衣川、人間やめるってよ
本来見たら発狂するクトゥルフ系JKを一般人男子から見るの回です。
依は俺を掴んで空を飛び刀を食ってまた空を飛んだ。何を言ってんのかわからねーと思うが俺にも何が起こったのかいまだにわからねー。わかったのはとっくに依は人間辞めてんだろうなってことだけだ。
目をいじくったのは俺が発狂しないためと赤い光の中でも物がちゃんと見えるようにするためだったらしい。で、その眼はどうしたのかって?今喋ってるだろ、まあ待てって。
エレベーターに乗っていた時間は、もちろんちゃんと計ったわけじゃあないが、少なくとも40分は乗ってたね。依のやつはもうすぐもうすぐって言ってたけどどこがどうすぐなんだかよくわからねーや。
降りた先で特に何も起きなかったから、そんなに深くは降りてないはずだが、しかし時間を取るエレベーターだったぜ。
切れかけの蛍光灯で照らされた箱に乗って延々降り続けるんだけど、暇だから依の方を見ていた。本当に上下するただの箱で、何も置いてなかったからな。
セーラー服を着たそいつは窓の前にこちらに背を向けて立っていた。
窓って言うのは、このエレベーター、古い百貨店にあるやつみたいに片側がガラスで外が見えるようになってたんだな。そっちに立ってたわけ。
でもその窓から見えるのは闇か、目がよくても壁だったと思うぜ。そこへじっと、身じろぎもせず立ってるんだが、何を見ていたんだろうな。今なら少しわかる気もする。
「まだかよ」
「もう着くわよ」
おかっぱの輪郭が不自然に歪んだ。髪がひとりでに持ち上がって、頭に亀裂が入る。
目玉のようなものがそこから押し出されてくる。白くて丸いからとっさに目だと思ったけど、大きすぎるだろうし場所からして脳みそかもしれない……と思った時だった。
押し出されてきた白くて丸いものがぐるりと回転して、茶色い虹彩と瞳孔をこっちに見せた。
「何よ、あんた地べたに座って。土足で上がってるんだから汚いわよ」
本当に目玉だったわけだ。目玉は急にしぼんで、獣臭い臭いを振りまきながらドロドロに溶けた。ぼたぼたと床に落ちて、湯気を上げて消え去る。亀裂の方は中から人の指のようなものが這い出てきて、両側の皮を引っ張ってくっつけてどこかへ消えた。
「……ほっとけ、こちとら脳筋とは違って繊細なんだよ」
減らず口は続けられなかった。頭だけじゃない。肩から犬の歯のでっかくなったみたいなものが飛び出て、制服に穴を開けて、それから急に風化して崩れる。
いつの間にか足が一本余分に生えていて、こっちは見た目からして人の脚だが、短くて床に届いていない。また溶けて、骨がぽろぽろ落ちてきて、それも溶けて蒸気を上げて消えていく。
ガラスに映る手はぐっと、体の前で組まれている。力が入りすぎて、指先が赤黒く爪が白い。祈りの姿にも似てるよな。もちろん、指の数が左右で五本ずつならの話だけどな。指の本数はわからない。例によって溶けたり生えたりしてやがる。
「なぁ依」
「もう着くって言ってるでしょ」
また到着がまだか聞かれたと思ったのか、ぴしゃりと言った。しかしよ、おい。気づいたか?俺今めちゃくちゃ自然に名前で呼んだぜ。すごくね?
……。話に戻るぜ。
毛穴からぶちぶちと緑が芽吹く。枯れる。顔はこちらからはよく見えない。どうなってるか、まあ見たくないか絶対見たくないかで言うと絶対見たくないね。見たらパニックに陥ってとんでもない醜態を晒しそうだぜ。
「違うよ。さっきから目とか角とか足とかいろいろ生えたり溶けたりしてるの、どうしたんだ?」
響いた依のため息は震えて聞こえた。
「……形が、定まらないの」
「カタチ?自分自身のか?」
「ええ……今の私は、力があるだけで格も位も何にもないから今ある力をうまく扱えていないの。だから私の本能はこの下にいる格と位を強く求めてる。近づけば近づくほど、勝手に自分の力を煽って……扱えない分がこうして外へ溢れてしまうのよ」
本当に助けに行くんだろうか。そう思った。お前、本当は、閉じ込められてるやつを助けに行くことよりそれを閉じ込めてる相手を滅ぼして神としての格とやらを奪い取ることがメインなんじゃないのか。聞いてみたいような気がした。
口を開こうとした瞬間、薄暗がりに慣れた目を強い光が焼く。ぱちぱち大げさな瞬きを繰り返しながらどうにか光に慣れたころに依の声が別世界のように遠く聞こえた。
「ほら、着いたわよ」
ほんとにあと十話弱で終われるのかすごく心配です。




