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第三首 花の色は

投稿する話の句は、百人一首の順番通りではありません。思い付いた話の句から、随時投稿していきます。

【小野小町】

花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に

                          

==============================================


「後悔、していますか」

 目の前の男は、頭からすっぽりと黒いフードをかぶっていた。その影に隠れ、男の表情はいま一つ読み取れない。

「していない、って言ったら、嘘になるのかもしれないわ」

「はは。正直なことは良いことですよ」

 こんな男に言われても、嬉しくはなかった。時恵(ときえ)は思わず顔をしかめる。

「タイム・イズ・マネー、という言葉がありますね。時は金なり。人の欲が尽きない金と同等に、時間もまた価値のあるものだといいます」

 男は、長い足をゆっくりと動かしながら、時恵の前を行ったり来たりしている。まるで、授業中に教室を歩き回る教師のように。その口調も、どこか人に教えを説く者のそれにも聞こえた。

「時が解決してくれる、という常套句もありますし、人の噂も七十五日、ということわざもあります。時が立てば問題は解決する。確かに、そういうこともあるでしょう。しかし同時に、時間とは時として残酷な一面を見せる場合があります――あなたは、こんな歌をご存知ですか」

「どんな歌ですか」

 黒いフードの男は、右手の人差し指をぴん、と立てた。白く長いその指は、どこか骸骨を思わせるくらいほっそりとしている。

「かの有名な、小野小町という歌人の詠んだ歌です。花の色は、移りにけりな、いたづらに、我が身世にふる、ながめせし間に」

「どういう意味なんですか」

「美しく咲き誇っていた桜の花も、虚しく色あせてしまった。降り続く長雨でぼんやりと時間をつぶしているうちに。それはちょうど、かつては絶世の美女と呼ばれた私がすっかり老け込んでしまったように。恋だの愛だの、世間のことに気をとられてしまっているうちに」

「それは、要するに私のことを言っているのですか」

「おやおや。そんなに睨まないでくださいよ。何もあなただけじゃないでしょう。世の女性のいくらが、そう感じることがあると思いますか。私でも数えきれないくらいの人数ですよ」

「ふん。腰が曲がって頭も白くなって。皮膚という皮膚が皺だらけ。あんなみっともない姿になって後ろ指さされて笑われるくらいなら、もっと若いうちに死んだ方がよかったのかもしれないわ」

「そんなことはありません。命に勝るものは、世の中には存在しえませんからね」

「あなたに言われても、実感できないわ」

「つれないですねえ。しかし、人は運命には逆らえないものですよ。運命とは、私が思うに、“限られていること”だと思うのですよ」

「限られている、こと?」

「繁栄、栄光、幸福、美貌――世のあらゆる優れた物には、必ず限りがあります。こんな一句もありますね。“夏草や、兵どもが、夢の跡”。かつて栄えていたものも、時とともにやがて滅びゆく。何事にも終わりがあることは、決して人が変えられるものではありません。人の命もまた、然りです」

「時は無限なのに、ね」

「そうですね。無限の時は、しかしその中で有限を刻銘に記してくれる。このような場合、時は残酷であると言えるのかもしれません」

「ところで、そろそろいいかしら」

「ああ。しかし、そこまで急ぐこともないのでは。ここでは時は永遠で、あなたのその美しい姿も永遠なのですから」

「待たされるのは嫌いなのよ。さ、私はこれからどこに向かえばいいの? さしずめ、あなたは三途の川を案内する死神、ってところなのかしら」

 今考えれば、男は人間とは思えないほど、白い肌にひょろりとした体躯の青年に見えた。黒いフードで頭を覆い、鎌でも担げはまさに死神に相応しいように見える。勿論、時恵は実際の死神を今までに見たことはないのであるが。

「あなたはさきほど、後悔していないと言ったら嘘になる、とおっしゃいました」

「そんなふうにも、言ったかもしれないわ」

「そう。あなたはきっと後悔しますよ」

「え?」

「自身の美貌が日に日に衰えるのを見て恐ろしくなったあなたは、自ら死を選んだ。色あせていく桜の花が、そんなにも見るに堪えませんでしたか」

「私は、別に自分が死ぬのに他人に迷惑をかけたわけでもないわ」

「ええ、確かに。しかし、あなたは簡単に言えば、自分で自分という人間を殺した。自分という、一人の人間の命を奪ったのです――残念ながら、この先であなたを待ち受けているのは天国のような場所ではありません」

 男は薄い笑みを浮かべた。優しそうでいて、その実どこか酷薄な表情だった。

「あなたは生きるべきでした。例え小野小町のように、かつての絶世の美貌を失ったとしても。桜の花は、一度枯れてもまた次の年には再び美しく開花する。桜の木は枯れていったのではない。あなた自身が、枯らしてしまったのですよ」


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