To Escape
えすけーぷ、こーのかっぜにー、ねーがいをのっせーて、……何だったかな。何かのアニメのオープニングだったようなそうじゃないような。
ここだけ耳に残っています。
周囲の空間を探る。ここの神々が作った空間だから私にいじくる権限は与えられていないのは明らかね。場所は……ドリームランドと覚醒世界の間近く。
霊感とかそういうのがある人は今頃夢に見てるかもしれない、そういう場所ね。実際薄皮一枚隔てたところにはいろいろな人の夢が固有の領域をもってぐるぐると渦巻いている。
なんでここかは容易にわかること。木の葉を隠すなら森のなかってことだわ……卑怯者め。何に怒っているのか知らないけれど、ここから打って出る勇気はないんでしょう。
落とし穴だけを仕掛けて、獲物を待つの。待つことしかしないの。そもそも落とし穴なんかにはまるのは間抜けな眷属だけでしょうに、本命なんか一生かかりゃしないのに、その現実からは目をそらして何かをした気になっている。
そのくせ一応神なのね?さすがに八百万全員……とはいかないようだけど、主要な神々みんなでこの空間を維持している。この薄皮はさすがに、私には力任せに破ることができないわ。交渉……そんなもんできるならとっくにやってるわ。
万策尽きたわけだけど、そろそろおじいちゃんあたりが探し始めそうね。ええ、大丈夫だわ。きっと本気で探せばここくらい見つけられるはず。だとしたら私がすべきは、ただ時間を稼ぐこと。
両手の爪を刃に変化させ、腰を落とす。
ええ、勝てるはずがないですね。ほとんどみじん切りになって潰れる。いやー常識で考えて頂戴な。私ってほら、触手使えるだけで剣術とかそういうのまったくやってないじゃん?実は相手が神様だったりするとほんとただの的なのよねー。
無限に再生する、ただの的。死なず、消えず、逃げられず、ただ苦痛だけが繰り返される。とにかく死なないの。心臓を貫かれても、背骨を折られても、首を千切られても、脳漿を地面にぶちまけても、肝臓を抉られても生きている。
原形をとどめないくらい壊されても、ふと気づいたら肉塊は私に戻っている。こんなになっても恥ずかしいのね、服も一緒に再生されてたところからすると。
もう悲鳴もないわ。涙も枯れてしまった。泣きもせずただ前を見てるだけ、ね。壊れないおもちゃはそんなに嬉しいかしら。おじいちゃんはまだ見つけてくれないのかしら。私だってさすがに、これはちょっと……。
本気で腹が立ってきたわ。
完全体でない私にとって、怒りというものは少し厄介なの。怒りに限らず、感情が激しいと自分の体のコントロールを失ってしまうでしょう。人なら殴りかかったり、ぼろぼろ泣いたり、その場に倒れたり、人によるけどそんな感じ。私の場合は姿なだけで大体同じよ。
人の形が崩れていく。二回目だから、今度は何となく不愉快だけど人っぽいようにも見える形までで留まれた。慣れって怖いわ。
いい加減にしなさいよと言ったつもりだけど、口の形が会話に適さないから変な音しか出ない。何か呆然とされてるし……あー、あの口の形は、どうするんだっけか。大顎をいじくりながら考える。まあいっか、このままでも。
どうせ何と言ったってわかりゃしないわ。ハムスターに言葉が通じないのと同じよ。でもさあ、ここを出なきゃいけないのよね。やっぱ口もう一個作るか。
「元の所へ返すか、通行許可をくれませんか?」
怒りを押し殺しながら額の口で話す。ざわりとしか表現できない声の集まりが耳に届いた。目線より上から自分の声がするのは変な気分だわ。
「私はあなたたちに何もするつもりはないので、見逃してくれませんか」
結界内がシーンと静まり返って、不快なものを見る目が降り注いだ。見苦しいことになっているものね。それでも腹の底に何かがわだかまって、額の口もトカゲみたいな形に変化していってしまう。
駄目よ衣川依。平常心、平常心。
「見逃してください」深々と頭を下げた。そりゃそうでしょ、私が折れてあげなきゃ。「お願いします」
ちなみに今喋っているのはうなじの口ね。
おじいちゃん早く助けに来て!でした。




