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その1

 さらに二ヶ月という時間が経過した。

 この異世界に落ちてから、トータルで三ヶ月だ。

 俺はその間、飽きもせずに黙々と剣技の猛練習をこなし、生活するための簡単なクエストを受けた。ひたすら愚直に、同じような日々を繰り返す。

 とにかく未来のことを考えると、気が重くなるだけだ。

 今できることだけに集中する。

 脳味噌が働く余裕もないほど、肉体を動かす。そうすれば後は、メシを喰ってベッドに横になるだけだ。すると、すぐに世界は暗転する。メイの怒声とともに朝が訪れ、たたき起こされた俺は、柔軟運動からまた次の一日を開始する。思ったほど、悪くねえ毎日だ。


 すると不思議なもので、肉体は慣れていく。最初のうちは這いつくばるように宿に帰還し、メシを喰らったあとは泥のように眠るだけだった俺にも、様々な部分で余裕ができてきた。

 肉体も、それまでうっすらとついていた脂肪が取り除かれ、かなりシェイプされてきた印象がある。この世界には体重計らしきものが見当たらないので、正確な現在のウェイトはわからないが、感覚としては5~6キロぐらいは落ちただろうか。

 

 知らずのうちに失いつつあったものが、戻りつつある。そんな感触がある。

 それは筋肉もそうであるし、精神的なものもそうであった。

 トラックの運転席で、熾火のごとく燻っていた情熱が蘇りつつあった。

 特に、さまざまな技術が身につく感覚は楽しかった。新たな技術である剣技もさることながら、忘れ去りそうになっていた空手や、体内に眠っていた様々な格闘技術が戻ってくる感覚は、ある種の感動すらともなった。

 この世界に娯楽とよべるものは少なかったが、俺にはそんなものなど必要なかった。毎日、やることが無数にあり、俺はそんな日々にひたすら埋没していた。

 まるで無邪気なガキの時分に戻ったようであった。


 練習漬けの毎日が続く、そんなある日のことだった。

 剣の指南役であるロームから、とある酒場に向かうよう、俺は指示を受けた。呼びつけた主は、誰あろう団長ダラムルスだという。

 酒場といっても、俺はそこに足を踏み入れるのは初めてだ。『月影亭』という、いつも使っているギルドの一階の酒場より、けっこう高級そうな店だ。

 俺のような薄汚れた格好の傭兵には、不似合いな店だ。

 

 しばしの逡巡のあと、俺は『月影亭』に足を踏み入れた。吹き抜けの二階の奥の席から、こちらへ手を振る男がいる。あれがダラムルスだろう。

 俺は階段を昇って彼のテーブルに近寄った。遠目からは気づかなかったが、席にはもうひとりの人物が腰を降ろしていた。女性でありながら、白い狼の幹部のひとりに名を連ねる、レミリアだ。

 レミリアは美貌ではあったが、いかにも傭兵らしく肌は常に陽に灼かれて浅黒く、右頬にするどい刀傷が走っている。

 同じ団の一員とはいえ、あまり俺は彼女と会話したことはない。

 俺の戸惑いを見て取ったか、レミリアはちらりと目線をあげて俺を見つめ、


「――早く座ったらどうだ。見下ろされると落ち着かん」


「ああ。これは悪かった」


 俺が空いた椅子に腰を降ろすと、ダラムルスが俺のためにエール酒を頼んだ。妙な沈黙が席を支配している。なんとも落ち着かない雰囲気だ。

 

「――で、団長と幹部が首を並べて、新人に何の話だ?」


 沈黙に堪えかねて、俺は問うた。


「おまえに仕事がある。結構でかい依頼だ」


「へえ――。詳しく聞かせてもらおうか」


「うん、話せば長くなるが――おまえ、この世界の情勢を、どれくらい知っている」


 俺は実のところ、この町以外の事はサッパリ知らねえんだと応えた。下手なごまかしは無用の誤解を生むだけだ。それにこの男ならば悪いようにはするまいという信用もあった。

 俺が素直に自分が「カミカクシ」と呼ばれる異世界人であることを告げると、さすがのダラムルス、レミリアもかなり驚いたようすだったが、


「なるほどな、それならばお前が持つ異質な徒手空拳の技術も、異世界の産物と考えれば合点がいく」


 腑に落ちた、とばかりに大いに頷いた。

 俺は意外だった。ミトズンに聞いた話によれば、この町にカミカクシが現れたのは、今から200年も昔だという。だとすれば、異世界からやって来た男という素っ頓狂な話を信じてもらうのに、かなりの時間が必要になると思っていたが、この連中、あっさりと納得してしまったではないか。


「およそ三ヶ月前、この町にカミカクシが訪れたというのは、一部の連中のちょっとした話題になっていたからな。だから心のどこかに免疫があった。だが、お前がその当人だったとは、思いも寄らなかったがな」


 とは、レミリアの弁だ。

 ダラムルスもにやりと笑って、

 

「――ま、確かにこの町から外に出たこともない住人ならば、驚くべき話だったかもな。だが俺は、もともと各国を股にかける傭兵だった。カミカクシのことも、他の国に滞在していたとき、噂で聞いたことがあったのさ」


 聞けば、俺たちがいるこのアコラは、フランデル王国に属する小さな町のひとつに過ぎないという。

 フランデル王国そのものは、このウィツィガンド大陸では中規模の国家である。北は海に面しており、南には、フランデルと繋がりの深い縁戚関係にあるアナンジティという国家がある。

 この両家の同盟関係は強固であり、また長期に渡っている。もし、どちらかの王家に子供が誕生すれば、間もおかず、すぐに隣国との婚約が成立してしまうという有様であるという。


「――それというのも、すべては左に隣接するゼーヴァ帝国のせいさ」


 ゼーヴァ帝国――。このウィツィガンド大陸でも、抜きんでた軍事力を有する国家であり、破壊帝と呼ばれるディアグルⅢ世のもと、各国に対し強硬な軍事活動を続けている。

 これまでに何度か、ゼーヴァはこのフランデルに侵攻してきたことがあるという。だが、それも本気ではなく、前哨戦規模の戦である。

 世界を識る傭兵、ダラムルスの見たところ、この圧倒的な軍事力を誇るゼーヴァ帝国がもし、フランデル王国侵攻に本腰を入れれば、半年も持たぬだろう、という。

 事情はアナンジティ王国とて同じである。国としての規模はフランデルと大差はなく、さらに両国とも、ゼーヴァ帝国に隣接しているのだ。

 こちらも日々、膨張する帝国の圧力に危機感を抱かないわけがない。

 

「――同じ危機感を有したもの同士であるフランデル、アナンジティ両国家は、血のつながりを濃くし、二国間で鉄の同盟を結ぶ必要があった。ここまでは、わかるな――?」


「ああ、わかる。なかなかタフな話だな。俺はそんな一触即発の危険地帯に足を踏み入れていたってわけか」


 まったくもって、この世界じゃ、タフでなければつとまらない。

 でなければ、森に足を踏み入れた時点で、俺はくたばっていただろうな。


「――で、その話と、今回の仕事は何かの関連があるのか?」


「それが、あるのさ。このアコラの町は比較的平和な場所だが、一歩外に出りゃモンスターや、ギルドからつまはじきにされた野盗の類が出没する。それはボガードも識ってるな?」


「ああ。さすがに三ヶ月もこの町に居ればな」


「今回は、護衛のクエストだ。それも、俺たち『白い狼』をご指名ときた。王都まで賓客を護衛するという任務だが――驚くなよ。依頼主は、かのアルリ・マルローヌ伯だ」


「――誰だ、それは?」


 俺のこの発言に、ふたりは眼をまるくして俺を見つめている。開いた口が塞がらない、といった風情だ。よほど俺は間の抜けた発言をしてしまったらしい。


「ボガード、お前さん、このアコラの町の領主の名前も識らなかったのか」


「そうなのか」


「そうだ。アルリ・マルローヌ伯は、代々の系譜をたどれば王家にも繋がるという、それなりの名家なのさ。だいぶ遠い血のつながりだが、な」


 そこでようやく、俺はいま自分が置かれた状況を理解した。

 今回の仕事は領主からの依頼で、俺もその仕事に一枚噛む、という。

 

「つまり、ダラムルス団長よ、俺は今回、領主からのクエストを担当するのか?」


「私は反対したのだがな――」


 苦い顔つきで、レミリアがダラムルスを横目で睨んでいる。

 それは、そうだ。

 俺はこの傭兵稼業に就いて、まだ三ヶ月程度のペーペーである。

 そんな俺に、ダラムルスはそんな重要な任務を任せようというのだ。


「ちょっと待った。さすがに意味がわからねえ」


 俺は眩暈めまいを感じて、反射的に額に手をやった。

 こいつはなかなか痛烈なジョークだ。だが、ダラムルスは真剣な面持ちだ。


「ボガード、こいつは団長命令なんだ。お前さんはこの領主の娘であり――また近い将来、アナンジティ王家の六男に輿入れする――エメリー・マルローヌお嬢様を護衛しなければならない」

どうにか更新いたしました。

今回ちょっと情報量が多すぎたかなと思いますが…。

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