辛くて愉快な珍道中 ※小さな焚き火の前で
「お前達の望みはなんじゃ?」
少し空気に緊張が戻る。
「まさか金目当てではなかろうて。」
「ノナーガ区所属の兵に志願します!」
サルはガバッと頭を下げた。チョウとモモもそれに続く。
本来ならば希望の配属先を聞くのだろうが、、
ふむ、、。と髭を撫でて暫しの沈黙の後ノナーガ区長は
「良かろう。わし直属の部下にするかの。」
と言った。
我ながら大胆な大胆な決断をしたとは思う。ノナーガ区長は内心思う。
後ろから金さん銀さんの視線がグサグサと背中に刺さってくるが無視じゃ無視。
金さんは面白い事になったなあという少し楽観めいた色が感じられるからまだ良い。問題は銀さん。《何を勝手にやってんですか?この異様な3人をもっと警戒するべきでしょうが。何かあったらどうするんです。ああ、その時はヤればいいだけか。あん?そん時は邪魔すんじゃねーぞ?髭のジジイ。》
と言う大層物騒な思考がグサグサと手に刺さるように分かって、怖い。
いたっ、、いたたたた、、、痛い。その視線やめてってば。ワシのようなか弱い老人にはもっと優しくするべきだと思うの銀さん。
そんなノナーガ区長の心の叫びなど聞こえない3人は
「「「ありがとうございます!」」」
両手を胸の前に合わせて息も揃った感謝の意を表した。
やったぁ!とは3人の心の叫び。
日の国は周りを海に囲まれた国。ここの人々は豊かな海と山の恵みに感謝し、自分達も自然の一部と考えて山や海の生き物と共に共存していた。また一定の広さごとにその土地の人々から選ばれた長が収めていた。その土地の決まりや作法などもその長が決める権限を持っていたが村人達に横暴な事をして嫌われると性別年齢に関係なく降ろされてしまうので長達はその土地の人々の助けになるよう意見を纏めていた。降ろされると言うのはその土地の人々に嫌われると言う事。長にとってそれは今後生きにくくなる事なので、どの長も真面目に働き、民は感謝し滅多な事で長が変わると言う事は起きなかった。またその土地だけで済まないような事柄は、それを長の中の長、皇様に 伝える。皇はそられらの意見を纏め解決に導くこの国の要であった。
皇様(日の国の長の中の長)◁土地長(日の国の東西南北の地方のそれぞれの長。またの名を四天王)◁区長(四天王の土地を4つに割った内の1つの長)◁町長、村長(その町村の長)◁ババ様、じじ様(地域密着型の医者やお産婆さん等)
と言う具合である。
つまり、その土地の村長や町長達をすっ飛ばして区長の配下になれたという事である。これは破格の待遇だ。
駄目元でも言ってみるものである。
サルの脳内は喜びの舞をする。
「まずは辺境の視察をお願いするかの。こちらも忙しくて、なかなか直接足を運んでいられなくての?その地の長達から報告は受けているんじゃが、、商人とかのフリして抜き打ちで行ってくれんかの。そなた等の顔もみんな知らんし、その方が町や村の様子が良くわかるじゃろ。勿論最後はバラして構わんし、場合によってはすぐでも構わん。準備はこちらでする。どうじゃ?」
髭の爺ノナーガ区長は真面目な顔を崩してニヤリと口角を上げ3人を見渡した。
ーーーーーーーーーーー
その晩、ノナーガ区長からやっと解放された3人はたくさんの戦士が飲んで騒いでいる1番大きな焚き火から少し離れた小さな焚き火の前で遅い晩飯にありついていた。とわいってもたくさんの兵が食えや飲めやを始めてから暫く時が経っていた事で3人の前にそれらの残りが多かったのだが、本人達はそれを気にする風でもなく
「ガツガツ、バクバクくぉれうんめぇ。わへて!」
※訳サル※これうめえ、わけて!
「ガブガブ、ぐびぐびぶぁあ、なひ、ヒフォのホルンしゃへえ!」
※訳モモ※ばか、なに、ひとのとるんじゃねえ!
「モグモグモグモグ、、、、モグモグ、」
※訳チョウ※ひたすらモグモグ
という具合に
嬉々と食べ続けていた。
「なぁ?」
「なんふぁ。」
肉を一心不乱に口に頬張りなりながらもサルに話し掛けられたモモは答えるために声を出した。ちなみに今のは「なんだ?」になる。
飲めや歌えの喧騒が少し離れた所から此方まで聞こえる。騒がしい周りのおかげで此方の会話は此処しか聞こえないし、此方を気にする者もいない。
「モモ兄は記憶喪失なんだろ?」
サルの問いにピクリとモモの口が止まる。
「何が聞きたい?」
いつものぶっきらぼうの声を出して、そしてまた肉にかぶりつく。
ホント分かりやすい。
表情は大して変わらないが良く見ていれば一瞬動きがちぐはぐになったり、視線がズレたり、今回みたいに咀嚼の動作が止まったりする。決して声を出すために止めたのではない。むしろ声を出したのは今の動きを不自然に見せないため。普通の人にはこの違和感は気づかないだろう。
モモと初めて会ったのは、サルの故郷、山の一族の里だ。
あの時、サルは日の国を自分の足で回る修行から帰ってきたばかりの時だった。サルの故郷はとある山の奥深くにひっそりと在る。サルは一人前になるための苦行を無事に果たして、無事に族長でもある実父から成人と宣言してもらった。一族の皆んなからも労いの言葉をかけてもらいお祝いもしてもらった数日後、突然当時はまだ青年と言える若かりしこの大男が現れたのだ。
「俺はモモ!この地を荒らす鬼退治に参上した!貴様らが噂に聞く鬼で間違いないな!貴様らが残虐非道の行いが出来るのは今日此処までだ!覚悟するがいい!!」
とまあ、頭がキーンと痛くなるような大声で里を見渡せる崖の上に仁王立ちになり声高らかに叫んだのだ。
一族の者が違うと言っても
「こんな山奥深くに隠れるように暮らす異色の毛を持つお前達以外に鬼が何処にいる!!噂どおりではないか!俺が平和の為に成敗してくれる!いざ覚悟!」
と話しにならない。
鬼の噂は山の一族も知っていた。曰く鬼とは西の地方にいるのは分かっているが、何処で生活しているのかは誰も知らない。そして同じ人の形をしていながらも何処か違う異形の者だという。
実際、山の一族の里は一族以外の者は知らない極秘事項だ。服装、その他も里内では古い習慣を守っている。外に出るときは勿論、大衆に紛れる格好をするのは付け加えておこう。
山の一族の里へは場所を知っていても生半可な人間では此処には辿り着けないような険しい道無き道を通らなくてはならない。普通の人間なら此処を目指しても間違いなく死ぬ。そんな中を一族の見張りの目を掻い潜り、崖の上で元気一杯叫ぶ彼の方こそサルから見れば異色であったのだが、そこはもう突っ込むまい。モモのオカシサを1つ1つ指摘していたら日が暮れる。それほどまでに時を共に過ごした仲だとサルは自負している。
話しを戻そう。あの時突然現れた勘違い鬼退治野郎は強かった。物凄く強かった。全くの誤解の為一族の者も本気では無かったにしろ軽く5人の男衆が一瞬で吹っ飛ばされた。それを見て此奴はヤバイとサルも冷や汗をかいたし、父親も直ぐに男衆を下がらせた。その判断は正しい。おかげで自分が苦労する事になったけれど。
結局、里の中でも腕のある者と族長家族の父親と里にいる長兄と次兄、そして自分も駆り出されての大捕物になってしまった。たった1人の青年の為に。なにしろモモは馬鹿力なのだ。怪力と言う単語はこの男の為だけに有るのだと言っても良いだろう。拳を叩きつけただけで後ろの大木が倒れた時は避けたものの死ぬかと思った。いや、気紛れに受け身を取っていたら死んでいた。もう一度言おう。拳で大木が倒れたのだ。縄で縛っても フンっ! の一言でブチブチ千切れた。人じゃないのはお前だ!!とあの時から自分はモモにツッコミをかましていたような気がする。最終的に里1番の医者で人体に詳しい、怒らせると父より怖い里の眠れる獅子、実母に両足の腱でも切って貰おうかと本気で案が出るまでに強かった。そうならなかったのはモモがはてと首を傾げて動きを止めたからだ。
「鬼とは言葉は使わないと聞いていたがお前達は話せるのか?
ならまずちゃんと会話しなければ。」
《今更かよ!!!》
正直その申し出は有り難かたい。しかし無理だとは分かっていてもその頭を叩きたい衝動に駆られたのはきっとサルだけでは無かったとはずだ。そもそも鬼が出るのは西の地方。此処は西の地方ですらない。
「力による主張は最後の手段で、まずはお互いにしっかり話す事が大事。会話こそ真理。戦いとは最たる悪手である。これババ様とキビとの約束。」
とブツブツ言ってその場にドカリとアグラで座った怪力青年に父、兄達、自分は一生懸命説明したのであった。
彼は力こそ男数人分も有る強者だがオツムの方は弱かった。そこで成人ホヤホヤの自分が教育係として充てがわれ、それからずっと一緒に行動を共にしている。幸い読み書き計算は出来たので主に商人のふりして国に点在している一族の者と連絡をとる旅をしていた。そこで分かった事がいくつか有る。まず彼は馬鹿だが頭は良い。矛盾しているかも知れないが要は彼は物事を知らな過ぎたのだ。オツムは弱いものの頭の回転が遅いわけではない。自分の事を滅多に話さない彼から漸く引き出した情報は記憶喪失だという事のみ。あれから早三年。共に行動をしている間もズンズン背が伸びますますムキムキになったものの、心は少年の様に純粋なモモにサルはどんどん惹かれた。モモの名の後ろに兄を付けるのも自分が勝手に言い出した。モモの記憶を戻す手助けをしたいと最初に思ったのはいつだったか。本人が全く言わないのなら、今日は少し突っ込んで聞いてみようとサルは思った。
「1番古い記憶って何?」
チョウには此方の会話は聞こえているはずだ。何しろ隣にいるのだから。それでも此方に視線すら寄こさずに黙々と食べ続けているのには素直に感嘆する。単に空気を読んでくれているのかも知れないが、基本チョウは他人に対しての興味が薄い。今はそれを有り難くサルは受け取る。
「水だな。」
「水?」
つい聞き返してしまった。記憶喪失から今の意識を覚醒させたとしたら、その瞬間の記憶はその時の風景だとか場所だとかもしくは人などを期待していたからだ。水とはいったいどんな水なのか?
雨が降っていたのか?湖を見ていたのか?誰かに水を飲ませて貰ったのか?それとも水を掛けられたのか?
しかしモモはもう寝ると告げて立ち上がってしまった。
「うわ!」
そしてサルの頭をクシャクシャ掻き回す。
「俺の事は後回しで良いんだ。まずはチョウの探し人を見つけてやろう。な?」
チョウは自称、流離いの旅医者だ。自称というのはサルはそれを信じていないから。医者の母を持つサルには、チョウの治療法は腑に落ちないし、チョウの戦い方、細かくいうと飛び道具も謎だらけだ。しかし、謎だらけだからといって悪人ではない。むしろ善人だ。今まで彼女は何人の命を救ってきたのだろう。いや何十人、何百人かも知れない。彼女がとある村を救った時、モモとサルもそこに居たが彼女の覚悟は本物だった。その時の彼女を見れば疑う気持ちは微塵も今後も起きないだろう。自分と関係のない偶々そこで数日居合わせただけの彼女が命をかけて人々を守る。まるで聖母の如き御心である。そんな彼女は生き別れた恋人を探しているという。相手はモモに似ているとか。その可愛らしい顔を隠し男装するのは身を守る為だけじゃなく異性からの求婚などを避ける為とサルは推測している。チョウはサルとモモ、2人の命の恩人だ。サルはその素顔を見た時からチョウのことが好きになったがそれを差し引いても恩人の力にはなりたいと思っている。モモも好きかどうかは置いておいて、同じ気持ちだろう。
「ちょっ、、!やめっ、、!痛いから!モモ兄の力強くて首がイタイ!」
騒ぐサルを上から見下ろすようにモモは視線を合わせ フッと笑う。
「ありがとな。」
、、、っ!!?
こんな穏やかな嬉しそうなモモの笑顔は初めてじゃないだろうか?サルは一瞬言葉に詰まるのも仕方ないと自分に弁明する。
「おやすみ。」
「おやすみ。」
モモはそのまま立ち去ってしまった。
「おやすみ。」
サルはチョウの後にその背中に遅れながらも声を掛けたが、彼の耳に届いたかは分からなかった。
チョウもフラリと天幕に戻ったがサルはボーッと月を見ていた。
最後に礼を言ったという事は、サルの気持ちに気付いているという事だ。
チクショウ!なんでもない風を装ってさり気なく聞いて見たのに!自分の気持ちがダダ漏れだったって事じゃねーか!恥ずかしい!
脳内では1人激しく悶えていた。
そして相変わらず周りの喧騒は明るかった。