がっかり
遅れました。誰にだってスランプに陥ることはあります。
「彼はね、君のことが好きだよ。きっと君が思う以上……いや、以下かも」
どっちなのよ。思ったけど言わなかったわ。代わりに、どういうことですか、と聞いてみたの。はっきりしない言い方の一枚裏に何か恐ろしいものがある気がして、声が震えたわ。
「つまりはねー、君を一人の女性として好いているの」
「へ?」
何言ってるのこのひと。そういう表情がきっと出てたんでしょうね。お姉さまは両手を使ってハート型を作って見せた。
「君とつがいになりたいの」
「えっと」
ええ、どんどん表現が露骨になっていくわ。
「手籠めにしてしまいたいの」
「……はあ」
つ、つまりどういうことだってばよ。いいえ、わからないわけじゃないの。知識がないわけじゃないの。ええ、でも、私とおじいちゃんの関係ってそんなだったかしら?
殺神計画なんか立ててる時点で決して清くも正しくもないけど、その、だ、男女の関係ではなかったはず。でしょ?……そ、そうよね?
「つまり、ガチ不倫」
「ふ、ふりッ」
そんなわけないじゃないっ。だってせいぜい、その、手くらいしかつないでないわよっ。
「いくらプラトニックでも、不倫。君は二号さん」
「ふぎぃっ」
愛人!?まだ初恋もしてない女子高生が愛人になる時代なのッ!?
「でもよかったじゃなーい。彼、君を二号さんで済ませる気はないみたいよー?奥さんと別れてー、本妻にしたいみたいよー?よかったじゃなーい」
「ん、んな」
愛人のままよりはいいんだろうけど、常識的に考えていいことなのそれ?思いっきり略奪してるじゃない。NTRもいいとこじゃない。
私にそんなつもりはないわよ。私とおじいちゃんは協力関係よ。私がお礼におじいちゃんを助け出すの。何のお礼って、えっと、水着とか、下着とか、服とか、靴とか、カバンとか、お食事とか、お祭りとか……。
み、貢がれているわッ!
「あーでも告白もまだなのねー」こくこくこくと三回くらいうなずく。されてないわ。告白とかそんな。「リューシはああ見えてー、変に義理堅いから、奥さんと別れてから君に求愛するのかなー目的を遂げるだけなら今でもできるのになー興味深いなー」
だとしたらここで私に言ってしまってもよかったのかしら。
「そんな……私、美人でもないのに」
「日本のことわざには、美人は三日で飽きるけどブスは三日で慣れるって言うじゃなーい。容姿より中身なんじゃないのかなー」
言外にブスって言わないでちょうだい。ブスッと刺さったわよ。
「普通に考えたらー、彼の目に君が止まる時点でありえないんだけどー。でも、リューシはだいぶ参っちゃってるからね。人で言うとかるい精神病の状態だよ。情緒不安定なの。だからー、変なスイッチ入っちゃったのが最初かも。ただ、今となってはねえー……」
むにっと私の頬をつつく真似をした。ホログラムだから突き抜けるのね。ひょっとして何か調べていたのかしら?
「君はほぼほぼ神だもんねー……しかも既に私より強いとか、ほんと反則ー。うん、正直あとは神格だけだよー。だからねー、リューシが好くのも無理はないっていうかー。あー、残念ー」
残念って、何が?
「いやさあ珍しいじゃなーい、神の細胞と適合して自分が神になっちゃうなんてー。珍しいどころかこの宇宙に知的生命体が生まれてから初の症例だよー?卵子採取したいじゃない栽培したいじゃない交雑させたいじゃない」
どこぞの魚兄さんみたいなこと言い出したわね。ひょっとしてこのひとかしら、魚兄さんのご主人様。
「……別にあげますけどそのくらい」
「えー今となってはだめだよー。リューシに怒られちゃうじゃん。もっと早くに会いたかったなあ」
どうしておじいちゃんに怒られるのか、聞きただしたかったけど、聞くとまた「それ以前の問題」と言われそうで私は口をつぐんだ。あまり掘り下げるべきではないわ。
でもあまりお姉さまが残念そうだから、ふっと思いついて言ってみたの。
「あの、弟がいますけど」
「彼はダメー。何ていうかダメー。ないわー」弟、出てくる前にノックアウト!「他の親戚もずーっと調べてみたけどー、ないわー。たぶん君一人の性質なんだよーまじやばくなーい?」
そんなことを言われても反応に困る。
「へえ……」
お姉さまはしばらく体を押しもむようにして残念がっていたけれど、しばらくして落ち着いたらしいわ。洋室風の空間を解除して、もとの居酒屋に戻ってきた。




