オフィスレディ、地下迷宮で迷う Side B
魔石洞窟の手前、隊員たちに必要事項を伝え、四人ずつ、五つの班に分けた。残りの三人に馬車、食料、他の荷物の見張りを任せ、俺の班にトウカを入れて三番目に洞窟に潜入する。
……本当は後ろよりの襲撃に備えて、俺がトウカの後ろを歩くのが本来なら正しいのだが、諸事情により一番後ろを歩かせた。何故か他の隊員も嫌がった。
この魔石洞窟は、以前は魔石を掘り出す鉱床で、山の麓から上に向かって掘り進んでいたために、地下への昇降器が無い。掘り出した鉱物は荷台に乗せてしまえば入り口まで戻るのは下りだけで楽だったからである。
ある程度の高さの魔石を掘り尽すと上へ、また掘り尽すと上へと坑道が向かっている。それでもかなり奥まで坑道が続いていて、一番下の入り口がある階層は洞窟の中でも移動が最も困難な場所である。
トウカは最初は恐る恐る付いて来ていたが、少し余裕が出来たのか、頻りに辺り見回していた。こんな場所は珍しいんだろうなと思う。それでも遅れてはぐれないようにして欲しいものだ。
ある曲がり角に来て後ろを振り返る。トウカが慌てて付いて来る。まあ、この照明の明かりがあるから、少しくらいなら遅れたって分かるだろう。それにいくら複雑な坑道だからって、そこまで強い魔獣も居ない。
少し歩いて、分岐点まできたらまた振り替える。トウカは問題無く付いて来ている。あの格好で無かった良かったのに、そう思わずいられない。トウカが歩くと上着の裾が捲れ上がって……うん、やっぱり一番後ろに居てもらわないとだな。
「隊長……、少し変じゃありませんか?」
「な、何がだ? 俺は別に何も気にしてないぞ?」
「は? いえ、洞窟の内部が前に来た時と違っていて、何かが変わっていると言いますか」
「あ? こほん、ちょっと待て、よく調べてみる」
しばらく歩くと隊員が辺りを見ながら俺に言ってきた。息を深く吸って吐く、よし落ち着いた。隊員と同じ様に辺りを見回す。特に変わった所は無い様に見える。
いや違う。どこか……いつもより内部が明るいような……。
「隊長、アレ、壁の石が光ってないですか?」
「照明の明かりで気が付きにくかったが、確かに光って見えるな。ここだけじゃなくて坑道全体がいつもより明るい感じだ。ちょっと照明を消してみろ」
先頭で照明を持ってた隊員が明かりを落とした。それほど多くではないが、辺りの壁の数ヶ所に、ちょうど照明に似た色の光が壁の石から発している。照明の魔道具に使われている石は、小さい雷の特殊加工された物だと聞いたが。
近づいて、良く見てみると照明とはちょっとだけ色が違うようだ。試しに石を突いてみても痺れるとか、特に影響も無い。ただ光っているだけか……。
「た、隊長」
「うん? 何だ」
後ろを振り返ると慌てた顔の隊員二人。魔獣が出た訳でも無いな。何だろう?
──トウカが居ない。
「トウカはどこ行った!?」
「隊長が見てたんじゃないですか!」
「そ、そうだな、しかたない、少し戻るぞ」
慌てて三人で今来た道を引き返す。
魔石洞窟と言っても元は人が掘ったもの、複雑ではあるが人を迷わせる為に作られた訳じゃ無い。真っ直ぐ進めば終いには行き止まりに突き当たるし、今来た道の壁を伝っていけば入り口に戻れる。大丈夫だ。たぶん。
「さっきの光る石を目印に別の場所に行ったんでは?」
ありうる。それに先程、一時的とは言え、照明を消してしまったからなぁ。不味い。トウカが俺たちから逃げる……事は無いだろうが、一応勇者として、または参考人として身柄を預かっているのだ。何かあったら、ただでは済まない。
くっそぅ、恥ずかしいからと言って、後ろを歩かせるのでは無かった。いや、今度、紐を結び付けておけばいいな、うん。混乱してて何か自分が間違ったことを考えてる気がしないでもないが、今はトウカを見つめるのが先だ。
「隊長! その左の通路から洞窟アリが出て来ました! 何だか逃げている様子」
「洞窟アリが? うーん、よし! そちらへ行ってみるか」
洞窟アリは人が作った坑道に紛れ込む虫だが、特に刺激しなければその内自分の住処へ戻って行く。逃げて来たって事は、そちらに脅威と感じた何かがあった証拠である。魔獣か、それとも……
いた! トウカが左手に軍用剣を握ったまま、固まっている。
「大丈夫か!?」
「あ、アランさん? 今そこにおっきなアリが……」
「あれはこちらから攻撃しなれば襲って来ない。良く刺激しなかったな」
「びっくりして固まっちゃいました。こわかったぁ」
地面にペタリと座り込むトウカ。うーん、はぐれたのを気が付かなくて申し訳無い。でも無事で良かった。手を取り、トウカを立ち上がらせて偵察を再開する。もちろんトウカは俺の前を歩かせる。
……やっぱり、ちょっと恥ずかしいな。
●〇●〇●〇●〇
トウカに壁の石が光っているから、間違ってはぐれ無い様に注意した。隊員二人が俺を白い目で見てる。お前たちの言いたい事は分かってる。しかし、隊長はそう簡単に謝ってはならないのだ。
その後、今の階層で、少なくとも俺たちが今進んだ範囲では他には異常は見られなかった。洞窟アリや大ムカデ、それにネズミくらいが出てきたくらいだった。しかし、あの壁にある石が光ってる理由が分からない。
他の場所に進んだ班の報告を聞いてみなくては。それにしてもトウカが虫が苦手とは思わなかった。あれで身がすくんでいては『大顎』や『千脚』が出たらどうなるか分からない。今の内に説明しておくか。
「トウカ、先程アリを見たよな」
「は、はい、大きかったですねー」
「あれは魔獣じゃないからな?」
「そうですかー、アリの魔獣は居ないんですね? ほっとしました」
「魔獣はもっと大きくて危険だ。それに『千脚』ってムカデの魔獣も居るから気をつけるんだぞ?」
「……」
「おいトウカ? どうした? トウカしっかりしろ! ……気絶してる」
「アラン隊長、言い方が悪いですよ……」
こんな坑道の途中で気絶したトウカ。隊員の言うようにこんな場所で説明するんじゃなかった。昼食時にでも言うんだった。
トウカが意識を取り戻すまでしばらくその場に留まり、それから一旦集合するために入り口まで戻る。トウカはフラフラしているが、大丈夫だろうか? しばらくぶつぶつ言っているトウカを注意深く見守り、俺たちが一番最後に戻った。
「そちらは何か変わったことは無かったか?」
「特には、ただ壁のあちこちで石が光っていたんだ。あれは多分、屑魔石だと思うが、何で光っているのか分からなかった」
「カールの所もか、俺たちの場所でも光っててなぁ、おかげでトウカとはぐれてしまったぞ」
「……お前、トウカを一番後ろで歩かせていただろ?」
「あー、うん、その通りだ」
「気持ちは分かるが、それじゃあ、はぐれるのも当たり前だろ」
「うむ、そうだな、反省してる」
カールには分かってしまうか。
それから昼食の時間、トウカが炊事係の者に聞きながら料理の手伝いをしているのが目に入った。あの姿を見れば危険な仕事は止めて、町娘のように戦いとは縁の無い生活をして欲しいが、勇者の役を押し付けられて気の毒とは思う。
その後、昼食休憩が終わると人員交換、必要物資の確認、武器の再点検をして再び洞窟に潜った。洞窟には正確には階層と言う物は無いが、入り口の階層を一階層として、今回はその一階層の偵察が終わり、砦に帰還する。
トウカの虫が苦手という報告に、レナード隊長はどう思うのだろう?




