1-5 来訪者
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グズネイとの会話を終えたランは、納入したバイネの石の代金を受け取り、足早に王宮を去った。しばらく歩いて店の前にたどり着くと、何やら店の中から香しい匂いが漏れ出ている。窓の外から覗き込んでみると、マフィが台所に立って、何やら料理を作っていた。
「おかえりなさい。……なんか、浮かない顔ですね」
マフィは帰宅したランの顔を見て、不思議そうにそういった。どうやら自分が出かけているうちに彼女の機嫌が直ったらしい――ランはそう思って、少しだけほっとした。
「面倒な依頼が来てしまってさ」
「面倒な依頼ですか? 面倒じゃなかった依頼があったためしがありませんでしたけれど。……あ、ランは昼食はどうします?食べるんなら、追加で作ってしまいますけれど」
「よろしく」
ランはそういうと、部屋の隅のソファーに四肢を投げ出して、大きなあくびをした。
ランはマフィの作った料理を食べながら、先ほど王宮で国王グズネイと交わした話を打ち明けた。ランの想定した通り、マフィはかなり渋い表情を浮かべた。
「そんな大きなバイネの石、ここらへんじゃ見つからないと思いますけど?」
「君もそう思うだろう? だから僕は正直にそういったんだ。けれど、人の手が入っていない山奥とかになら、巨大な星片石が埋まってるかもしれないってさ。まあ。確かにそりゃあそうなんだが……」
そもそもなぜ<星攫い>が、わざわざ船で沖に出て星片石を集めているのかといえば、地表にあった星片石はもう殆ど取りつくしてしまったという経緯があるためである。ランの祖父の時代には、この地方はまだまだ開拓されていない場所がたくさんあり、地表にも多くの星片石が残っていた。けれども街が発展し、バイネの石の需要が日に日に高まっていくと、目に入るところの星片石は全て回収され、バイネの石の精錬に使い切ってしまったのだ。だから現在は、星片石を集めるには海底を探すか、山奥を探すかの実質的に二択になっている。
「それで、依頼を引き受けてしまったのでしょう。どうするんです? 旅にでも出るんですか」
「うーん……」
ランは心底嫌そうな顔をして唸った。
「冗談でなしに、そうなりそうだよ。ここから少し離れたユドンという所に、人がほとんど訪れない森林地帯があるそうなんだ。とりあえずそこに行ってみて、勝算があるかどうかだけ確認してこようと思っているんだけど……」
「……その間、この店はどうするんです?」
マフィは目を細めてランの方を睨んだ。
「それなんだが……まあ、たぶん、そんなにはかからないと思うから、僕がいない間の店番を君に頼みたいと思っているんだが……」
「はあー……」
マフィはやれやれと首を振り、あきれた表情で窓の外を見た。
「悪いとは思ってるんだ、マフィ。お願いするよ」
「別にいいですよ、別に。どうせ私は暇ですからね。……せっかく他所に出かけるのなら、美味しいお土産でも買ってきてくださいよ?」
マフィはゆっくりと立ち上がり、二人分の食器をもって台所の方へ行ってしまった。ランは再びソファの上に寝っ転がり、王から渡された王宮の設計図をぼんやり眺めた。新しい王宮を建設するのに必要なバイネの石は、見立てによれば一メートル四方もの巨大なものだ。普段十センチの結晶を作るのにもヒイヒイ言っているランにとっては絶望感の溢れる仕事である。
「まあ、急ぎの仕事でないというのが唯一の救いではあるが……」
ランは呟くようにそう言った。その時、店の玄関をノックする音が彼の耳に届いた。
「すみませーん、王宮から来たんですけどもー」
ノックに引き続いて、女の子の声がした。
「はいはい、今出ますよ」
ランは気だるい体に鞭を打って立ち上がり、玄関のところまで歩いて行った。入口の重い扉を開けると、そこには役人に特有の緑色の上着を着た女の子が一人、笑顔を浮かべて立っていた。
「はじめまして! 私、ファン・リーベリーと申します。王宮からの命令で、バイネの石探しに同行させていただくことになりました。よろしくお願いします!」
困惑顔のランに向かって、ファンと名乗る女の子は深々と頭を下げた。彼女の髪を束ねている橙色の髪留めが、日の光を浴びて眩しく輝いていた。