勇者トウカ、楽園より故郷へ帰る
うーん、思いっきりやってしまったよ。飛竜が落ちていくのを見て止めを刺さなければと焦ったばかりに、院長が叫んでいるのも聞かずに全力で雷の魔法を使ってしまった。その結果はというと、塔も含めて周辺が焼け焦げてます。
「こ、これ、どうしましょ? 私が直さないとダメですよね!?」
「そうですね~、トウカさんにここに残って頂いて、塔を修復してもらうのは魅力的ですが、あの飛竜が襲撃している時点で、もう取り壊す事を考えてましたからねぇ、貴重な遺物や記録を焼失させたのならともかく、建物なら気にしなくていいですよ」
「本当ですか? 信じますよ?」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ」
院長の受け答えが怪しい、塔の無残な姿を見て目の焦点が合ってないよ!
さすがにあの雷の魔法は、この国中から見えてたそうで、あちこちから色々な人々が確認に来た。塔の傍には焼き焦げて、大きな穴が開いてはいる、皆が恐らく見たこと無いはずの大きな飛竜、それを見てさすがに驚いてた。
あの後、院長と二人で後片付けをしてたんだけど、多くの人が向かっているのが分かって、このままじゃいけないと二人で相談した。私の存在を……公表するのは控えて、あの惨状は飛竜との戦いで起きたものだと院長が説明する事にした。
「ええ、それはもう凄い攻防でした。私と飛竜の死闘を見せたかったですねぇ、私が試作武器で攻撃すれば、飛竜は口から炎を吐き、雷を降らせ、辺り一面に毒まで撒いてましたよ。まぁこれでも、魔法は得意な方でして、何とか倒せましたけどね」
うわ……、ちょっと引くけど、これでいいんだよね? 私が活躍したとは言えずに院長がほとんど一人で討伐したという事で話をつけた。クロニウス砦の人は分かると思うけど、もうすぐ帰る私の存在は出来るだけ隠した方がいいよね。
人々に囲まれて、頑張って武勇伝を語っている院長に心の中で詫びて、私はここから離れる準備をしてた。ここより南へ、タルシス山を挟んだ向こうに海に面した大きな街があるそうで、アランさんが教えてくれた名前は確か『ユートピア』。
院長が帰る前にせめてそこを見ていって欲しいと言われたので、最後くらいゆっくりしようかと、その提案に乗った。何でも英雄たちがこの大陸にたどり着いた最初の場所で、この国で一番発展した街らしい。
まだまだ終わらない話し合いをしている院長に、聞こえないと思うけど遠くから別れの挨拶をする。色々困った人だったけれど、私の事を考えてくれてたもんね。そんな事を考えていたら院長と目が合う。口だけで挨拶して手を振った。
エセルバート・ダンヴィル様、ありがとうございました……。
●〇●〇●〇●〇
院長に用意してもらった馬車に乗り、ユートピアの城郭都市を目指す。そこまでは大体六日ぐらいで行けるらしい。今、この馬車は御者の人を入れて六名。その中には飛竜との戦いを遠くから見てた人もいるようで、話題に欠かなかった。
塔の方を見たら、デカイ首長蝙蝠が飛んでたとか、羽根の付いた蜥蜴だとか、塔の関係者から聞いた話だと飛竜と言うんだとか、それはもうにぎやかだった。私にも話が飛んで来てどうだった? やっぱり院長が倒したのか? とか聞かれたので少し誇張しておいた。
「ええ! 魔道院院長のダンヴィル様が自ら作った武器を使って、炎を吹かれても雷を落とされても物ともせず、最後にはあの魔獣、飛竜と言うらしいですけど、その胴体に大穴を開けて、最後には炎で燃やしたんですよ!」
「やっぱりすごいなぁ! さすが中央の偉い方だけはあるな!」
「てぇしたもんだ! あんなバケモノ、俺だったら逃げるので精一杯だぞ」
──院長、スイマセン、後は頼みます。
それから五日後、潮の香りが漂って来ていた。あの高い壁が目的の街、ユートピアなんだろう、それにしても『理想郷』なんて、変わった名前が付いてるね。一番最初の旧い街らしいから、ここを作った時に願いを込めて作ったのかも知れないね。
高い壁があっても、現在は別に防衛として使っている訳では無いらしい。それこそ大昔の戦いの時に、橋頭堡として作られた街がそのままの形で現在まで残されているだけとか。門はあっても開いたまま、門番らしい人も居ない。
馬車はそのまま街に入って行き、中央の広場で下車して別れた。街自体はチェリニーとかキンメリアの街より大きくて二倍弱だと思う広さだった。街は活気に満ち溢れ、中央から東に向かって露店が数多く並んでいる。
多分、豊かな街なんだろうと思う。人々の表情は明るいし、人通りも多い。皆が楽しそうに見える。ただ、ある一点を除いては。
この街の南側に当たる壁一面、ここ中央の広場から見てもその異質さが分かるくらいの大きな壁、先程入ってきた壁よりも二倍以上、もしかすると三倍はあるかも知れない。この大陸に来た時は南から来たはずなのに、何故か南側に高い壁を作っていた。
それでも軍の人や兵隊が警備している訳じゃなくて、誰でも自由に登っていいみたい。現に壁の上には人影が見えて、何人かが景色を眺めている。私は露店巡りでもしようかと思っていたのだけれど、何となくその壁を登ってみたくなり、そちらへ向かった。
海に面しているのなら、漁業でも海運業でも営んでいても不思議じゃない。普通なら港になっていると思う。それが門どころか、その壁には出入り口さえ見えなかった。壁の側面にある階段を登っていく。
他の人たちはまるで観光地に来たみたいに楽しそうに行き来していた。街の人たち、この国の人たちは当たり前に思っているのかも知れない。そんな事を思いながら壁を登った。そして上に辿り付き、そこから海の方を見た。
そこから見えたのは人工的に作られたような岸壁で囲まれた湾だった。ちょうどこの壁の部分で塞いでいるように見える海の玄関。これでは外から船で来ても上陸出来ないだろうと思えた。
ああ……、今まで壊してきた英雄の遺物である魔石の壁、そこからの思いを汲み取ればこれは外の者との断絶だ。おそらくこの海の向こうにある国と、二度と交わる事は無いという決意の表れ。
今の人たちには、その意味も当時の英雄たちの気持ちも分からないだろうけど、それ程までに強く激しい思いだったのかと、私は今更ながら改めて認識した。私にはこれ以上はどうにも出来ないと思う。
もしかして、何百、何千年と時間が経ったのなら、知らない者同士で交流が持てるかも知れないけれど、それは私の仕事じゃない。もしかしたら院長は昔の記録を調べながら、英雄たちの思いを感じ取ったかも知れない。
いつかは忘れ去られていくその思いを、現在の勇者である私に知っておいて欲しかったのかも。海のずっと向こうに見える白い波で出来た線を見ながら、ここでの最後の時を過ごした。




