大いなるものども
理不尽な八つ当たりに会う主人公の運命やいかに……!
彼らは、落ちてきたものを最初は逃がしてやるつもりだった。
旧支配者などが引っかかるような罠が作れなかったことは誰も言わないが覆せない事実だ。それどころか多勢を頼んでも勝てないのだからむしろ引っかかられると困る。
神ならぬ眷属などでも犠牲が出てしまう。だから、うっかり何か引っかかったら逃がしてやって、主の神に恩を売る方がいい。
そのはずだった。
「何だ、お前は。臭うが奴らではないな」
落ちてきたのはとっくに嫁に行ってもおかしくない年ではあるものの幼さの残る少女だった。少年と見まがうひどく痩せた貧相な体つき。色素が薄めの髪が短く切られて肩を撫でている。着ているのは洋服。
一瞬、感受性の鋭い人間が眠っているうちに迷い込んでしまったのかとも思ったが、そんなはずはない。少女は落ちてきて、骨を折って、再生した。
外なる神の臭いはするが、魚ではない。菌類でもない。山羊でもない。ショゴスにも見えない。彼らの知るどの神の眷属とも特徴が一致しない。神使か、と聞いてみる。少女は何も言わず、ただちょっと首をかしげてこちらを見つめている。
表情はない。臆しているようにも見えるしぐさだった。外なる神と縁があるらしいのに、彼らを崇拝していた人間のように見える。幽閉され家畜同然であった神々のプライドの搾りかすが目を覚ます。
「まあいい」
お前でもいい。蹴ると、抵抗もなく吹っ飛んでいった。筋肉質なのか思ったより重いが、軽いことに変わりはない。少し遠い地面に落ちて、勢いのまま転がる。転がったままの姿勢でけふけふと咳き込んだ。
潤んだ瞳がどうして?と言いたげにこっちを見る。弱弱しい様子にひやりとするが、砕けた顎も再生する。やはり、どう考えても人間ではない。だとすればかまうまい。
二人目が、少女を持ち上げて投げた。最初で学習したのだろう、三人目が来る前に立ち上がって後ずさる。だが、こちらは囲んでいるのだ。逃げられるはずもない。
四人目に殴られてふらつく。今度は両手の爪を刃に変えて構えるようだ。武芸の心得でもあるのだろうかと思ったがそんなこともない。素人だ。なぜ旧支配者の臭いがするのかわからなかったが、ひょっとすると愛玩用に飼われていたのかもしれない。
殺しても殺しても生き返ってくるが、痛みはあるらしい。泣きもすれば悲鳴も上げる。抵抗は意味をなさない。かわいそう、もうそのへんで、と思った者がなかったわけではない。言わなかっただけだ。少し目をそらすだけだった。
そうして四時間を過ぎるころ、少女の顔に初めて表情が浮かんだ。本当に小さく、かすかな変化だったが、それは恐怖でも苦痛でも悲哀でも絶望でもない。
どういうわけか怒りだった。
生意気な、とも思えない。その代わりに違和感が生じる。少女のボディラインが崩れて、どす黒い中身が溢れ出した。しかし流出は途中で止まり、ずるずると少女のいたあたりへ戻っていく。恐ろしく不愉快ながら人によく似た姿へと。
最初、何を言われているのかわからなかった。見逃してくれは――こちらのセリフではないか?なぜ、それをこちらに向ける?いや、そもそも、これは何だ?
我らは今、何を相手にしている?
「見逃してください、お願いします」
深々と頭を下げた相手に誰からともなく弓を構えたのは、決して怒りでも闘争心でもなかった。恐怖と不安が攻撃へと駆り立てる。少女だったものはやはりそれを躱せもせず全身に浴びた。やったか、などと言うほど馬鹿ではない。
だって相手は相変わらずそこに立っている。冷たい目でこちらを睥睨している。
「……どうしてこんなことをするの?」
悲しそうな声だった。悲しみで怒りが落ち着いたのか、元の通りの貧弱そうな少女の姿をしている。しかし、皮膚の一枚下は依然あの闇だ。
「痛いわ……私が、あなたたちに、何かした?」
「ひるむな!」誰かが叫んだ。「ここで引いたら我らの誇りはどうなるッ!」
少女の手が、また降ってきた矢の雨にかざされた。
誇りねえ……弱いものをいじめて、何が誇りかしら。ちゃんちゃらおかしいわ。私、いったい何を拝んできたのかしらね。愚か。愚かだわ。こういう気持ちを、何というのだったっけ?
そう、軽蔑よ。
かざした腕に鉄の矢じりが突き刺さる。何本かが貫通して顔に当たるけど、痛くてたまらないけど、そうね。諦めて死んでやる気にはなれないわ。だって私はおじいちゃんを助けなきゃいけないもの。
「痛いって――言ってんでしょッ!」
怒号が天蓋を揺らす。矢は何本か私に届く前に落ちたようだけど、この現象を狙っては起こせないから、それでもほとんどは当たる。この愚か者どもは言ってもわからないみたいね。じゃあ体に教えてあげる!
武器がほしいな。宝具。まずイメージするのは、箱。箱から武器を取り出すの。だから、箱を。
「ちっさい……」
必死でイメージして、目を開けたら爪切りの一つも入らないような、小さな箱が私の手の中にあった。綺麗な組み木細工が全体に施されている。でもそれだけだわ。
この箱は開けられない。開けたら私は自分自身に失望する。
そうよ、開けちゃいけない箱なんだわ。
――ならあえて開けましょう。
ていうかおじいちゃん仕事しろ。




