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Last day

作者: 神林 醍醐郎

○Last day



一.


空青く晴れ渡る、夏の昼下がり。


吹き入る風がカーテンを揺らす部屋で、一人の青年が読書に耽っていた。


彼は時折手を止めて、滲む涙を拭う。


悲しい物語に、己の境遇を重ね、涙を流し、病んだ心の慰めとする。


その虚しい自慰的な行為が、彼の全てだった。



二.


彼は日々、死を夢見ていた。


労働が苦痛であり、他者との関わりが苦痛であり、


自然との交わりが苦痛である彼にとって、生そのものが苦痛だった。


ただ、眠るようにして、この世界から消えてしまいたい。


それだけが彼の望みだった。



三.


彼が物語を読み終え、その薄い冊子を閉じた時、


一陣の風が部屋に吹き込み、カーテンを膨らませた。


秋風のような冷気に誘われ、青年は窓へと目を向ける。


その先に広がる空の青さに魅入られた彼を、後ろから、二本の腕が抱きしめた。



四.


部屋には、彼しかいないはずだった。


かつて、自分を愛してくれた恋人は、去って久しく、


親しかった友も、壊れた傘のように捨ててしまった。


もはや、彼を抱きしめてくれる者など、この世に一人もいない。


訝しむ青年の耳を、微かな吐息がくすぐった。



「今日が、あなたの最期の日です」



優しい声で語りかけ、背中の気配が遠ざかる。


青年が振り返ると、そこには見知らぬ少女の姿があった。


彼女は洋風の黒い喪服を身に纏っており、その瞳は水銀の色をしていた。



「今日で、最期なのかい」



青年が問うと、喪服の少女は、薄暗い戸口に立って、頷く。


風がカーテンを揺らし、青年の病み疲れた顔に、光がかかる。


彼は力なく微笑み、少女もまた微笑みを返した。



「心待ちにしていたはずなのに、その時が来てみれば、


 やはり、怖ろしいね」



青年は、自らの汗ばむ手を見下ろして、呟く。


そうして、縋るような目つきで、再び少女を見た。



「先延ばしにはできないのかい?」



青年が問うと、少女は彼を見つめたまま、ゆっくりと首を横に振った。



「今日が、あなたの最期の日です」



「そうか。それじゃあ、仕方ないな」



青年は深呼吸をして、戸口で待つ少女の方へと歩き出す。


青年が少女の前に立つと、彼女は、恭しく戸を開き、その先へと彼を促した。



「これで終わり、か」



戸口の先に広がる青い空と青い海を見つめ、青年は呟く。


そうして、青年は、喪服の少女と共に、水面の先へと歩み去った。



二人が去った部屋に、涼やかな夏風が吹き込んで、


横たわる一つの亡骸を、そよそよと愛撫した。




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