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その7

 さて、刺客3人を退治して、それでめでたしめでたし、というわけにはいかない。俺たちは失神した3人を縛り上げ、しばし意見を交換していた。俺たちが集合したのは、『憩いの丘』という、かなり裕福な人間しか立ち入ることができない丘だ。そのへんのチンピラが、ほいほいと出入りできる場所ではない。

 そこに、襲撃者が現れたのだ。


「当然、誰か手引きした人間がいるはずだわ」


 御木本かすみはそう断言した。俺としても異論はない。その人物はかなりの権力がある、それなりの立場にある人間に違いない。そうでなければ王都のど真ん中の公園に、刺客を放てるわけがない。

 俺としては本当に気が進まなかったが、襲撃してきた刺客を拷問するかと考えていた。それが一番確実な方法のように思えたからだ。


「それには及ばないわ」


 御木本かすみはそう言った。俺には彼女の強気な態度が不審だった。たしかに易々と雇い主のことを語る刺客はいない。だが、それだけに有益な証言になるはずであろうからだ。


「ここまで大胆な犯罪を仕掛ける側の心理としては、相当に追い詰められていると見るべきね」


 彼女はそう断言した。その眼には、ある種の確信がきらめいている。俺も、他の3人も、彼女に犯人の追及を一任することにした。

 彼女の動きは速かった。まず、俺たちのメンバーのうち、後藤光夫が刺されたということにした。王都で最大の施療院の一角で集中治療を受けている――という噂を流し、本人は別の場所に身を隠してもらった。


 その集中治療室で寝ていたのは、不本意ながら俺である。

 賊退治には、俺が適任だという御木本の判断からだ。そして、再度の襲撃は果たして行われた。刺客は4人に増えていたが、俺とグルッグズの敵ではない。

 奴らを叩きのめし、縛り上げたところで、御木本かすみの逆襲がはじまった。まず彼女は俺の――つまりは後藤の警備を手薄にした人物を捕縛した。

 

 ポンダ卿という男だったが、彼は真の敵の使い走りにすぎない。それからさらに『憩いの丘』での襲撃で、警備を手薄にした男も捕縛した。両者には共通点があった。彼らは事業に失敗し、金銭に窮しており、最近、多額の融資を受けたという点である。

 その融資をおこなった人物がコニジェル伯爵である。


 フランデルでは円形闘技場などの遊興・運動施設を管理する立場にあり、かなりの大立者といえた。御木本かすみはこの短期間で、彼に関する悪い噂をかき集め、さらに犯行を実行に移した証拠などを一挙に突き付けた。

 彼がつい最近、会議場で後藤光夫とことごとく対立していた場面を大勢の臣が目撃しており、動機も十分だった。彼は当然のように弁明を試みたが、追及の手を緩めない御木本かすみの舌鋒からは逃れることができなかった。


 こうして事態は収拾したが、気の毒なのは後藤光夫だった。


「俺はそこまで憎まれていたのか……」


 と、かなり落ちこんだ様子だった。

 彼とコニジェル伯爵との対立の原因は、サッカーの急速な普及によるものであるという。フランデル王国には、サッカーのような国民的なスポーツが普及していなかった。フランデルにある競技は、2百年前に訪れたカミカクシがもたらした文化ばかりなのだから、当然といえば当然だ。


 コニジェル伯爵は蹴鞠の名手として識られ、『蹴聖』と呼ばれるほどの名足だったという。彼は蹴鞠に熱中し、その振興に大いに力を注いだ。そこに振ってわいたのが後藤がもたらしたサッカーブームである。蹴鞠はサッカーに、完全に人気を奪われていった。


 もはや、後藤光夫を排したところで、サッカーの人気は不動のものとなりつつあったのだが、そこは自分の愛するものを場末に追いやったという逆恨みが働いたのだろう。新しい文化を導入するということは、いいことだらけのように思える。

 しかし、それだけではない。革命をもたらしたものには、過去の文化を謳歌していたものの恨みが殺到するということを理解しなければならないのだ。  

 俺としては、そういって彼を納得させるしかなかった。


「俺、新しいスポーツを導入することが怖くなってきたよ」


 と、後藤は力なく笑ったものだ。


「幸いなことに、お前には心強い味方がいるじゃないか」


「――味方?」


「御木本かすみや、カミカクシのみんなさ。今後は協力を徹底していけば、必要以上に恐れることはないさ」


「そうか、そうだよな……」

 

 後藤は静かに頷いた。大人の世界は汚いものだ。自分の道理を押し通すために、平然と他者を排除しようとする。それを理解したのだから、後藤はひとつ、大きくなっただろう。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 さて、俺たちのささやかな会合は終り、俺は謁見の間――国王の前に呼び出された。ジュラギの城の謁見の間とは比較にならぬぐらい広闊な空間に、俺と国王、護衛兵だけが存在している。国王は冷徹な蒼い眼で俺を見つめている。その眼を見返した俺の瞳には、迷いの色が浮いていただろう。

 以前に出された難問の答えを出さなければならない。


「さて、ボガードよ。以前告げた通り、お前にはひとつだけ、望むものを与えよう。――お前は何を望む?」


 この問いについて、俺はかなりの期間、悩み続けていた。俺はなにが欲しいのか、自分でわからなかったからだ。

 俺はこの世界で、道場を開きたいのか?

 それもいいだろう。この世界の徒手空拳の技術は飛躍的に上がるだろうし、ソルダにも、空手の技術を教えてやれる。

 それとも、大金が欲しいのか。それもいい。金があればいい装備が買える。高価な武器だって買えるし、俺だけの家だって持つことができるだろう。

 難しい問題だった。

 俺は考えつつ、こう答えた――。



かなり遅くなってしまいました。『懐かしい顔ぶれ』その7です。

次話は翌月曜を予定しております。

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