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勇者がお手伝い  作者: こたつねこ
オフィスレディ、迷う
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オフィスレディ、海水浴で人生に迷う Side B

 『大爪』が近隣に出没すると聞いて、俺は森を巡回していた。

 

 ただの熊だと思って、あれを狩りに出た数人の狩人が殺られたのだ。狩人達が使う『魔石弓』ではとても戦える相手ではないだろう。そこで国の猟兵の俺が呼ばれた。『大爪』と聞いて、仲間が一緒に付いてこようとしたが断った。

 目の前にでも出会わなければ、この『長針弓』で仕留め損なう相手でもない。弾は四発ずつしか装填出来ないが、問題ないだろう。前に同じ相手に狩りをして経験も積んでいるし、それでも駄目なら『軍用片手半剣』も有る。

 これが『牙付』や『角付』ならもっと手早く狩れるんだがな。話に聞いていた場所付近を爪痕や足あと、糞などに注意しながら探す。下草が生い茂っている場所は危険なので、余計に気をつけている。

 

 ──ふと気がつくと、辺りに違和感を覚える。何かの圧力を感じた。

 

「これは……、魔石洞窟で感じたような、魔力の高まり?」


 こんな場所に魔石の岩場があるという話なんて聞いた事が無い。でも、もしかするとこれが原因だろうか? だとしたら、これは良くない状況だぞ、このままにしておけば他の『大爪』や『青縞大虎』がでて来る可能性がある。

 俺はその圧力が高まる方向へ向かった。見た目は特に変化は見当たらないが、胸騒ぎがする。『大爪』の事もあるし、気を引き締めて進む。しばらくすると、今まで感じていた、その圧力が急に消え去った。

 

「何だ? 一体どうなっている」


 それでもさっきまで感じていた場所へ向かって進んでいると、空が暗くなった気がした。雨でも降って来るのかと、舌打ち混じりに天を仰ぎ見る。しかし、空にはほとんど雲なんて見えない。

 あるのは空の一点に小さく、それでもはっきりとした雲。そこから白い沢山の糸のような物が落ちてくる。うん? ……雨だな、と思う。雨を振らせる!? その事実に驚いていると、すぐ傍で獣の気配がした。

 

「ちぃっ!」


 長針弓じゃ間に合わない! 左手で腰から軍用剣を抜き放ち、咄嗟に振るった。

 ガキッ! ──ちょうど俺を爪で薙ぎ払おうとしてる途中の『大爪』の片手と俺の軍用剣がぶつかり合って、爪は防ぐことが出来たが、同時に俺の剣も弾き飛ばされてしまった。

 俺は瞬時に後ろへ飛び退き、木々を盾に後退する。すると目の前には『大爪』の逆側の爪が通り過ぎるところだった。木が無かったら頭を吹き飛ばされていたかも知れない。

 

 少し焦ったが、俺は下がりながら射程距離は測る。せめて二発撃てる距離が欲しい。一発撃っても即死させなければ俺が『火の星』に送られる。

 『大爪』の野郎、その図体の割には案外小回りが効いて距離が離せない。俺は焦燥感に駆られながらも、下草で足を踏み外さないように下がり続けた。

 少しずつ近づいている『大爪』、もう一か八かで撃つしかないと、長針弓を向けた時、近くで急に黒い壁が立ち上がった。

 

「なっ!?」


 驚いたのは俺だけじゃない。『大爪』も横に現れた壁に顔を向けて立ち止まる。


 バシュッ! バシュッ!


 その隙を見た俺は、引金を引き、胸と頭に一発ずつ叩き込んだ。もしこの武器の特殊針じゃなかったら、土の魔力の強い『大爪』には効かなかっただろう。針はそのまま分厚い頭蓋骨と筋肉と脂肪の厚い胸板に深く突き立った。

 『大爪』は特に身動きせず、ゆっくりと崩れ落ちる。本当なら止めの確認に軍用剣を使うところなんだが、残念ながら落としてしまった。針がもったいないが、念のためにもう一発、目を狙って撃っておく。

 いくら貫通力が高い特殊針でも当たる角度が悪いと弾かれる。倒したと思って近寄ったら、反撃が来たなんて良くある話だ。動かない『大爪』の死骸を確認してから大きく息を吐いて、ようやく人心地ついた。

 

 気がつくと長針弓を持つ手が震えてる。さすがに今のは危なかったなぁ。仲間に来なくていいと言っておきながらこれだ。もし殺られていたら、皆に笑われていた事だろう。今回の事は黙っていようと心の中で誓う。

 

 ──そういえば先程の壁、あれは一体何だ? いきなり立ち上がって驚いた。一応あれに助けられた形にはなったが、その前の変な雨? あれが無かったら、そもそもこんな危険な目には会わなかったはずだ。


 壁が立ち上がったと思われる方向を見ると、もう何も無い。とりあえず注意して進むと壁は無いが、その付近に足あとが残っていた。うん? ずいぶん無警戒なんだな? でもここに誰か居たのは間違いない。

 足あとの様子から……、変な足あとだな。靴裏がこう、波型? の模様で、大きさから女物の履物だと分かる。女性? こんな場所に?


 俺は常識を外れた事態に悩んだ。雨、壁、そして女性? なんだこれは。とりあえず考えるのは止めた。悩まないようにして、その正体を探す。

 少し進んでいると『大爪』に出会った場所に近づいているのが分かった。俺はあそこで軍用剣を落としたんだったな。ついでに拾っておくか、と前を見ると誰かが居て、俺が落とした軍用剣を持っている。

 

 不味いな、民間人、それも女性に軍用剣を拾われたなんて知られたら、仲間に馬鹿にされてしまう。しょうがない。ちょっと驚かして、剣を引き渡してもらおう。

 

「おいお前、ここで何をしてる……!?」


 その人物の身長は普通の女性より少し低い、髪は明るい茶色、目は驚いた事に黒色、まるで警戒心の無い顔、そして何より着ている物が、下着だけだと!? 何だあの恥ずかしい格好は、それにあの顔立ち、もしかして、この国の者じゃない?


 びっくりした顔のその女性は、持っていた剣を落としそうになって慌てていた。しかし、万が一それで切り付けて来ないとも限らない。他に武器になるような物は持っていないが、先程の雨や壁が気になる。慎重に対応しなければならない。

 

「お前が持っている剣は俺が落とした物だ。返してもらおうか」


 そう言って何気なく長針弓を向けると、女性はきゃあ! と甲高い悲鳴を上げながら、剣を頭の上に持ったまま、しゃがみ込んでしまった。

 ……いくら見知らぬ者とは言え、女性に武器を向けるべきではなかった。心の中で反省をしながら、少し柔らかい声を心がけて話しかけた。

 

「貴女が持っている剣は俺が落とした物なんだ。返して貰えるかい?」


 俺の言葉が通じたのか、しゃがんでいた女性はちょっと顔を上げて、ゆっくり立ち上がり、剣を……俺に向けて!? それに気付いたのか、慌てて剣身の方を恐々と掴んで俺に両手で差し出した。うん、敵対するという感じじゃないね。

 その差し出された剣を受け取り、怖がらせないように左手で腰の鞘に戻した。

 

 ──あれ? 長針弓を向けた時、驚いたって事は、この武器の意味を理解してたという事だよな? この国の者にも見えないし、何者なんだ?

 

「俺の名前はアラン、良かったら貴女の名前を聞かせてもらえるかい?」

「我の名は『トウカ』、『トウカ・サツキ』と言う」 


 む? その話し方、どこぞの貴族か? だけどサツキなんて聞いた事は無いが。


「トウカ……、トウカはどこから来たんだい?」

「シロサキ、チバのシロサキ」

「チッバ? シロサッキ? 君の国はどこなの?」

「ニホン」

「ニホンム?」


 全然分からん、北の山々を超えた者……北の蛮族の娘とか? 下着みたいな恥ずかしい変わった格好をしてるし、でも何も持たずに?

 うーん、とりあえず、俺たちの砦に連れて行って調べてみないとだなぁ。でも、そのままの格好だとこっちが恥ずかしいから、持っていた外套を一枚トウカに着せてやった。

 

「すまん、礼を言う」

 

 恥ずかしそうに、それでいて何故か変な言葉使いで礼を言うトウカに、俺は何だか妙な気持ちになった。

 

 

 

 

作中に出てくる『長針弓』はSPP-1Mと言う拳銃をイメージして書いております。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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