル王国の家臣になったということだ。

 しかも自らの懐を一切痛めることなくだ。後日、どんなことを依頼されるか知れたものではない。もし、やはりメルンを魔道師団に入団させると言い出したら、俺はどうすればよいだろうか。突っ返すべきか。いや、一国の主と喧嘩をするのは避けた方が無難だ。

 国王は俺のそんなくるくると変わる顔色を見て、


「心配するでない。余は食言(しょくげん)はせぬ。後日、おぬしに依頼することも、それほど警戒することはない。コニジェル伯の一件でも、ぬしには世話になったからの」


「そういうことでしたら、謹んで――」


 ようやく俺は、その胸章(きょうしょう)を礼服の上から身につけた。それほど重量はないはずなのに、やけに重く感じられた。


「その重さは、大会優勝者のみが識る重みぞ」


 王は俺の想いを見破ったように、にやりと笑った。

 俺は深々と頭を下げ、謁見の間を後にした。背中から拍手が追いかけてきたが、俺は振り返らなかった。王宮から出ると、外に見慣れた顔ぶれが待っていた。ソルダと、メルンだ。


「師匠、男爵になられたんですね。おめでとうございます。――でも、これから何とお呼びすれば? 師匠? それとも男爵?」


「師匠でいいさ。名ばかりの爵位だ」


「よっ、あっぱれですぞ、ボガード男爵」


 メルンが相変わらず感情のこもらぬ声でおちょくってくる。俺は彼女ではなく、周囲に眼を凝らしていた。あれほどまで濃かった気配は、(ほうき)で掃き清めたかのように奇麗になくなっている。

 どうやら王は、約束を守ってくれたようだ。


「ありがとうよ」


 俺はそう応えていた。別にメルンに向けたものではなかったのだが、この返答はたいそう彼女には驚きだったようで、


「なにか悪いものでも食べさせられた?」


 と問うてきた。

 俺がどう答えたかって? 

 ここからは内密の話ってやつさ。


『懐かしい顔ぶれ』その8をお届けします。

次話は水曜日を予定しております。

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