カフェにて
胸糞展開注意!
SAN値にも注意!
……ずっとか。
山の下の駐車場に停めてあった叔母の車で家具を買いに行った。
叔母が車を運転できるらしいというのは前から聞いていたが、実際に交通規制に従って安全運転をこなす彼女を見るのは初めてで、普段の彼女を知る人間としては青天の霹靂。
行った先は同じ町内の大手の家具量販店だ。着いたときにはもう日は高かった。けっこう広い町だな。人の数に対して面積ありすぎ。
家具を買うのも、私からは「じゃあこれで」「それはちょっと」で、大体叔母が決めていた。
大型の家具は先に家に運び込んでおいてくれるから、それまで食事でもしようと叔母が提案するのも唯々諾々、一時間後にはさびれたカフェでお茶をしていた。嫌な行動力だな。
私はフレンチトーストとストレートティーを、目の前で叔母が腐った魚のような臭いのする黒ずんだ何か、人の手にも似た不思議なものをかじっている。お店の人は怒りそうなものだが、そんな感じはない。
けっこう臭いけどなあ。気にならないならいいや、私も気になってないし。くさや的な奴だろ。
むにゅ、と口を歪めて、それから叔母は口から小骨でも取り出すように平べったくて光沢のある何かを取り出した。鱗か?にしてはでかいなあ。まるで爪のような雰囲気だ。変な魚もいたものである。ゲテモノ食いの世界は広い。
「ごちそうさま」
「うん。おいしかったね」叔母の口からはフレンチトーストの甘い匂いがした。「次は雑貨屋にでも行こうかね」
今度は百貨店だ。洒落た雑貨屋ばかりが集まっているフロアがあって、干物とさえ言われるこの私もちょっとテンションが上がった。女はまだ干からびていなかったようだ。
ここでもあれやこれや買って、ちょっとお財布の中身が心配になったがまた叔母のおごりだった。「新生活祝いさねー」とは叔母の言だが、そうなのか?姪としては割と本気で出費が心配だぞ?
こうしてスイートなマイホームに戻ってきた。確かに家具類が運び込まれている。例の人型の染みはしゃあべっとからあとかいう中途半端な色のナウいデザインのカーペットの下。
なるほどこうなるとどこにあったかわからないものだ。ぼろぼろの畳は張り替えられて、叔母は靴を脱いで上がってきた。おうおう。現金なもんだな。別にいいけどね。新たな畳の匂い、最高!
しばらく叔母は窓枠の桟とか埃の溜まりそうなところを指でなぞっては満足そうな顔をしたり、便器に顔を突っ込んで唸ったりいつものような奇行を繰り返していたが、やがて帰った。
早く帰れなんて一回も思ってない。いつものことながら変な人だ。
人心地ついたし、家の周りを探検してみようか。服も新しいタンスに直したし片付けだってもう十分だろう。
外に出た私は家の鍵を閉めて、一昔前のホラーゲームを参考に探索に向かった。だが度胸は控えめだから道に沿って歩く。来た時の道とは当然逆方向だ。
ところどころ割れたアスファルトの隙間から生える緑。自転車で通るにしても狭い、人がすれ違えるかすれ違えないかの境界線が道。長屋を斜めに支える物憂げな石垣の隙間にトカゲ。
長屋の隣にでかい家。こっちにも石垣。でかい家にはでかい犬、吠えてくるなよもう。怖いから。やめてえ。
傾斜10度未満、謎の坂道。ここはちょっと道が広い。自動車は入れないと思うが、軽自動車くらいならいけるかな。そういう広さだ。広いって言わないな。田舎だ。
坂道を下っていくと、今度はトンネルがあった。暗い。電灯などは一切ついていないようだ。はいこれあかん奴や。入ったらあかん奴や。あかんぞ節子。誰だそれ。
私は入るぜ。ヒャッハァ。こんなこともあろうかと――懐中電灯を用意してきたからなあ!闇など恐るるに足らん!ガクガクブルブル。ほら膝のお稚児さんも笑っていることだし、進んでいこう!
……あ、入ってみたら意外と明るい。何をチキンになっていたんだ私は。よくわからん虫がいるが、アラクノフォビアでもないもので思ったよりマシだ。謎の生き物に追い掛け回されるかと思いましたわ、ええ。
使われていないトンネルのようだ。廃材のようなものがあちこちに積まれている。こういうところででっかい顔に追いかけられたり灰色の人型みたいのに追い回されたりするんだよね。
そういう時に懐中電灯の電池が切れてテンパって穴に落ちたりとか……。
だが心配するな。この懐中電灯にはハンドルがついている。電池が切れたらこれを回して充電することが可能だ。電池が切れてテンパることなどあり得ない!はっはっは、進め進め。
しばらくしてトンネルを抜けた。視界が開ける。ごうっと冷たい乾いた風が私のコートのフードについている毛をかき分けていく。
野原だった。季節のせいか麦わら色に枯れている。写メ送ったら、由香は喜ぶだろうな。あの子、絶景好きだもんな。
駄目だ、携帯忘れちゃったから写メ送れない。私としたことが下手をこいた。携帯はいつでも携帯するようにしているのに、今日に限って忘れるなんて……。でも近いんだし、今から家に戻って携帯を取ってくればいいか。
トンネルに一歩、二歩と近づいて、足がひとりでに止まった。しかも両脚が同時に。あまり急に止まったものだから前につんのめって、倒れた。
とっさのことで受け身も取れないまま。身体の前面を枯れ草の生えた冷たい地面に打ち付け、喉奥から空気が押し出される。
そうか。
由香はもう、友達じゃないんだっけ。写メなんか送ったって何にもならないんだっけ。家になんか戻って携帯を回収するだけ、無駄なんだ。
「痛……っ」
地面を押すようにして立ち上がると、砂粒でひっかいた手がひりひりした。ズボンの膝と、コートの前についた砂粒を手荒に払い落とす。冷たかった。
また頬骨に砂がついているのも払う。それでもまだ頬に冷たい粒粒の感じが残っていた。不思議と涙は出なかった。
今更来る意味も何もないのに、見晴らしのいい、素晴らしい場所を見つけたよ……寒いけどな。