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その5

 極彩色(ごくさいしき)の花々が、アリーナに咲いていた。

 色とりどりの鮮やかな衣装に身を包んだ女性たちが、華麗にアリーナで舞い踊っている。その衣装は、どちらかといえば中世風というより中華風に見える。

 彼女たちは、脆そうな陶器の球体を天に投げては、それを背面でキャッチしたり、開いた傘の上へ投げて、器用にくるくると回したりしている。いつ落下するか。見ている者が思わず緊張してしまうような、ギリギリの演出に長けた一団だった。


――いよいよ、決勝戦の当日である。


 本来ならば、本日の第一仕合は3位決定戦として、グラハム対マクザクの一戦が行われる予定だった。ところが昨日、アキレスが、マクザクの腕を破壊してしまったため、仕合は消滅――自動的に、グラハムが3位の座を頂戴することになった。

 そのため急遽、この余興が行われているのだ。アクシデントがあったにも関わらず、俺たちには精神を集中するための時間がきちんと与えられているというわけだ。今までと違って、随分といい待遇じゃないか。


 俺は暗い地下控え室で、柔軟運動を行いながら、その刻を待っている。アキレスは両眼を閉じ、静かに瞑想にふけっているが、それはやつの自由だ。

 俺も与えられた自由時間を有意義に使うために、こうして黙々とアップを繰り返している。彼のように、静かに過ごすのは、俺の性に合わない。筋肉を稼働させ、肉体に火を灯し、それを体内へと取り込んでいく。

 

 正直に言って、彼の技をどう凌ぐかという目処は、まったく立っていない。だが、これまでもどうにか工夫と長年の経験で勝ちをもぎ取ってきた。

 今回もそうだ。臆することなく敵と相対せば、勝機はつかめるだろう。そう信じるしかない。


「ボガード、ちょっといいか」


 アキレスが沈黙を破って、俺に声をかけてきた。


「どうした、試合前に―—?」


「俺は今回、全力を以てお前と闘う」


「今までは全力ではなかった、と」


「そうではない。そうではないが、すべての技を出し惜しみせず闘ったというわけではない」


「まだ、奥の手があるということか」


「そういうことだ。だが、今日でいよいよフランデル最強の男が決まる。最早、そんなこともする必要はないだろう。それに、お前には、すべてを出さないと勝てないという気がする」


「奇遇だな、俺もそう思っていた処だ」


 昨日の仕合が終わってから、俺はずっとアキレス戦の対策を考えていた。どうやって奴の技をかわしていくか、その手段をひたすら模索していた。

 この闘技場に到着しても、その解答は得られていない。しかし結局のところ、この男にお見舞いしてやれるのは、俺の持っている引き出し以上のものはない。そう結論づけた。


「恨まないでくれ――」


 ぼそりとつぶやくように、奴は言った。


「どういうことだ」


「お前が手強ければ手強いほど、俺は強い技を使わなければならない。結果、再起不能に追い込むような技を、俺は使ってしまうかもしれん。だが、恨まないでくれるか」


 馬鹿にしているのか? そう思って俺は奴の眼を見た。その瞳の色は真摯そのものだ。彼は間違いなく自分の勝利を確信しているし、俺の身も案じている。それだけ自分の技術に自信があるのだろう。

 

「俺だって、お前を再起不能に負いこむかもしれん。――恨むなよ」


「お互いさまということか」


「そういうことだな」


 俺たちは闘士だ。そして、競技場の門をくぐったときから、互いに覚悟はしているはずだ。

 余計なことを言ったと思ったのだろう。

 彼は立ち上がり、片手を差し出してきた。

 俺が無言でその手を握り返したとき、盛大なファンファーレが鳴り響き、俺たちを呼ぶアナウンスが場内に響き渡った。

 いよいよ、俺たちの仕合が始まるのだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・




 頭上から降り注ぐ太陽が、俺たち二人の影をアリーナに縫い付けていた。この酷薄(こくはく)な審判はいつものように、無窮の蒼空に鎮座したまま、平等に俺たちの肉体を焦がしている。

 今日の王の言葉は、いつもより短かった。


 「闘え――。その行為の果てに勝者が在る」


 それだけだった。それでいいとも思った。 

 朝起きて伸びをするぐらい自然に、おれはアップライトスタイルを取っていた。馬鹿の一つ覚えといわれても仕方ないが、今日だけ特別な構えをしてもしょうがない。俺は自分が習得してきた技術(モノ)を、すべて吐き出すだけだ。


 対するアキレスも構えている。両手を顔の前に突き出し、その構え越しに俺を見つめている。両の拳は、わずかに開いているのが見て取れる。

 それは彼の技術が、掴み・投げに特化しているからだ。ほんのわずかな綻びを見つけたが最後、この男はすかさず極めにくるだろう。

 

 俺はジャブを出さない。ローも出さない。

 ただ無言で、アキレスを見つめている。

 やつの方も、簡単に仕掛けてはこない。

 無言のまま、俺たちは置物のように佇立しているだけだ。ただ刻だけが過ぎていく。観衆から見れば、さぞかし退屈な光景だろうさ。


 水面下では、俺たちは互いに、目に見えぬ攻撃を放っている。俺はすでにフェイントを織り交ぜて、いくつもの打撃を放っている。アキレスもそれを読んで、いくつもの反撃を仕掛けてきている。

 それは目に見えぬだけだ。俺たちは目で牽制しあい、火華散るような攻防を繰り広げているのだ。

 観衆は、動かぬ俺たちにブーイングを漏らす。

 彼らにとっては、眼に見えるものだけが真実なのだろう。地球で行われているキックの大会なら、減点対象になっているかもしれない。だが、このルールでは、勝った方が正義なのだ。


 そう考えていた俺は、ちょっと甘かったのかもしれない。この眼に見えぬ消耗戦に業を煮やしたのは、観衆だけではなかったからだ。

 進行係が声を張り上げる。


「両者、無為な睨み合いをやめ、ただちに攻撃に移ること。――これは王命である」


 王命をちらつかされれば是非もない。

 俺は大きく嘆息してアキレスを見た。奴もまた、吐息を漏らして眼で頷いた。やるしかないということだ。俺は大胆にずいっと足を一歩、踏み出した。

 カウンターを誘ったのだが、奴は微動だにしない。

 打撃の制空圏に入った。俺の主戦場はここだ。もう一歩踏みこめば、今度は掴みの間合いだ。やつの独壇場になる。

 

 俺としては、この間合いでアキレスを仕留めたい。俺はやつの踏みこみに注意を払いながら、挨拶がわりに、右の前蹴りを放った。

 奴は下がらず、ガードを固めて猫背気味に俺の蹴りを受けた。そのまま掴みに発展させようという意図を感じる防御だ。だが、俺の前蹴りはそう舐めたものでもない。

 俺の蹴りと、やつの両手のガードが交錯する。


 奴は蹴りで押し戻されるように、後方へ下がった。効いたか。俺はさらに連続で前蹴りを放つ。今度は直撃の愚を避け、アキレスは横に展開する。

 すかさず左のボディブローを放ってきた。浅い。これを肘で殺しつつ、俺はアキレスの顔面に突きを延ばした。

 当たらない。彼はフットワークで後方へ跳ぶと、タックルのフェイントを交えて左のジャブで突進してきた。マクザクの戦法を利用した巧い手だ。

 

 しかし、俺だって前の仕合は見ている。アキレスにタックルはないことを識っている。フェイントを見切った俺は、彼のジャブの打ち終わりに合わせて左フックを放った。

 ジャブの後、彼はほぼ右ストレートを連続して放つ。正直な打撃だった。彼のストレートより先に、俺の左拳が彼の顔面を捉える――はずだった。


 だが、そうはならなかった。

 アキレスは俺の左フックを、両手で受け止めた。ジャブからのストレートの癖――そいつは、彼が撒いておいた、地雷のひとつだったのだ。

 左腕を慌てて引っ込めようとしたときは、もう遅かった。俺の両足は、すでに地を離れている。やつは俺の腕にぶら下がるように、空中で、俺の左腕を全身で包んでいる。

 

 俺は濁流に呑みこまれる人間のように、必死で藻掻(もが)いた。気付いたときには、俺は背をアリーナにつけ、仰向けに太陽を拝んでいる。

 腕ひしぎ逆十字の状態だった。

 かろうじて、技は完成していない。俺が咄嗟に両手をクラッチしていたからだ。危機一髪だったが、やはり事前に相手の技は見ておくものだ。何も知らずにこの技を食らうのとは雲泥の差だ。

 

 にしても、不利な状況には変わりない。俺は唇を噛んだ。いつぞやのバーダック戦と、似たような状況になっちまった。この腕が伸びきったら仕合終了だが、首の皮一枚繋がっている。

 アキレスもバーダック同様、俺の腕を延ばそうと、ぐいぐいと全体重を後ろへ掛けてくる。それは逆に、おれにとってチャンスでもある。

 俺の組んだ両手を切るべく、全体重を後ろへあずけるため、一度彼は前方へ身を屈しなくてはならない。その瞬間が、俺が反撃を加える好機だ。


 アキレスはわずかに身を起こした。

 俺はもう少し、彼の身体がこちらへ来る瞬間を待った。――しかし、やつはそれすら読んでいたのかもしれない。彼はそれ以上、身を起こしたりはしなかった。

 かわりに、腕を縦に払った。がっちりと左右にフックした俺の両手の、側面を叩いたのだ。両手のフックがスライドした。全力を籠めている俺が驚くほど容易く、両手は離れた。

 まるで魔法を見ているようだった。


 最後の砦の崩壊は、あっけないものだった。

 腕が伸びきり、完璧に腕ひしぎ逆十字が極まっていた。


「――降伏しろ」


 無情なアキレスの通告が響いた。



『強敵乱舞』その5をお届けします。

次話は金曜日を予定しております。

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