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その6

「しかし、おっさんが大魔法使いと懇意だとは夢にも思わなかったぜ」


 と、後藤がしみじみとつぶやけば、


「それって、僕らと別れてからの出来事だよね。聞きたいな」


 今度は大木が興味津々で尋ねてくる。

 御木本かすみはさらに踏み込んで、


「――それで、あなたとヴェルダとの接点は?」


 と切り込んできた。俺はすっかり辟易として、


「言葉の洪水をわっと浴びせかけるのはやめてくれ」 


 と、彼らの一気呵成の攻勢をしのぐのに手いっぱいだった。

 まったく、口は災いの許とはよく言ったものだ。

 それでも俺はささやかな抵抗を試みた。ヴェルダのことは話したが、メルンやジュラギのことを言及するのは避けたのだ。よく考えてみれば、ヴェルダはこういうことがあることを予期してか、自らの住まいを転々と変えている。


 もう俺の識っている場所に留まっているとは思えない。新たなヘンテコな場所に住居を移していることだろう。そう考えると気持ちが少しだけ落ち着いた。

 あとはメルンのことだ。あいつはすでに問題は解決したと考えているようだが、俺はそうは思わない。あいつほどの魔力を持った在野の魔法使いを、国王が看過するだろうか。 

 俺には、そんな楽観的な気持ちにはなれなかった。

 

 だから、メルンと俺の繋がりはぼかしたのだ。もっとも、彼女は村娘のような格好をして、すっかり変装できていると思っているのだが、あんなチャチな変装に引っかかる奴などいるのだろうか。

 俺がそんなことを考えていると、御木本かすみは柳眉を寄せて、

 

「……つまり、彼女の方から、あなたに接近してきたというわけね。その意図は何かしら」


「そうだよね。僕たちはスルーして、海道さんだけ接触を図るなんて、おかしいと思う」


「それについては、こういっていたな。『大いなる流れに乗れないカミカクシは、誰かが監視しておく必要がある』とかなんとか」


「大いなる流れって?」


「それについては、俺も詳しい話を聞いたわけではないんでね」


 俺は肩をすくめてみせた。

 これについては事実なので、特にごまかす必要もない。


「それにしてもヴェルダって、ずいぶんと回りくどい表現を使う人なのね。謎々(リドル)みたい」


「ああ、おれもそいつに関しては同感だ」


 俺は彼女とメルンと、5日ほど生活を共にした。その間、いろいろなことを語ったと思う。彼女の発言の半分も、俺は理解できていただろうか。正直、その自信はない。

――だが彼女は俺の恩人だ。あの大会で、俺は最年長だった。彼女が俺の動体視力を全盛期まで戻してくれなければ、あの優勝はなかっただろう。それだけは言い切れる。

 だから彼女の不利益になるようなことは、徹底的に言わない。そう決めていた。

 

「そんなに警戒するような顔をしないで。別に取って食おうってわけじゃないんだから」


 かすみが溜息と重ねるようにつぶやいた。


「ここの話は、ここだけで留めるさ。誰にも聞かれないような内緒話ってわけさ。でなきゃ、こんな人気のない丘におっさんを呼び出さないって」


「そうだよ、僕らは単純に識りたいのさ。どうして僕らだけが、この世界に堕ちたのかってね」


 俺はヴェルダからもう一つのことを聞かされていた。別に隠すようなことでもないので、それを話した。違う世界へと行きたいと渇望する強い思念――それがこの世界へ訪れる鍵になるということ。

 さらにもうひとつ。こちらの世界の人間が、強い力によって『こちらへ来て欲しい』と念じること。それもまたトリガーとなるということだ。


「……興味深い話だね」


 言葉を舌の先で転がし、吟味するように大木樹はつぶやいた。

 森田妙子は俯いているし、後藤光夫は腕組みしている。

 御木本かすみは、中空を睨んでいたかと思えば、きっと俺に視線を走らせて、


「思い当たることがあるわ」


 と言った。彼女が語るには、


「私が王都に召喚されたのは、前任の秘書が流行り病で亡くなったのと、ほぼ同じタイミングだったのね。――それ以来、王国の政務は滞りがちになった。言い難いはなしだけど、国王はそれほど政務に精力的な人物とはいいがたくてね」


 どうやらあの国王は、内政よりも武や、遊興に力を注ぐタイプの人間のようだ。俺はあの巨大で、緻密な細工(ギミック)が施された円形闘技場を思った。現国王の支持が高いのは、ああいった娯楽を市民に積極的に開放するという点も大きいのだという。

 

「仕事は山積みで、嫌になっちゃうわ。でも、私がいないとこの王国は成り立たない。そういうところまで来てるわ」


「わずか半年とちょっとで、すごいことだな」


 俺は素直に感心した。やはりこの女は俺とは違う。

 もしも彼女のような有能な人材を国王や、王宮の人々が渇望していたのなら、ヴェルダの仮説は当てはまる。

 後藤や大木、森田も思い当たる節があったようだ。あなたが来てくださって本当によかった。そういった言葉をどれほどの人間からかけられたか、数えることもできないという。


「つまり、こういうことのようね。この世界へと転移する条件は、私たちの強い意思、それからこの世界の住人の意思――その両側の思念が一致しないといけない」

 

「考えてみれば、神隠しって言葉も古臭い言葉だと思ったけど、そういうことかもね。はるか昔から、こういったことは起こってきたことなんだ」


 興味深い話だ。そういえば、グルッグズのやつも言っていた。

 もともとあいつが使う忍術は、遠い昔のカミカクシが伝授していったものだと。それならば合点がいく。


「でもよ、それにしても、昔から俺たちの世界の住人が技術を提供してきた割には、この世界の技術の発展は、随分とゆるやかじゃねえか?」


 後藤が素朴な感想を口にした。

 それについては、森田妙子はある程度の見当をつけていたようで、


「私たちの置かれている状況と、似ているのかもね」


「――どういうことだよ?」


「わかるでしょ、技術を浸透させるには、長い歳月が必要だってこと。ポンって冴えた技術を持ってきて、さあ使えって言われて、素直に従うわけがない。特に私たちって、まだ子供だし。根強く信頼関係を築いていかないと無理だわ」


「……なるほどね。歴代のカミカクシさんも、大変な思いをしてきたってことか」


 実感をこめて、大木はつぶやいた。

 彼らはずっと、この展開を待ち望んできた。

 だからこそ、今日までたくさんの雑学をその身に詰め込んでいたのだ。すべては異世界で無双するために。――そしてそれは、結実したといっていい。

 だけど、人の心というのは複雑なものだ。新技術を渇望していながら、いざそれを目の前に突き付けると、拒絶反応を起こしてしまう。

 大木樹(オオキイツキ)は腰の砂を払った。

 

「僕はもう帰るよ。実り多かった再開だった。ありがとう、海道さん」


 大木は片手を差し出して、握手を求めてきた。

 俺はその手を握り返した。次に後藤光夫(ゴトウミツオ)が握手を求めてきた瞬間である――

 後藤の手を、ぐいっと引っ張りつつ、俺はハイキックを放った。

 彼の背後の、暗い虚空へと向かって。


 果たして、手ごたえはあった。

 まちがいない。こいつは人の頭部を蹴りぬいた感触だ。こちとら長年、殴る蹴るをやってきたのだ。どさりと下生えに、水の塊が落下するような音が響いた。誰かがダウンしたのだ。

 俺は残身をとりつつも、完全に意識を奪ってやったという感覚があった。俺は倒れた男に近寄り、そいつが身に着けていた黒いマスクを剥いだ。

 年のころは三十代半ばというところだろうか。長い顎髭が印象的な男だ。当然ながら、俺には見覚えがない。


「こいつを識っているか?」


 俺は背後にかばった後藤に訊いてみた。

 彼はぶるぶると震えたまま、首を左右に振った。


「刺客か……面倒な相手だな」


 俺は立ち上がりざま、後藤を大木、森田たちがいる方向へと突き飛ばし、アップライトに構えた。さらにふたりの男が、ものも言わずに襲い掛かってきたからだ。

 暗闇のなか、やつらの手元が殺意にきらめいている。

 月光が刃物に鈍く反射しているのだ。


(素手対短刀か――厄介だな)


 俺は、今日に限ってチュニックしか身にまとっていなかったことを後悔した。いつもの革鎧なら、短い刃物を通すことはなかっただろう。

 急所への致命傷を避けて、ダウンを奪う。きつい試練だが、やるしかなかった。他の連中は戦力にはならない。俺しかいないのだ。

 

 一人目の男は、無邪気に真正面から突いてきた。

 素早い前蹴りで、その短刀を蹴り飛ばした。

 そいつは囮だった。もう一人の男は俺の側面に回りこみ、柄を腹にあて、刃物と共に突進してきた。まずいな。こいつはかなり手練れのやり方だ。こうなれば、刺し違う覚悟で臨むしかない。

 俺は相打ち覚悟で、やつの金的を蹴り上げた。


「うげええええええっ!!」


 果たして、のたうち回っているのは刺客のほうだった。急所を押さえ、泡を吹いている。俺は自分が無傷だった理由が分からず、首をかしげていた。

 不意に、近くの(くさむら)が光を発した。

 さっきまで男が手に持っていた短刀が、地面に突き立っている。


「ありがとうよ」


 俺は虚空へ向かって礼を言った。


(――なに、お安い御用)

 

 闇が、そう応えたような気がした。


『懐かしい顔ぶれ』その6をお届けします。

次話は金曜日を予定しております。

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